重要な役割
ルドヴィンに呼ばれてからほどなくして、夕食作り対決が開幕した。時間は無制限らしいが、かかりすぎてもいけないとルール説明の先生は言っていた。かかりすぎってどれくらいなんだろう。ちゃんと決めておいた方がよかったんじゃないだろうか、とは思うけれど、とりあえず気にしないでおこう。
「さて。いいか、お前ら。今回はオレの言うことをよく聞け、そして馬車馬のように働け。よそ見を一切することなく料理だけに集中しろ」
そう言うルドヴィンの目は本気だった。逆らったら何をされるかわからないくらいの顔である。それを皆わかっているようで、異論を唱える人は誰もいなかった。
「ラフィネ、フランソワーズ嬢、お前らは料理できるよな?」
急にルドヴィンの視線が二人に向いたので、二人とも一瞬びくっとなっていたが、すぐにその質問の答えを返した。
「母さんの手伝いで少しくらいならできるけど」
「普通のお料理は自信ないですけど、そうですね、デザートなら作れると思います」
二人の言葉を聞いて、ルドヴィンは数秒間考えるそぶりをしてから、指示を出した。
「そうか、ならラフィネはオレの補佐に回ってくれ。フランソワーズ嬢はデザートを、ちょくちょく見に来るから何か手伝うことがあったら言えよ。あ、エドガー」
「はいっす!」
「お前は何か好きなの一品作ってろ」
「えええええええ!? そんなのあんまりっすよ! おれの作業もちゃんと見ててほしいっすー!」
ルドヴィンにこう言われるってことは、エドガーさんは料理が上手なのか。そういえばエドガーさんが学園に行く前に、セザールさんとキッチンにいたことがあったっけ。あの日エドガーさんがうちに来たときも、死んだような顔をしていたのを覚えている。
だとすると、ボクと同様、セザールさんに料理を習ってたんだろうか。セザールさんも料理得意だし……いや、ルドヴィンに習えばよくないか? それともルドヴィンを驚かせるために練習したかったから、あえてセザールさんに頼んだとか?
うーん、でもエドガーさん、何でかわからないけど、セザールさんを怖がってるみたいだから、そんなこと頼むとは思えないなぁ。よく一緒にいたみたいなのに。そう考えると、二人は仲がいいと思っていたのだけれど、本当は仲が悪いんだろうか? セザールさんもよく、エドガーさんに会う日になると、めんどくせーっ、って叫んでたし。……喧嘩するほど仲がいいってやつかな? ちょっと違うような気がするけれど。
まあこの話は収拾がつかなくなってしまうので置いておこう。
そうだ、ボクは何をすればいいんだろうか。何年か前から料理を教えてもらってはいたけれど、未だに一人で作れるかどうかは自信がない。いつもセザールさんに、多少手伝ってもらってたからな。……料理風景と一緒に思い出してしまった、イリスさんの料理の腕が全く成長していないだろうことは胸にしまっておこう。真面目なイリスさんにそういうところがあるのはかわいいし、何の問題もない。
「ルドヴィン、ボクは?」
「ああ、お前は……今回の対決で優勝を狙うにあたって、最も重要な役割を与えよう」
「最も重要な?」
「そうだ。そしてお前にしかできないことだ」
ボクにしかできない最も重要な役割なんて、全く見当がつかない。料理に関しては、ルドヴィンよりもずっとできることが少ないのに、ボクにできることって一体何なのだろうか。例え何であろうと、ボクにしかできないならきちんとやりとげなければならない。……本当にボクなんかにできるだろうか。
「それって一体何なの?」
「それはだな……あいつらのおもりだ」
そう言ってルドヴィンは、なぜかここから少し遠くに待機させられていた、兄様とティチアーノさんを指差した。二人はティチアーノさんが持ってきたのであろう謎の試験管を、くるくるとペン回しのように回しながら、何かを話していた。あれ蓋が取れたらすごく危ないと思うんだけれど、何でやってるんだろうか。
いや、それよりルドヴィンの言った言葉だ。今二人のおもりをしろって言った? 一体なぜ。言い方が完全に子供扱いしてるのも気になるけれど、それ以上に料理に関係ないことに驚いてしまった。これが最も重要な役割?
「そう驚くのも無理はないが、これは本当に重要な役割だぞ。お前は知らないかもしれないが、何とあの完全完璧なアンドレはな、料理がからっきしダメなんだ」
「そ、そうだったのか……」
兄様の意外でわかりやすい欠点を、今まで一緒に暮らしてきたのに知らなかった。でも普通に考えたらおかしくはないことだ。基本的に貴族は料理なんてしないだろうし、やったこともないことができなくても、全く変ではない。
だけど、兄様に関しては異常とも呼べるほどの事態である。兄様は教えてもらったことをすぐに吸収して、それを自分のものにし、さらには教えてもらった人よりも上達する、という、とうの昔に人を超えてしまったかのような人だ。そんな兄様に苦手なことがあるなんて、もはや天変地異と言っても過言ではないほどの衝撃である。
「え? 本当に?」
あまりにも信じられないことで、思わずそう聞き返すと、ルドヴィンは神妙な面持ちで頷いた。
「そうだ。オレも知ったのが、一年のこの対決の時だった。アンドレが料理をしたことがないのは知っていたが、少し教えればできるものだと思っていた。現に具材を切るくらいはできた。だがな、あいつは何度言っても余計なものをぶっこむ。オレの言うとおりにしろって何度も何度も……正直腹が立ってはいたが、実はあれ、本気でやってるんだよな。
ああ、そういえばお前知ってるか?」
情報量の多いルドヴィンの言葉を、何とか処理しつつも、ルドヴィンに言葉を返した。
「何を?」
「あいつ味覚音痴だぞ」
「そうなの!?」
兄様についての新情報が次々と出てくる。兄様味覚音痴だったのか! いや、確かに思い当たる節はある。ボクが料理を始めたばっかりの頃の料理を、兄様は笑顔で完食してくれていた。もしかしてあれは不格好なりにおいしかったというわけではなく、味覚音痴だから食べられたということか? くっ、だとしたら今までボクは兄様に、本当はおいしくないものを食べさせていたということだ。ごめんね兄様、ボクが未熟だったばっかりに!
「と言っても、何でも食えるってだけで、全部をうまく感じてるわけじゃないらしいぞ。なんでも作り手が誰かでうまく感じるかどうか決まるそうだ」
「ええっと、どういうこと?」
「つまり、他人が作ったものはうまいと思わないけど、お前やオレが調理に関わったものなら何でもうまいって感じるわけだ」
……それってただの思い込みなんじゃないか? 兄様がおいしく食べられるならいいのかもしれないけど、ボクの拙い料理を食べさせてしまったのは事実だし。やはりもっと上達しなければ。
「あれ? でも作り手を隠しちゃったら、例えルドヴィンが作った料理だとしてもおいしく感じないってこと?」
「それはオレも試したんだが……」
ルドヴィンは苦々しい顔で言葉を続けた。
「なぜかバレるんだ。オレが作ったものと他の奴が作ったもの、ついでにエドガーの分も食わせてみはしたんだが、全部作り手を言い当てやがった。味自体はわかってるのかもしれないな。味覚に関しても別のベクトルで人間を超越してるのはさすがではあるよな」
一周回って感心しちゃってるじゃないか。うん、でもボクもすごいと思ってしまった。兄様の味覚どうなってるんだ。むしろ味覚音痴じゃないのでは?とも疑うほどである。でも昔のボクの料理をあんなに無邪気な笑顔で食べてたしな……本当にどうなってるんだ。
「まあそういうわけで、あいつはオレが手を加えた料理ならなんでもうまくなると思ってるのに加えて、何でかはわからんが、料理は何か色々入れればうまくなると思ってるんだよなぁ、あいつ。そっちが問題だ。あいつ自身はうまいって言うから、聞く耳を持ちやしない。だからあいつに料理に参加させてはいけない。わかったか」
ふむ、まあ兄様にとってはおいしいんだったら、色々入れたくなっちゃう……か? でも兄様はやっちゃだめって言われたらやらないんじゃないだろうか。そんな聞き分けがない人じゃないよ、とルドヴィンに、それはお前にだけだ、と言われ、なぜか手刀もくらった。痛い。
「うーん、兄様を料理に参加させちゃいけない理由はわかったけど、ティチアーノさんは?」
「すぐに薬入れやがる」
「おーけー、わかった。引き受けよう」
なんの薬かわからないものを入れられるのは、さすがに困る。こうしてボクは、夕食作りの優勝、そしてボクたちの食べる夕食のためにも、役割を引き受けたのだった。




