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駄菓子屋さんにて

 島に着いたら何かしらの話はあると思っていたのだけれど、本当に何もなかった。即解散である。

 船から出てくるとすぐにホテルの部屋に行ってしまおうとするティチアーノさんを引きずって、ボクらはショッピングエリアへとやってきた。ちなみに一応ティチアーノさんに了承は取った。かなり渋々ではあったが了承してくれた。


「グヌヌヌ……、サスガの我輩デモプリンセスの願いを断るわけニハ……、テキも出現してイルデアリマスから同行した方ガ……。グギュウ、デモ我輩には作らねばナラぬギフトが……、大切なギフトがァー! イヤ、プリンセス・ルミアがソウ言うのデゴザイマスナラ、我輩もクジュウノケツダンをするのデゴザイマスデスヨ。我輩の使命ヲ優先するベキデスネェ。……サア、行くマスヨー!」


 最後の方は無理やり気持ちを上げているようでいたたまれなかったが、そこまで言うと逆に意地でも部屋に行こうとはしなくなってしまったので、ティチアーノさんの苦渋の決断に甘えて、一緒に来てもらうことになった。ごめんね、ティチアーノさん。


 ティチアーノさんには悪いことをしたと反省したが、ボクにとっては嬉しいことだった。折角同じ班というくくりなのだから、全員で行動したい、というのは自分勝手な意見だろうか。こういうのは初めてだから多めに見てほしい。もちろん学校の遠足くらいなら行ったことはあるけれど、修学旅行は初めてだからね。


 皆でお土産屋さんに入っては出て、入っては出て、を何度か繰り返した。正直何も買わずに出ていくのを繰り返すのは心苦しかったが、それにはちゃんと理由がある。

 イリスさんやセザールさん、お家にいる使用人さんたちと、父様の分もお土産を買っていこうとは思っている。その量となると、あまり早い段階で買ったら動けなくなることが確定である。力には自身があるが、いかんせん、体格が小さくてね……。考えたら切なくなってきた。


 皆で話ながら歩いていると、ふと、あるお土産屋さんに目が留まった。そのお土産屋さんは他のところよりも少し古いように見えたけれど、何だか懐かしい感じがしたのだ。


「ねえ、あそこも寄っていいかな」


「ん? おいおい、あそこ駄菓子屋だぞ。菓子でも欲しいのか?」


 ルドヴィンにそう言われてよく見てみてると、確かに駄菓子屋さんのようだった。こんなところに近所にあるような駄菓子屋さんがあるなんて意外だ。そもそもこの世界に駄菓子屋さんが存在したことが驚きでもあるが。ありそうなものがなくて、なさそうなものがある世界なので、だんだん慣れてきてしまっている自分がいる。


「お腹でも減ったの? 食べ過ぎると夕食入らなくなるよ」


 そうだよね。お土産屋さん見て回ってたのに、急に駄菓子屋さん行きたいって言い出したら、そう思うのはボクにもわかる。だけどそういうわけじゃなくて、なぜだが行ってみたくなってしまったのだ。何も買わなくても、眺めるだけでいいと言うか……。だから決してボクが食いしん坊なわけではない。食べるのは好きだけどね。というかどうして食べ過ぎること前提なんだ、ラフィネ。理由によっては蹴る。


「いや、ただ寄ってみたくって……ちょっとだけだからさ! そんなに時間は取らないよ」


 本当に少しの間だけでいいから駄菓子屋さんに入ってみたくて、そう頼むと、フランが柔らかく微笑みかけてくれた。


「ルミアちゃんが行ってみたいなら私は構いませんよ。私も駄菓子屋さん、結構好きですし」


「おれも行ってみたいっす! あれっすよね、なんか実験?みたいな感じで遊べるようなお菓子もあるんすよね?」


「ナンデスト!」


 エドガーさんの発言に、ティチアーノさんは勢いよく食いついた。遊べるお菓子もあるけれど、ティチアーノさんが楽しく遊ぶほどのものはないと思うのだけど。そう言おうとする前に、ティチアーノさんは駄菓子屋さんの方を、獲物を狙うような目で見据えて言った。


「それはゼヒ入手する価値があるデスネ! チョイトひとっ走り行って来るデゴザイマスヨー!」


 そう言うやいなや、ティチアーノさんは駄菓子屋さんの方へと全速力で走っていた。その走りは、こんなに速いのかと思うくらいの速さで、度肝を抜かれてしまった。ティチアーノさんは興味のあることには本来以上の力が出せるタイプのようだ。


「えっ、ちょっ、待ってくださいっす! ティノちゃーん!」


 そう言いながらティチアーノさんを追っていくエドガーさんを見て、我に返った。そうだ、感心してる場合じゃなかった。あの勢いのティチアーノさんが、駄菓子屋さんで騒いでしまうと、他のお客さんやお店の人に迷惑がかかってしまうかもしれない。ボクも後を追わなければ。そう思いながらボクも続いて、駄菓子屋さんの中へと入った。


 中に入った瞬間、思っていたよりも広いな、と感じた。他のお店とそう大きさは変わらないんだろうが、駄菓子屋さんというだけでなぜか広く感じてしまう。

 少し回りを見渡すと、懐かしいお菓子がたくさんあった。どれもこれも昔食べたことがあるものと、全く同じではなかったが、似たようなお菓子がたくさんある。買うつもりはなかったけれど、買ってみてもいいかもしれない。ボクの今の家の近所には駄菓子屋さんなんてないし、久しぶりにこういうお菓子を食べたくなってきた。


 ……いやいや、お菓子見てる場合じゃないよね。早くティチアーノさんを探さないと。とは思いつつも、お菓子に手が伸びてしまう。ああ、このお菓子確か昔――。


「あっ」


「あっ、ごめんなさい!」


 お菓子に伸ばした手が、他の人の手にぶつかってしまったようで、咄嗟に謝った。どうやらその人も、このお菓子を取ろうと思って手を出していたようだ。もう一度ちゃんと謝るために、その人の方を向くと、そこには、


「フォンダートさん?」


「ルミア様」


 フォンダートさんがいた。フォンダートさんとは班決め以降、一度も顔を合わせることがなかった。あんなことがあって、ボクとは顔を合わせづらいと思っていたし、ボク自身もフォンダートさんと会うのは気が引けた。元々友好関係もなく、学年も違うから、普通に会うことはなかった、というのが正しい言い方かもしれない。

 だから、二人の間には当然のように沈黙が流れてしまう。どうしようか。顔を合わせてすぐにどこかに行くというのは、避けているようでボクも彼女も嫌な気持ちになるだろうし……ここはお菓子で話を続けてみようか。


「このお菓子好きなんですか?」


 そう聞くと、フォンダートさんはきれいな笑顔で頷いた。


「はい。……昔、友人が好きだったので。ルミア様も好きなんですか?」


「そうなんです。よく食べましたよ」


 と言っても前世の話なんだけれども。フォンダートさんには伝わらない話である。


 カラフルなチョコボールが均等に並べられているこのお菓子はボクのお気に入りだった。なんと占いがついているのだ! チョコボールを一個ずつ食べながら、占いをするのは、ボクにとってはとても楽しかった。あまりによく食べるから、友人には呆れられていたけれど。

 うーん、懐かしいなぁ。一つ買っちゃおうかな、と思っていると、フォンダートさんがボクに言葉をかけてきた。


「ルミア様。明日の朝、二人きりで会えないでしょうか。お話ししたいことがあるのです。できれば、皆さんにはご内密に」


「明日の朝ですか?」


 一体なんだろうか。二人きり……皆には内緒に……。はっ、まさか攻略対象の三人の中の誰かが好きだって打ち明けられるとか!? そのための宣戦布告ってやつか!? くっ、違うんだ、フォンダートさん。ボクは恋のライバルじゃなくて、むしろフォンダートさんを応援したい側なんだ。その意思をちゃんと伝えなければ。

 明日の朝か。幸い、明日も自由行動らしいし、時間は十分にある。夕方には船に乗らなければいけないが、そこまでかかることはないだろう。もちろん返事はイエスだ。


「はい、大丈夫ですよ」


「それはよかったです。それでは明日の午前六時に、ホテルの裏手まで来てもらえますか?」


「えっ、はい。全然大丈夫です」


 ずいぶん朝早いんだな。それに場所も人目につかなさそうなところだし……、いやらむしろ人目につかないところじゃないと、恋愛相談はできないか。同じように考えると、朝早い方が人通りも少ないもんね。なるほど、よく考えられている。


「嬉しいです。それでは、また明日」


 フォンダートさんは本当に嬉しそうにそう言って、足早に去っていった。お菓子買わなくてよかったんだろうか。手に何も持っていなかったけど。


 ……あれ? そういえば何か忘れてるような……あっ、そうだ! ティチアーノさん!


「うおおおお! やめてほしいっすよー! ティノちゃーん!」


 ティチアーノさんのことを思い出した瞬間、エドガーさんの大きな声が聞こえてきた。何やら困ったことになっているようだ。フォンダートさんとの約束を忘れないようにしつつ、ボクはすぐに、声がした方へと足を走らせた。

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