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使用人たちの二日目(後編)

「イリス!」


「……セザール?」


 大声でイリスに声をかけると小さな声で俺の名前を呼ぶのが聞こえた。こういうとき耳がいいっていいな。また得した。どうやら意識ははっきりしてるらしい。

 イリスはあいつよりもずっとでかい男に苦戦を強いられてるみたいだ。イリスの腕の状態を見る限り、相手は刃物を使ってる。刃物は明らかなルール違反だ。見えねえようにしてるっぽいが、こっちから見りゃ丸見えだし、相手の外傷で簡単にわかる。だけどそれを指摘する観客もいない。つくづく腐ってんな。どうなってんだよ、よその使用人は。いや、全員が全員こんなんじゃないとはわかってるけどさ。


 イリスもイリスで告発すればいいだろ、と一瞬思ったが、この世界は馬鹿なことに男社会な面がある。あいつがいくらルール違反だと訴えようと、男には勝てないからああ言っているのだと囁かれるだけ。それで終わりだ。ルール違反を全員わかってる上で、あいつを貶めようとする。だからあいつは黙って自分の身を犠牲にしてでも戦うしかない……、って


 んなことさせるか!


「うおっ!?」


 男の手からナイフが落ちて、からからと音をたてながら床に転がった。さすが俺。イリスよりもうまくはないが、投擲くらいはお手の物だな。あーあ、ルミア様が見てたら超褒めてもらえたんだけどなー。


「まさか、セザール!? 何してるのよ!」


 イリスが怒りと驚愕、半々の顔で怒鳴ってるが、そんなのお構いなしだ。俺はナイフに向かって投げたネクタイピンを取るためのような素振りをして、二人に近づく。


「おおっと、悪いな。戦ってたら衝撃で俺のネクタイピンが飛んでっちまった。お前の手にぶつかっちまったみたいだけど、おっ? 何か落としてるぜ、これは……ナイフか?」


 そう言って俺がナイフを拾うと、男は青ざめた。情けないな。言い訳ぐらいしてみたらどうだ。まあ言い訳しても意味ないけどな。


「なあ! 審判! この大会で刃物の使用は禁止じゃなかったか?」


 わざとらしく俺がそう言うと、審判も慌てているように見えた。あー、お前もぐるね。はいはい、目論見がうまくいかなくて残念でしたー。とっとと審判らしく摘まみ出せよ。と、内心思いながらも、いたって平静にジャッジを待っている振りでもしていようかねー。と思ったが、どうやら執事長が本気出しちゃったらしい。一気にここにいる男以外の敵を一掃してから、悠然とこっちに歩いてきた。


「これはこれは、お手柄ですね、ベフトォンさん、セザールくん。ルール違反者を見つけるなんて、私も君たちと同じチームで鼻が高いですよ。ご褒美に他の全員、倒しておきましたよ」


 最初から執事長が本気だしといてくれればなー、とか、ちょっと思っちゃったりもするが、そんなことしたら楽しくないもんな。いやー、やっぱり執事長は味方だと心強いぜ。敵だと最悪だけどな。


「おー、超嬉しいです。さっすが執事長ですねー!」


「い、いえ、わたくしは何も……」


 イリスが申し訳なさそうにそう言ったのを見て、急に男が馬鹿でかい迷惑な騒音を発し出した。


「そうだ! そこの女が俺の手にナイフを忍ばせてきやがったんだ! そっちが俺を嵌めようとしてきやがったんだ!」


 こいつ馬鹿かよ、とは思ったが、審判もそれなら乗っかれると思ったのか、イリスが退場だとか言い始めやがった。しかも連帯責任で優勝剥奪とか自分たちにとって都合のいいことばっかり騒ぎ立てやがる。え、もしかして本当に全員馬鹿? あらやだ、俺こいつらと同じ立場で恥ずかしいわー。さっさと敗けを認めりゃ済んだ話だったのに。

 うーん、ここで俺がどうこう言ってもどうしようもねーよなー。よし、こうなったら奥の手を使うか。


「うっへー、めんどくさいことになっちまいましたよ、執事長! どうにかしてくださいよー」


「ふふ、任せなさい。セザールくん」


 とりあえず執事長に何とかしてもらおうという作戦はうまくいったぜ。これで何度対処するのがめんどくさいことを切り抜けてもらったか。さてさて、執事長は一体どういう案を提案するのか、っと。


「お集まりの皆々様、どうか耳をすましてお聞きください。これは大会というものである以上、どちらかの言い分を優勢に聞き入れ、多数決だけで悪を決めつけるのは間違っておられるでしょう」


 そこまで言って執事長は華麗に俺の手からナイフを奪い取った。俺しっかり握ってたはずなんだけどなー、おかしいなー。この人どうなってんだ。

 執事長はナイフをくるくると手の内で回してから、全員に見えるようにそれを掲げた。


「我がチームのイリス・ベフトォンは相手がナイフを持っているとわかってもそれを言いはしなかった。哀れな女性を装ってセザールくんに告発してもらう算段だったのであれば、それもありうる話でしょう。彼女が悪の可能性は十分です。

 ですが、仮にベフトォンさんが彼にナイフを渡して嵌めようとしたとしても、彼はそれを口には出さなかった。一体それはどう説明をつけるおつもりでしょうか? あなたが本当にナイフを用意していなかった可能性もありますが、嵌められそうになってまで、わざわざ敵から渡されたナイフを後生大事に持っておく必要がありますかね?」


「うぐっ、そ、それは……」


「ああ、いいんです。私は正当性を証明して解決したいわけではありませんので。ここは折角神聖な戦いの場なんですから、それで決めないと面白くないでしょう?

 聞けばベフトォンさんが彼を嵌めようとした理由を、皆様、男女の差からなるものであると考えているようですね。そこで、武器は一切なしで、彼らの戦いを仕切り直すことで決着をつけようではありませんか。

 ナイフのルール違反は全て抜きにした上で、一対一の真剣勝負、問題ありませんよね?」


 そう言って執事長は俺達に向かってウインクをした。なるほどな、ここで勝負をつけさせて、文句を言わせないようにするって魂胆か。


「そ、そんなことしたって無駄じゃねえか。どうせ俺が勝つんだ。勝敗は見えてるようなもんだぜ、エドモンドさんよぉ」


 あ、執事長若干キレてんな。なめた口利かれるの嫌いだもんな。表情には尾首も出してないけど、ほんのちょっとだけ手が動いたぞ。殴る気だったんですかねぇ。

 でもこいつはイリスが倒すんだ。執事長が手出ししようとしたら全力で止めに入らねえと。……俺が死ぬか?


「あら、怖じ気付いているのですか? わたくしは問題ありません。決して負ける気はありませんもの」


 イリスはこういうのし慣れてないから安い挑発だけど、そこはあんまりおつむがよろしくない使用人だ。簡単に挑発に乗ってくれる。


「あぁ? ずいぶん生意気な女だな。そんなに言うならやってや」


「はい、それでは二人とも中央へお進みください」


 男が言い終わる前に話を進めるなんて、執事長、すてき! いや普通ならちゃんと待ってくれるんだろうが、ちょっとキレてるからな。いっそ哀れだな、あの男。同情くらいはしてやるぜ、今からのことも含めて。


 イリスが慎重な面持ちで男と向かい合うのをただ眺めた。そんな顔してるけど、実際は全く緊張とかしてないんだろうなって、長い付き合いだから簡単にわかる。


 いっけなーい、殺意殺意! 俺イリスに恋してるの! 約十年越しで激重! でも今あいつの目の前にいる男は下品な笑みを浮かべてる。こりゃあ圧勝しようと目論んでるどころか、イリスに何か賞品として要求するつもりだぞ~。俺のイリスをそんな目で見てんじゃねえよ殺すぞ。次回、じゃなくても男は死ぬ。お楽しみに~。

 じゃねえわ。殺しちゃダメだって。俺暗殺者じゃないんだから。それにこれから男はちゃんと死ぬんだ。俺がやってしまってはいけない。


「僭越ながら私が審判をさせていただきます。さあ、それでは覚悟はよろしいですね? レディ、ゴー!」


 執事長がそう言った瞬間、男の腹にイリスの肘がめり込んだ。その威力に耐えられず、男は何がなんだかわからないまま後ろへと倒れ伏す。うん、やっぱり圧勝だったな! そうだと思った。あいつの肘鉄めっちゃ痛いもん。


「勝者、イリス・ベフトォン!」


 執事長がいい笑顔でイリスの名前を呼んでいる。よかったですね、執事長。あいつ、痛い目見てくれましたよ。これでなんとかその苛立ちを収めてください。俺達に飛び火したら嫌なんで。それはそうと、今はイリスを労いにいかないとな!


「いえーい! さすがイリス! 最強にゴリラだぜ!」


「あなたも食らいたいのかしら?」


「すみませんでした!」


「ふふ、いい働きでしたよ、ベフトォンさん。さて、これで私達が優勝、という事でいいですよね?」


 この完璧なまでの力の差を見せつけられて、声をあげる奴は誰もいなかった。そして、無事俺達は、当初の目的だった大会制覇を成し遂げたのだった。

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