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ひとまず一息

 兄様とぎこちなく笑い合った後、すぐにティチアーノさんが駆けつけてきた。気配が全くしなくて、声をかけられた瞬間、驚いて少し声をあげてしまった。


「我輩がガンバッテル間に何しとるんデゴザイマスデスカ。イチャツクンジャネーヨ」


「……残念だが、いちゃついてはいないな。どうだった、ティチアーノ」


 どうだった、とは、あの人たちのことを聞いているのだろう。ティチアーノさんはなんだか楽しそうに兄様の質問に答えた。


「ソウデゴザイマス! アノモノたちの動きは確実にフツウじゃないデアリマスヨ! オソラク、あやつらを動かしマスタ人物は魔法使いに違いないデゴザイマース!」


「そうか、お前の狙いが当たっていたようで何よりだ」


 んんん? てっきりちゃんと倒せたかを聞いているのかと思いきや、何か違うような? 魔法使いって、そういえばティチアーノさんは前に自分のことを魔法使いって言っていたような、それと関係があるのだろうか。

 確かにティチアーノさんが言うように、人を動かす、つまり操れるってことか。それなら魔法と言えなくもないけど、そうするとフォンダートさんが魔法使いということになるのか? そんなことは一言も言っていなかったけど。いや、ボクのことを相当嫌っていたみたいだし、そんなこと言わないか。


「だが向こうは敵だからな。不用意に近づくな」


「それはモチロンわかってるデゴザイマスヨ。ジャ、早くモドラネバ、ルドヴィン・アランヴェールがうるさいノデ、サッサト戻るデゴザイマスデスヨ」


「ああ、わかっている。行くぞ、ルミア」


 そう言って兄様はボクの返事を待たずに手を引いた。……まだちょっと怒ってるのだろうか。さっきの笑顔も兄様らしくはなかったし。でも怒っているという感じの表情ではなかったからなぁ……、ボクには何だかよくわからない。

 なぜ兄様が少し不機嫌なのかわからないけれど、きっと聞いても教えてはくれないだろうから、ひとまず置いておこう。今考えるべきことはおそらくフォンダートさんのことだ。フォンダートさんが魔法使いというのもどういうことなのか気になるけど、そっちよりも大事なことがある。


「ルミアちゃん! どこ行ってたんですか、もう!」


 今朝通ってきた道を戻っていくとすぐに、怒った表情のフランがボクに詰め寄ってきた。フランが寝ている間にこっそり出てきてしまったから、フランが怒るのは仕方のないことだ。やっぱりフランには言っておけばよかっただろうか。


「黙って出ていちゃってごめんね、フラン」


「心配したんですからね!」


 フランが怒りながらそう言うと、エドガーさんも怒ったような顔をしながら、口を出してきた。


「そうっすよ! フランさんが泣きながらおれの部屋に来たときはもうどうなることかと思ってたんすから!」


「フランにつられてエドガーも泣いてたもんね」


「あ、あー! その話はやめるっすよ、ラフィー!」


 エドガーさんは慌ててラフィネの口を塞ぎにかかって、ラフィネは心底迷惑そうにその相手をしていた。こうして見るとどっちが年上かわからなくなってくる。


 そういえば二人もずっと同室なんだっけ。最初は二人とも一人部屋のはずだったのだけど、まずエドガーさんが一年寮生活で過ごした結果、部屋にいる間はずっと一人なのが寂しくてラフィネに泣きついたのだ。実は兄様とルドヴィンは一人部屋だから、どちらかに頼むという選択肢もあったらしいけれど、ラフィネとの方が長く同室でいられるので、何度も何度も頼んだ結果、ラフィネが折れて現在に至る。

 ラフィネも嫌々だったけど、今では楽しく生活できているらしい。よくエドガーさんは休日のコーディネートのダメ出しをされて困っていると言っていたけれど、ラフィネと暮らす上でそこはどうしようもないところだと思う。


 微笑ましく思いながら三人と言葉を交わしていると、兄様がルドヴィンに話しかけているのが見えた。


「ルドヴィン、話があるんだが、いいだろうか」


 そう言う兄様の表情は心なしか強張っているように見えた。兄様の表情にルドヴィンも気づいたのか、少し驚いたように目を開いたが、すぐにいつものように笑いながら、兄様に肯定の返事をしていた。


「何だ? 場所を変えるか?」


「ああ、そうさせてほしい」


 そう短くやり取りをして、二人はどこかへと歩いていった。一体何の話をするのだろう。やはり、先ほどの話をルドヴィンに伝えておくのだろうか。それならこの場で言ってしまってもいいように思えるけれど。


 そうだ。先ほどのことと言えば、ボクはフォンダートさんのことについて真剣に考えなければならない。ボクが一番フォンダートさんについて疑問に思っていることは、どうしてボクがフォンダートさんに嫌われているか、だ。

 別に好かれていると思っていたわけではない。それほど関わりはなかったし、むしろ無関心というものに近いかな、とは思っていた。だけれど、彼女はボクの存在が目障りだと言っていた。それなら嫌われている理由はボクのせいでシナリオ通りに攻略対象たちと恋愛できないからかと思ったが、どうやら彼女の口ぶりからしてそれは違うらしい。


 それなら一体ボクの何が彼女に不快感を抱かせてしまったのか。彼女の言葉からヒントを探すなら、ボクの性格がいけない、と言う一言からだ。確かその他に手がかりはないはずだから、ここから推測するしかない。

 ボクの性格……、そんなことを言われても、昔から性格を変えようがない。そもそもお互いの性格をよく知ることができるくらいに、彼女と関わった覚えはない。ボクは聞いたことがあるゲーム上の設定でしか、ベル・フォンダートを認識していなかったのだ。今のフォンダートさん本人はもちろん、ゲームのフォンダートさんのこともよくわからない。それなのに、ほんの僅かに言葉を交わしただけで、本来のルミア・カルティエではない、ボクの性格がはたしてわかるのだろうか。なら何がボクの性格を理解するきっかけとなったのか……。


「おーい、ルミちゃん! 聞こえてるんすか!」


「はっ、あっ、ごめん。何だった?」


「もう、ルミアちゃんったら。またボーッとしてましたね? そんなところもかわいいんですから!」


「ええー!? ほっぺたを膨らませるフランさんがめちゃくちゃかわいいっすよ! ルミちゃん! どうするんすか!」


 そんなこと聞かれてもどうすればいいんだ。もっとフランにかわいいって言えって言えばいいのか? まあ確かにフランの表情はどれもこれもかわいいのだけれど。そしてボクはかわいくない。


「それはおいといて、何の話だったの?」


 話を戻すためにそう聞くと、フランが、そうでした!と言葉を続けた。


「近々パーティーがあるんですって!」


「えっ? パーティー? 全校生徒参加のパーティーはもっと先じゃなかった?」


 確かクリスマスくらいの時期に全校生徒が強制参加のパーティーがあったはずだけど、まだクリスマスどころか冬でもない。一体何の話だろうか。


「この前のお料理対決の賞品っすよ! ルドヴィン様が今回はパーティー開くって言ってたんす。いやー、今年は平和そうで何よりっすね!」


 何だって!? 今年はただのパーティーなんて。う、嘘だと言ってくれ。そんな、ボクは、昨年開かれたらしい宝探しみたいなのがしたかったのに! それがパーティーだなんて見損なったぞ、ルドヴィン!


「ううう、パーティーかぁ」


 思わず声にそう出してしまうと、エドガーさんが声をあげた。


「露骨に嫌そうな顔してるっすね!? でもこれはルドヴィン様じゃなくて、元々はラフィーが、いっぱい色んな服が見たいから、そういうのが見れるのがいい、って、言ってたっすから、それに配慮した結果なんすよ~。恨むならルドヴィン様じゃなく、ラフィーを恨むっす!」


 ルドヴィンはダメなのに、ラフィネなら恨んでもいいのか。でも気持ちを今ぶつけないと行き場をなくしてしまうので、そうなる前にラフィネにぶつけようとしたが、ラフィネがいたはずの場所に、なぜかラフィネはいなかった。


「あれ? ラフィネは?」


「聞いてませんでしたか? 先ほど、喉が乾いたから飲み物を持ってくると言って、席を外しましたよ?」


 そうだったのか。えっ、じゃあやっぱりこの怒りの行き場所ないじゃん。ぐっ、騙したな、エドガーさん! そう思って、エドガーさんを睨み付けようとすると、そうする前に、ティチアーノさんがひょこり、と目の前に現れた。


「ばあ」


「うわっ!?」


 驚きすぎて心臓止まるかと思った。落ち着くために深呼吸をしていると、それを気にせず、ティチアーノさんは話し始めた。


「ソロソロ出発するデゴザイマスヨ。セッカクの自由時間が無駄になるデアリマスデスカラネ」


 そう言ってティチアーノさんは、彼女の後ろの方を指差した。見るとそこには話をしにどこかへ言っていた兄様とルドヴィンに、飲み物を取りに行ったラフィネも戻ってきていた。ラフィネが戻ってくるのがずいぶん早いな、と思ったが、フランに聞いたところ、飲み物を取りに行ったのは結構前のことらしかった。どんだけ考え事に集中してたんだ、ボク。


「それでは行きましょうか。今日でこの場所とはお別れですからねぇ」


「そうだね。何か終わるの早い気がするなぁ」


 そう言いながらフランについていこうとすると、後ろから小さく腕を引かれた。振り向くと、人差し指を口元にあてたエドガーさんがいた。声は出しちゃダメだと言うことだろうか。

 エドガーさんはもう片手に何か紙切れを持っているようで、ボクに手を出すように促してきた。その通りに手を出すと、エドガーさんはその紙切れをボクの手の平に置いて、小さな声で、


「後で読んでくださいね」


 と、言って、足早に皆のところへと近づいていった。今この場で読まなくていい、ということか、それとも皆がいないところで読んでくれ、ということなのか、どちらかはわからなかったが、後で皆がいないところで読めばいいだけの話だ。ボクはポケットにそれをしまって、皆のところへ駆けていった。

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