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待ち合わせの場所へ

 昨日の兄様とティチアーノさんとの会話の後、まだ何かしら聞いてくると思っていたら、びっくりするほど何も言ってこなかった。諦めてくれたのだろうか? ティチアーノさんはわからないが、兄様はあんまり諦めるようなタイプの人ではないのだけれど。ボクが約束した相手の気持ちを汲んでくれたのかもしれない。……都合のいい解釈のような気もするけど。


 わからないことを気にしていても仕方がない。早速行動だ。セザールさんのおかげで、ボクはきちんと待ち合わせ時間前に起きることができる。無駄に早く起こされてきた甲斐があったね。ありがとう、セザールさん。

 このホテルでもフランと同室だから、起こさないようにそっと支度をして、慎重にドアを開いた。一応廊下を確認してみるけれど、人影はない。二人がこっそりついてきていたら、フォンダートさんに申し訳が立たないだろうし、きちんと確認しておかないとね。廊下に出て耳をすましてみるけれど、何の気配も感じられなかった。


 素早く、でも静かに廊下を駆け抜けて、ボクはエレベーターのボタンを押した。待っている時間がとてつもなく長く感じるのは、誰にも見つかっちゃいけないという意識があるからだろうか。見つかってもボクがなんとか誤魔化せるならいいけど、ボクは嘘が下手くそらしいからなぁ。

 うーん、どうにも落ち着かない。言ってしまえばエレベーターが待ち遠しいなら、階段で行けばいいだろうし、ボクの足なら階段でかけ下りていった方が早いとは思うのだけれど……。


 階段に目をやろうとした瞬間、エレベーターの扉が開いた。中に入って、緊張からくるため息を一つ、つく。

 確かこの後、ホテルの裏に行けばいいんだっけ。あのときは納得してしまったが、改めて考えてみると、大分人目につかないようにされている場所と時間のように感じる。いくら聞かれたくないようにしたいからって、そこまでする必要があるのだろうか。それに今じゃなくてもむしろ夜、学園の寮での方が誰かに聞かれる心配はないように思える。皆部屋から出てこないし、使用人さんたちも自らの寮に帰ってしまっている時間帯を狙えばいい。それをしないってことは、もしかして他に別の理由があるのか?


 まあそれは実際にフォンダートさんと話せばわかることかもしれない。どうしてもすぐに言いたくなっちゃった、ってだけかもしれないし。……ボクじゃないし、それはないかな。早く行くとしよう。

 エレベーターを出て、すぐに玄関から外へ出た。ここでも誰もいないかを確認しておこうとしたけれど、生憎もう時間がない。見た限りいないようだし、さっさと待ち合わせの場所まで行かないと。


 走って裏まで回ると、そこにはもうフォンダートさんの姿があった。待たせてしまっていたか。急がないと。


「フォンダートさん!」


「ルミア様! 来てくださったのですね」


 フォンダートさんは笑ってこちらを振り返った。相変わらず、見ている人を虜にしてしまいそうなほどきれいな笑顔だ。


「ごめんなさい、お待たせしてしまって」


 フォンダートさんの近くまで駆け寄ってそう言うと、フォンダートさんは気にしないでください、と鈴がなるような声で言った。やっぱり優しいな。ボクが修学旅行出発前に考えていたことは思い違いだったのだろうか……。


「では早速本題に入らせてもらってもよろしいですか?」


「はい、どうぞ」


 フォンダートさんは一体誰が好きなんだろうか。兄様? ラフィネ? それともルドヴィンか!? フォンダートさんはあんまりラフィネとは関わりがなかった気がするな、じゃあ兄様かルドヴィンの二択か?

 いや、ゲームの攻略対象だったからとはいえ、この三人の中から一人を選ぶとも限らないよね。つまり、エドガーさんの可能性も!? うう、それはできることならやめていただきたいなぁ。エドガーさんにはもう好きな子が! 日々のエドガーさんを見てると一目瞭然なくらい好意を抱いてる子がいるから! いや、エドガーさんはないか。例えそうだったとしても、素のエドガーさんを見たら幻滅するだろうし。


「あのですね……」


 頭の中で色々考えを巡らせながら、フォンダートさんの言葉を待っていると、フォンダートさんは急に敵意のこもった目でボクを睨んだ。


「邪魔しないでくれる? 負け犬の分際で」


「……えっ?」


 急に低くなった声と言われたことに一瞬思考が停止した。あれ? フォンダートさん? 急に敬語取れたね? いや、そうじゃなくて、え? 何の邪魔? ていうか負け犬ってなんだ。ボクことルミアのこと言ってる? フォンダートさんの口からそんな言葉が?


「最初見た時は目を疑ったわ。まだそこそこ美人なルミアがこんなのになって目の前に現れるなんて。自分の魅力踏み潰してるようなもんじゃない。正直吹き出しそうになったわ。自ら負けてくれるなんてって。

 だけど蓋を開けてみれば、あら不思議。全員あんたの味方してんじゃない。どういう手使ったか知らないけど、負け犬なら負け犬らしく指咥えて見てなさいよ。調子のってないでシナリオ通りに行動して。あんたにとって最善のエンディングくらい理解してんでしょ?」


 んんん~? ボクは何言われてるんだ? ……ちょっと整理しよう。


 フォンダートさんの発言によると、どうやら彼女は元のルミアのことを知っているように聞こえる。今のボクは身長も低いし、日焼けしたままだし、髪型も違う。本来のルミアを知っていれば、きっと別人だと思うくらいに違うだろう。

 つまりフォンダートさんは、ボクの前世ではこの世界がゲームであったことを知っているということになる。シナリオとか、エンディングという言い回しの仕方もそれならば納得がいく。現実の世界にはシナリオもエンディングもないからね。


 だとすると、フォンダートさんはもしや、ボクと同じく前世で死んでこの世界に来た人という結論が導き出される。誰かから聞いたという可能性もあるとは思うけれど、それだったらルミアの容姿まではわからないはずだ。それにこの話し方からするに、ボクとは違ってゲームをやったことがある人である。となると、当然ベル・フォンダートとして誰かと恋に落ちることを夢見るだろう。

 ところが、今ボクの存在が彼女の邪魔をしているのだろう。無理もない。折角できた兄なのだからと仲良くなった兄は攻略対象だったし、初めてできた友達も攻略対象だったし、できれば関わりたくなかった兄様の友人も、うっかり関わってしまい仲良くなってしまった。うーん、今さら関係を断ち切ってって言われてもさすがに無理、というか嫌だけれど、それがフォンダートさんの恋の障害になってしまっているなら、誠心誠意謝るしかない!


「すみませんでした!」


「なに? 謝れば許されるとでも思ってんの?」


「……思ってません。なので、フォンダートさんの恋のお手伝いならできます。ボクも精一杯後押しします」


 だから殺さないで! 痴情のもつれで殺されたくない!

 そんな思いを抱えてフォンダートさんに頭を下げ続けていると、急にフォンダートさんの高らかな笑い声が聞こえた。


「あはは、あは、あーっはっはっは! 笑っちゃうわね。あんた何にも気がついてないんだ。それとも純情演じちゃってんの? まあどっちでもいいわ。別にいいのよ、あんなやつらに恋なんてしてるわけないもの」


 ううん? さっきと言っていることが違うんじゃないか? シナリオ通りに行動してほしいのに、恋はしてない。好きでもないのに恋愛はしたいということなのか? ……ボクにはよく理解できないけれど。


「本当にそれが目的だったらあんたのその無様な姿見て許せたかもしれないけど、ダメよ。私、あんたの存在自体が目障りなんだもの。あんたのその性格がいけないんだわ!」


 そう言いながら、フォンダートさんはパチン、と指を鳴らした。すると突然、ボクらの回りを男子生徒たちが囲むようにして現れた。その目は虚ろで、まるで操られているように感じた。

 ボクが驚いていると、フォンダートさんは優雅にボクらを囲う生徒の輪の中から抜けていった。


「フォンダートさん!?」


「じゃあね~、ルミア様。心ゆくまで楽しんでちょうだい」


 後はよろしくお願いしますね、と生徒たちに声をかけてから、すたすたと歩いていってしまう。その後を追おうとするが、それよりも先にボクの回りを完全に囲まれてしまって、追いかけることはかなわなかった。


「そこをどいてください!」


 それならまずはこの人たちから離れるしかない、そう思って一応声をかけてはみるが、やはりどいてくれる気はないようだ。というかなんでこの人たち一言も話さないんだろう。怖いよ。動きも相まって恐怖しか感じない。

 仕方ない、それなら無理やりにでもどいてもらおう。


「よっ」


 まずは目の前にいた人に蹴りを入れる。兄様に比べて威力はないが、一般的な人よりはあるはずだ。そのおかげか、呆気なく目の前の人は倒れていった。よし、この程度なら大丈夫かな。

 次々に迫ってくる人たちをイリスさんとセザールさんに習ったことを活かしながら倒していく。習っといてよかったなぁ。まさかこんなところで役に立つとは。たくさん教わってしまった結果、色々なことができるようになってしまったボクを見て父様は泣き崩れてしまったけれど。うん、よかったよね。


 もう結構な人数を倒したような気がする。でも思っていたよりも人が多いというか……倒れた人の数も何だか少ないし、もしかして一回倒れた人も起き上がってきてないか? うーん、やっぱり威力が足りないのかもしれない。全員に蹴りを入れれているわけでもないし、逃げ道を確保したら逃げよう。

 そう思った瞬間、爆発音とともに目の前にいた生徒たちが吹き飛んだ。……え、吹き飛んだ?


「……ええ!? 嘘でしょ!?」


 本当に吹き飛んでいる。小規模だったのか一部しか吹き飛んでいないが、確かに何人も倒れ伏している人たちがいた。どうやらもう起き上がってくる気配はない。さ、さすがに死んでないよね? 気絶してるだけなんだよね!?

 衝撃の光景に唖然としていると、ふわりと目の前に白いものが舞い降りてきた。そしてそれは自慢げに声をあげた。


「フッフッフ、ミタカ、我輩の魔法を!」


 目の前には怪しげな試験管を持ったティチアーノさんが、楽しそうに笑いながら立っていた。

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