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お外で話す

 自由時間を限界まで楽しんで、船に乗って食事をとった。そして、フランとともに部屋に戻っている最中、ふとエドガーさんから渡された紙切れのことを思い出したので、部屋のお手洗いで読んでみると、それにはあまりきれいとは言えない文字でこう書かれていた。


『へい、ルミちゃん! こちらエドガーさんっすよ!

 本当はこれ手紙のはずだったんすけど、書こうとしたら全く纏まんなかったっすから諦めました! 実は文字を書くの、苦手なんすよ……。それにルミちゃんがめんどくさがってお返事返してくれないこともあるかもしれないっすからね! というわけで、夕食後ちょっとでいいから時間くださいっす!

 じゃ、お外で待ってるっすねー!』


 その紙には何度も何度も文字が消された跡が残っていて、本当に手紙として書いていたことはわかる。よっぽど考えに考えた結果なんだろうな。ほぼボクが来ることを前提として書いてるし、行ってあげようじゃないか。ボクが手紙を渡されても返事を出さない人間だと思われていることは不満ではあるが。さすがに返すよそれは。……あれ、夕食後? それって今じゃないか!? 今読もうと思わなかったら、エドガーさんの申し出を知らないうちに断ってしまうところだった。早く行ってあげないと。


 ボクが外に出るなら一緒に行きたいと言ってくれたフランを、どうにか説得してボクは部屋を出た。エドガーさんが口頭で伝えず、この形でこれを伝えてきたということは、あまり人に聞かれたくはないことなのかもしれない。これが相談事なら、なおさらフランには聞かれたくないはずだ。

 だから申し訳ないけれど、フランは部屋に置いていくことにする。まだ周囲によく知らない人がいないことが救いだったのだろうか、思いの外簡単にフランは折れてくれた。私も強くならなきゃですから、と気合いを入れた様子のフランは、いつもより頼もしく見えた。でもどうして強くなろうとしているのだろう。ボクから見れば、フランはもう十分強く見えるけれど。


 そんなフランの姿を思い返しながら、エドガーさんの言うところのお外である、船のデッキまでやってきた。探すまでもなくそこにいたエドガーさんは、ボクの姿を見つけると、明るい笑顔で手を振ってきた。ボクも振り返しながら、エドガーさんに駆け寄る。


「エドガーさん、ごめん、さっき紙読んだんだ。待たせたかな?」


 ボクがそう問いかけると、エドガーさんはへへっ、と笑った。


「大丈夫っすよ、今来たところなんで、って本来女の子相手には言わなきゃダメだってルドヴィン様が言ってたっすけど、ルミちゃんなら別にいいっすよね。待たされたっすよ! ルミちゃん!」


 いやそう言われたならボクにも気を使えよ、とは思ったけれど、別に女の子扱いをされたいわけではないので黙っておく。むしろこう言ってくれた方が気が楽でもあるし。


「はいはい、それで何話すの?」


「あ、そうっすね。早く話さないと、フランさんがその間一人っすからね。あああ、フランさんんんんんん! !! 寂しい思いをさせてしまってごめんなさいっす!!!! ああ、想像すると涙が……!」


「いや、想像する前に話してくれないかな」


 ボクがそう言うと、エドガーさんは、あー!そうだったっす!と大声で言った。デッキに誰もいないとはいえ、こう不用意に声をあげていいんだろうか。エドガーさんのこんな姿、他の生徒たちにとっては始めて見る姿だろうし、ちょっとの間噂になってしまうんじゃないか? ……まあ大丈夫か、もしそうなってもエドガーさんが少々泣きわめくだけである。それしか問題はない。


「そうっすねー、じゃあ何から聞けば……うーん、よし、今日の話からしましょうか。おれたち、ルミちゃんやアンくん、それにティノちゃんが、今朝どこ行ってたのか知らないんすけど!」


 エドガーさんは少し怒ったような仕草をしながらそう言った。そう言えば皆には言っていなかったか。もしかしたら兄様がルドヴィンだけには言ったのかもしれないけど、兄様のことだから他の三人には心配させないよう、言っていないのかもしれない。だとしたらボクもその思いを尊重したいところだが……、


「誤魔化すのはなしっすよ」


「うん、そう言うよね」


 やはり今のエドガーさんに嘘をつくのは難しいだろう。ただでさえわかりやすいみたいだし、誤魔化すのは不可能だ。ここは大人しくエドガーさんの疑問に答えるとしよう。


 エドガーさんに、フォンダートさんに呼ばれて待ち合わせ場所に行ったこと、そこで生徒たちと戦ったこと、そして戦いがなかなか終わらないところをティチアーノさんと兄様に助けられたことを話した。もちろん、昨日兄様とティチアーノさんに会う約束をしていたことも含めて。

 けれどフォンダートさんとの会話の内容までは話さなかった。エドガーさんだけでなく、他の誰に話してもわからないことだろうし、それに何より心配をかけたくはなかった。フォンダートさんとのことはボクの問題だ。もしフォンダートさんがティチアーノさんが言うところの魔法使いだったとしたら、これからもああいうことをしてくるかもしれないが、今度こそは素早く解決したいものである。


 そういう理由で、それを除いた話を終えると、エドガーさんは神妙な面持ちでため息をついた。


「おれとフランさんがラフィーにあわあわしながらなだめられてる間に、そんなことがあったんすねえ。はー! おれがいたらぶっ飛ばしてあげれたんすけどね!」


「いやちょっと待って。ラフィネがなだめてたの!?」


 あの基本的に自分のスタンスを乱さないラフィネが、泣いてる二人をあわあわしながらなだめてる姿なんて。絶対貴重だった。あー、見たかった!


「そうなんすよ! ラフィーもルミちゃんがいなくなったって聞いて動揺してたんすよね。最終的には後から部屋に入ってきたルドヴィン様に全員なだめられたっす。そこでアンくんやティノちゃんもいなくなってることを聞いてもうびっくり!」


 なるほど、外に全員揃っていたのはそういうことか。きっとルドヴィンも、訪ねてみたら兄様がいなくて驚いたのだろう。そして全員の安否を確認しに来た……うん、ルドヴィンがしそうな行動だ。さすが年長者と言ってもいいリーダーシップである。


「あはは、心配かけてごめんね」


「もう! 笑い事じゃないんすからね! 本当に心配したんすから!」


 エドガーさんはそう言うが、それでもボクは笑ってしまっていた。本当に申し訳ない気持ちはあるのだけれど、なんというか、それほど心配してくれて嬉しい気持ちの方が強いのだ。それでついつい笑ってしまう。

 ボクのその様子を見て、エドガーさんは呆れたように笑った。


「あー、もういいっすよ。知りたいことは聞けたんで。じゃあ次の話題いいっすか?」


 次の話題、か。そう言えばさっきエドガーさんは話題を選ぶような素振りをしていた。ということは、まだまだ話したいことや聞きたいことはあるのだろう。こうしてエドガーさんと二人で話すのも久しぶりだし、話が尽きるまで付き合ってあげるとしようか。


「うん、いいよ。次はなに?」


「次はっすね……、うん、やっぱりあれにしましょう」


 エドガーさんはボクの目を見て、緊張したような表情で聞いてきた。


「ルミちゃんは、身分違いの恋って実ると思いますか?」


 その目はとても真剣だった。

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