予想外の対決
駄菓子屋さんで遊べるお菓子を大量に購入し、さらにはその場で持参していた薬品と合わせて実験しようとしていたティチアーノさんを連行しながら、ボクたちはお店を出た。あまりにも大騒ぎしてしまったため、駄菓子屋さんのおばあちゃんに、エドガーさんと一緒に全力で謝った。おばあちゃんは笑顔で許してくれた。素敵なおばあちゃんだった。
そのおばあちゃんのため、というわけではないけれど、ボクも、先ほどフォンダートさんと見ていた、昔懐かしいお菓子を買うことにした。ちょっとずつ食べようとしたら、横から次々と手が伸びてきて、ほとんど取られてしまった。ボク二個しか食べてないのに。
いや、実際は最後の一粒を食べれば三粒食べたことにはなったのだけれど、唯一お菓子を取ってこなかった兄様にあげてしまった。兄様は小さいチョコボールを一粒あげただけで、すごく喜んでくれた。……兄様の喜ぶ顔が見れただけでよしとしよう。
それからもお土産屋さんを回り、集合時間になる前にお土産を買った。基本的には大人数用のお菓子を配るつもりだが、イリスさんとセザールさんには、ボクとお揃いのキーホルダーを別に用意した。色とりどりの海の中に、散りばめられた星を閉じ込めたような、きれいなキーホルダーだ。種類がたくさんあったので、それぞれの目の色のものにした。
本当はセザールさんのためにペアキーホルダーにしようと思ったのだけれど、なぜかボクの分もないと怒る。クリスマスプレゼントでペアのマグカップを贈ったらめちゃくちゃ怒られた。ペアじゃなくてもいいから三種類ある物にしてほしいと、何度も何度も言われた。これで不服なのは、イリスさんだけじゃなく、セザールさんまでそう言ってくるところだ。余計なお節介かもしれないけれど、ボクなりの考えに基づいてやっているから、そこは認めてほしい。
それと、父様にも別のお土産を買った。と言ってもシンプルなブレスレットだ。そこまで高くなく、前世でも買えるくらいの、普通のお父さんへのプレゼントとしてはちょうどいいものだと思う。
少し前は、父様も立場的には前世のお父さんと同じ立ち位置だし、手頃なものでいいかな、と思ってはいても、父様にはできるだけ高くて見栄えがいいものを、と思ってしまっていた。けれど、それを感じ取ってか、父様に以前プレゼントをあげた際に、あまり高いものは受け取らないと言われてしまった。それからはただ父様に似合いそうなものを選ぶようになった。このブレスレットもそうして選んだ。
そう言えば父様、元気だろうか。もしボクが学園で問題を起こしでもしたら、昔のように寝込んでしまうかもしれない。いや、問題を起こす気は全くないのだけれども。とにかく何事もないように気を付けよう。事故で何か起こったりするかもしれないしね。
まあ、そんな感じで無事お土産を買って、部屋に置いてきた後、集合場所へと来た。もうそろそろ夕食の時間なので、てっきりレストランみたいなところで食事をするのかと思っていたが、不思議なことに集合場所はキッチンだった。それも妙に大きいのに、料理人さんは誰もいないようだし。一体何が行われるんだろうか。
「ねえ、兄様。今から何かやるの?」
一番近くにいた兄様にそう聞くと、兄様は少し驚いたような顔をしてから、そういえば知らないのか、と呟いた。
「今から夕食を作るんだ」
「……誰が?」
「俺たちが、だな。二日目の夕食は自分たちで作ることになっている」
兄様の話を聞くところによると、二日目の夜は唯一飛行機組と船組が一緒にいる夜なので、親睦を深めるために毎年恒例の班対抗夕食作り対決があるらしい。同じ班の時点で親睦も何もないけど。単にホテル側が作り忘れていたのを誤魔化すために、教師陣が苦し紛れにそう言ったところからそうなってしまったのだろう、と兄様は語った。兄様がそんなあり得なさそうなことを言うのに驚いたが、実際そう言うことがあったと聞いたと言っていた。……このホテル大丈夫だろうか。
それはさておき、この夕食作り対決、優勝すると特権が与えられるらしい。その名も、「一日学校を自由にしていい権」。どういうときに使うんだ、それ。一日貸し切りにしていいってことらしいが、あまりにも過度なことはやってはいけないそうだ。というかあまりにも過度なことって何だ。窓ガラス全部破壊するとかだろうか。
ともかく、全く優勝する必要なんてないように思える。ボクも料理が作れないわけではないし、気楽にやろうかな、と思いながら、ふと見ると、ルドヴィンが割烹着と三角巾を着けて、準備万端とでも言うかのように、そこに立っていた。
「おお、ルミちゃん。ルドヴィン様の姿に気づいてしまったっすか……」
いつの間にか横にいたエドガーさんが、ルドヴィンには聞こえないように、こそこそと話し始めた。
「ルミちゃんもご存じの通り、ルドヴィン様は料理が上手っすよね?」
そう言われて、以前にルドヴィンの料理を食べたことを思い出した。確かにおいしかった。あまり食べる機会はなかったけれど、その味は鮮明に覚えている。
「うん、そうだね」
「ふふふ、聞いて驚くなかれっすよ。ルドヴィン様はなんと、この料理対決を二年連続で優勝を勝ち得てるんすよ! すごいっすよね!」
なんだって。ルドヴィン、この対決でそんなに優勝を!? そんなにやる気だったのか、ルドヴィン。全然優勝狙おうとしてなくて、何だか悪い気がしてきた。ボクもルドヴィンのために本気で料理した方がいいだろうか。ボクがいても逆に邪魔になるかもしれないが。
「ルドヴィンはああ見えて意外と、勝負事には全力尽くす奴だ。一年の頃にこれがあると聞いたときには、割烹着と三角巾を持ってきていない、と悔しがっていたからな。今年も忘れずに持っていこうと、寮で何度も確認していた」
ああ、やっぱりあれは自前なのか。他にあれ着てる人いないしな。でもあれを堂々と着ているのはルドヴィンらしい気がした。
「あ、それなら優勝した時の権利?はどうやって使ったの?」
話を聞く限り、ルドヴィンは夕食作り対決の優勝にしか興味がないように聞こえた。肝心の優勝賞品はどうしたのだろうか。使わなければ特権は自然消滅するらしいが、ルドヴィンに限って使わずに放置なんてことはない気がする。
「確か、一昨年は使い勝手がよくわからなかったから、とりあえず使ってみて、その日は二人で学園内を見て回っただけだったな。ああ、いや、多少は学園を改造したりはしたが、そんなに大きなことはしなかったぞ?」
ちょっと学園を改造することは大きなことではないのか。というか、どうやってどんな風に改造したんだ。ともかく、あの学園のどこかに、兄様とルドヴィンが施した何かがあるということだろう。……学園内は安心とは程遠い場所のように感じてきた。
「昨年は特権利用して、大々的に宝探しやってたっすよ。学園のいたるところに色んな宝箱があるんすけど、中身は空だったり、はずれって書かれた小馬鹿にした感じの紙が入ってたり、開けることで作動する罠があったり……散々だったっすね……」
「宝箱の設置を手伝ってはいたが、大事な罠があったりするところは全部ルドヴィンが仕掛けていたからな。なかなかやりがいがあるイベントだった。ちなみに本当に宝と呼べる物は一つだけだった」
ぐっ、エドガーさんの目は死んでるけど、一度やってみたかった。宝探しは普通に楽しそうだ。罠にかかってもいいからやりたかった。今年にもぜひ期待したいところである。よし、そのためにも優勝を目指さなければ。しかし、宝って一体なんだったのだろうか。
「そのお宝って、誰が手に入れたの?」
「えっ? アンくんっすよ?」
「えっ」
そんなこと一言も聞いた覚えがないんだが。兄様はあんまり学校のことを話してくれなかったけれど、ルドヴィン主催のイベントだし、ある意味勝者みたいなものだから、そんなもの手に入れてたら見せてくれると思っていたのだけれど。そう思いながら兄様を見ると、なぜか不思議そうな顔をしていた。
「? 兄様、お宝って何だったの?」
「今お前が首に着けている物だが?」
きょとんとした顔でそう返してくる兄様に言われた通り、首元を見ると、濃い青をしていて、透明度のある石が嵌め込まれたネックレスがある。昨年の誕生日に兄様からもらった物だ。実は貰ってから毎日着けている物である。見る角度を変えると色が変わるところが特にお気に入りなのだ。なるほど、このネックレスがお宝だったのか。
「正確にはその嵌め込まれてる宝石っすね。へー、あれ以降見かけないと思ったら、ルミちゃんにくっついてたんすね。全然気づかなかったっす」
「一目見てルミアに似合うと思ったからな。誕生日に間に合うよう、急いで作らせた」
そうだったのか。宝探しで貰ったことくらい話してくれればいいのに。いや、兄様のことだから言い忘れていただけだろうけれど。何はともあれ、そんなに高そうなものではないとわかって良かった。実はこのネックレスは高いものじゃないかと疑っていたのだけれど、宝探しのお宝なら、それほど価値の高いものでもないだろう。
「おい、お前ら! そろそろ配置につけ!」
ルドヴィンが大きな声でそう言ってきた。そろそろ夕食作りの時間か。よし、ルドヴィンに楽しいイベントを開催してもらうためにも、ボクもできることをがんばらなきゃね!




