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約束は秘密です

 ルドヴィンたちが夕食作りを開始すると同時に、ボクは兄様とティチアーノさんのところまで歩いていった。よく考えたら、二人を料理に参加させない理由を全く考えていなかったけれど、どう言ったらいいのだろうか、と思いながら近寄っていったが、案外二人ともすんなりといい返事をくれた。


「一昨年も昨年もルドヴィンに怒られたからな、さすがに俺も学習はする。だが、見るとどうしても色々放り込みたくなってしまうから、今年は隅の方でおとなしくしていようと思っていたんだ」


「我輩はタイヘン不服なのデゴザイマスケドネェ、コレを使ってはイケナイというのでアルノデスナラ、我輩ツマランので、ジタイさせて頂くのでゴザイマスデスヨー。命拾いしたデアリマスネー、ミナノシュウ」


 そう言いながら、ティチアーノさんは手に持っていた試験管を軽く振った。一体中身は何なのだろうか。ただの透明な液体のように見える。ティチアーノさんに聞いてみると、ギフトデスヨ、と返された。

 ギフト? そういえばお店を回る際に連れ出す時も、ギフトがどうのこうのって言っていたような。ギフトって、普通に考えれば贈り物のことだよね? この液体を誰かに渡すということなのだろうか。

 そう考えていると、兄様が冷めた顔でティチアーノさんを見て言った。


「そんなものを入れようとしていたのか。さすがに俺もそれは困るな」


「オヤオヤァ? ビビッチャッテるんデゴザイマスカァ? アンドレ・カルティエとも言う人間が、情けないことデアリマスネー」


「そうだな。大変情けない話だが、ルミアがもしそれを口に含んだらと思うと背筋が凍る思いだ。その場合はお前を殺しても殺しきれない」


 一体どういう話になっているのか、いまいちよくわからないが、とりあえずあの液体が危ない物だと言うことはわかった。ふむ、だとするとギフトの意味を履き違えているんだろうか。ギフトの意味、贈り物以外にあったのかどうか思い出せないけれど。英語得意じゃなかったし。

 兄様の物騒な発言は深く気にしないことにして。ティチアーノさんは兄様の発言を聞くと、バカにしたように鼻で笑った。


「バカニスンナヨ。我輩がソンナコトするわけネーデゴザイマスヨ。他の全員を苦しめようと、プリンセスだけは救って見せるデスカラ」


「それならいいんだが」


「いやよくないよね!?」


 どうしていいと思ったのかな、兄様! ボクだけ助からないならまだしも、ボクだけ助かる状況は絶対に嫌だからね!? というか、なんでそんなに平然とボクが助かるなら死んでもいいみたいなニュアンスで返事してしまうんだ。自分のことも大切にしてほしい。


「そうか?」


「そうだよ。ボクは自分だけ救われるなんて絶対嫌だからね。例えそんな状況があったとしても皆助けるから!」


 ボクがそう言い切ると、ティチアーノさんは面白いものを見るかのように笑った。


「ヒョエー、優しさを感じるデアリマスヨ。イイ妹を持ちやがりマスデスネ。我輩にヨコセ。イイ妹からイイ助手にするデスカラ」


「そうだろう、本当にいい妹だ。それは正しいな。だが妹はやらん。どうしてもと言うのなら俺を倒してからにしろ。拳で」


「チッ」


 一瞬ティチアーノさんは試験管を構えたが、拳でと言われた直後、舌打ちをして試験管を白衣のポケットにしまった。もしかして倒すつもりだったのだろうか。どういった効果のある液体かはわからないけれど、どんな危険なものでも、兄様なら全部避けた上で勝てそうだと思ってしまうなんて、相当毒されているのかもしれない。一応兄様も人間のはずなんだけどなぁ。


 そんなことを考えていると、ティチアーノさんが思い出したかのように、ボクを見て言った。


「あア、ソウデスタ。プリンセス・ルミア、我輩のためにショウショウ時間を貰いたいのデゴザイマスケド、よいデスヨネ? 自由時間に差し支えるのはメンドウナノデ、起きた後、ホンノ少しの時間でモンダイナイデアリマスヨ」


 ティチアーノさんの言葉に、すぐさま頷きそうになってしまったが、すんでのところで思い出した。明日の朝はフォンダートさんと約束をしていたのだ。ティチアーノさんの用事がどれくらいかかるものかわからないから、承諾することはできない。


「ごめんね、ティチアーノさん。明日の朝はちょっと用事があるんだ」


 そう言うと、ティチアーノさんは不満げな顔をして、ボクに詰め寄ってきた。


「オンヤァ? 我輩のオサソイを蹴ってマデ優先するコトがあるのデゴザイマスカ?」


「優先するって言うか、先に約束してたからさ」


「誰とデアリマスデスカ?」


「それは、」


 言いかけて、はっとした。フォンダートさんと会うことをここで言ってしまって良いことではない。フォンダートさんは皆には内緒にしてくれと言っていた。うっかり約束したことは言ってしまったが、せめて誰と約束したかは黙っておかないと、フォンダートさんに合わせる顔がない。

 そして、それを抜きにしても、兄様に止められる可能性が高い。そもそも兄様はおそらく、というかほぼ確実に、フォンダートさんのことが好きじゃない。元々女の人が好きじゃないのに、あの時一瞬だけだけど、濡れ衣を着せられてしまったから、ボクの予想ではかなり嫌いな部類に入っていそうだ。昔は自分の友人であるルドヴィンにさえボクを会わせなかったのに、自分が嫌う相手とボクが、自分の目の届かないところで会うのわや容認してはくれないだろう。なんとか言わないようにしないと。


「それは、その、ボクとその人だけの秘密だから」


「言えないような相手なのか?」


 兄様の視線が突き刺さった。兄様が鋭いせいで、一気にピンチに陥りつつある。ぐう、でもボクもここで負けるわけにはいかない。


「違うよ、やっぱり人に聞かれたくない話って、誰にでもあるじゃない? そう言うタイプの相談事だから誰にも言わないの」


 そう言ってもまだ兄様は不服そうだった。やはり相手のことを怪しんでいるらしい。そうして兄様が何か言おうと口を開いた瞬間、ティチアーノさんが先に声をあげた。


「マアマア、アンドレ・カルティエ。コレについてはオトメノヒメゴトだと思うのデゴザイマスヨ。シブトイ男は嫌われマスデスカラネ。シテ、プリンセス・ルミア?」


「なに?」


「ソノ相談事トイウノハ、ドコデ行うのデアリマスカ?」


「それはね……って言わないよ!」


 見に来る気満々じゃないか。さすがにボクでもそれくらい考えつくからね。というか兄様ならまだしも、ティチアーノさんはボクの約束に関して、そんなに気になるところがあるのか?

 理由があるとすれば、さっきこの約束があるがために、用事を断ってしまったことを根にもっているのかな。うう、それはまた次の機会にしてくれないだろうか。今回を逃せば、フォンダートさんの恋の応援をすることができなくなってしまうかもしれない。それは一大事である。何とか許してはくれないだろうか。ついでに何か一つ言うこと聞くから。……そう言ったらボクの身が危なそうだから、言うのはやめおこう。あくまで思うだけだ。


「ソウデスカ、ソレデハ正確な時間は?」


「言わないから! もう何も言わないから!」


「ルミア、隠し事はめっ、だぞ。兄様は心配だから帰ってくる時間くらいは教えなさい」


「絶対言わないからね!」


 そもそも帰ってくる時間は本当に知らないから、言うこともできない。それでもここで知らないと言ってしまえば、ますます兄様は追及してくるだろう。これ以上ヒートアップされたら困る。口を割るまで部屋から出してもらえない可能性もあるかもしれない。それは避けなければ。どうにか切り抜けて――。


「ル、ミ、ア、ちゃーん!!!」


 その声と同時に、フランがボクに抱きついてきた。その顔はにこにことしていて楽しそうだ。今のボクの心境とは対極である。


「ルミアちゃん、終わりましたよ! 私とっても頑張ったので、褒めてください! たくさん撫でてください!」


 知らない間に料理が終わってたのか。フランが来た方向を見ると、他の三人が話しているのが見えた。皆一様に自信ありげに笑い合っている。まるで優勝を確信しているかのようだ。無事終わったようでよかった。

 フランに彼女のがんばりを褒めるのと同時に、すごくいいタイミングで来てくれたことへの感謝の気持ちを込めて撫でると、フランは満足そうに笑った。


「えへへ、ありがとうございます、ルミアちゃん。ところで、お話し中のようでしたが、何の話をしていたんですか?」


「ソレハ」


「いや、なんでもないよ。ちょうど終わったところだから。それより、フランはどんなデザート作ったの?」


「はい! 我ながら力作ができましたよ! 見てください!」


 フランに手を引かれながら、ボクはその場を足早に立ち去る。兄様とティチアーノさんがどう思っているかは定かじゃないけれど、少なくとも今日一日は隠し通さなければ。二人をうまく避ける術を考えながら、ボクは今日の夕食となる素晴らしい料理を見るために足を進めた。

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