到着
「ルミアちゃん、ルミアちゃん! 見えてきましたよ!」
修学旅行二日目。フランの楽しそうな声を聞きながら、ボクも前方を見る。船の進む先には、一つの大きな島があった。どうやらあの島が修学旅行先の離島らしい。
島に行くのなんて初めてで、じわじわと胸に広がっていく楽しみを、必死に落ち着かせて平静を保とうとするが、難しい。せめてにやけまいとしていると、隣にルドヴィンが来て、同じように島を見ながら語り始めた。
「あの島はスリズィエ島。一応国の観光名所の一つだな。と言っても今の時期は唯一の見所が見れないから、ただ遊びに来てるようなもんだが。まああれ目当てでこの旅行に参加してる奴なんていないし、学園側もどうでもいいんだろうな」
スリズィエ島。おそらく意味のある名前なんだろうが、全く意味はわからない。ルドヴィンが言うところの、唯一の見所とやらに関係していたりするのだろうか。今回はその機会はないようだが。ちょっと残念だ。折角なら見てみたかったけれど、時期がずれているなら仕方ない。
それはそれとして、やはり島に行くのは楽しみである。島に近づくにつれて、広々とした浜辺と豊かな木々、そしてそれに囲まれている大きな建物が見えてきた。建物はホテルのように見える。……この船と同様に何だか高そうなホテルだなぁ。テレビで見たことあるようなところだ。入るの躊躇いそう。
そう考えていると、ルドヴィンの横から、僕と同じくらいわくわくしているであろう表情をしているエドガーさんが、ひょこっと顔を出した。
「着いた瞬間にもう自由行動でいいんすよね? おれ色んなお店見て回りたいんすよ~。たくさんお土産屋さんとかあるらしくって。まあおれお土産渡す相手なんてルーちゃんくらいしかいないんすけど……。
あっ、そうだ! 聞いてくださいよ! 昨年はルドヴィン様もアンくんも、めんどくさいし行く必要ないからやだって言うから、ずっっっと部屋の中で過ごしてたんすよ? 自由時間なのに! ありえないっすよね!? 普通見て回るっすよね!?」
「だからお前だけで行ってこいって言っただろ」
軽くそう返すルドヴィンに、エドガーさんはムッとした顔を向けた。
「おれだけで楽しめると思ってるんすか! こういうのは友達と回るから楽しいんすよ。一人できゃっきゃっできるほどおれのメンタルは強くないっすからね! 一人で町に繰り出したら三秒経たないうちに路地裏に隠れるっすから!」
「弱っ」
エドガーさんの言葉にラフィネの本音かつ的確な言葉が返され、エドガーさんの弱いメンタルはまた傷を負ってしまった。まあエドガーさんなメンタルは傷を負った直後に回復するから何の問題もないんだけれども。今だって、酷いっすよラフィー!って心なしか楽しそうに言っている。うん、何の問題もないね!
そんなエドガーさんに兄様はいつも通り、真面目に言葉をかけた。
「その節はすまなかった、エドガー。一昨年に一度見て回ったところだったから必要ないと判断したんだが、結果的にお前を傷つけてしまったようだな」
「アンくん……いいんすよ、わかってくれたなら」
「だが一人では嫌だというのなら、周りの生徒に声をかけて共に回ってもらえばいいんじゃないか? そうすれば一人ではなくなることに加え、店もきちんと回れる。一石二鳥のように思えるが」
「エドガーにそれ言うとか鬼なの? アンドレ」
ラフィネに言われた言葉に兄様はよくわからないと言うかのように首を傾げた。正直ボクもラフィネと同じようなことを思ってしまった。エドガーさんがやるには余りにも酷なことである。一方、ルドヴィンは兄様の発言に、笑いをこらえるように、身体を震わせていた。こいつも鬼だ。
エドガーさんは何を言われたのかわからないような顔で固まっていたが、しばらくしてから、ハッとしたように兄様に向き直った。
「それはあんまりっすよ、アンくん! おれが他人と上手く話せないのを知ってのことっすか!」
「うん? ああ、そうだったか。そういえば俺たちはお前にとっては花と同義だったな。お前からもらった花々は今も大事にしているぞ」
「わっ、めっちゃ嬉しいっす! じゃなくて! もー、アンくんは天然さんっすね!」
「天然……? 俺は人工物だと思うが」
そう言うことじゃないんだ、兄様。だけどちゃんと説明できる気もしないし黙っておこう。定義を教えてほしいって言われても困るし。
エドガーさんもそう考えたのか、ただ単に話を戻すためかはわからないが、ともかく、と皆に向かって言った。
「おれは今年こそお店回りたいんす! みんな揃うのなんて今年しかないし、ルドヴィン様とアンくんも来年にはいないんすよ! ここで思い出作っとかなくて何が修学旅行っすか! 修学旅行の名が廃るっすよ!」
エドガーさんの言うことにも一理ある……か? 名が廃るまでは言い過ぎだと思うけれど、ここで思い出作ろうという意見には賛成である。
「ボクもお店回りたいな。こういうところ来るの初めてだし、折角だから色々見てみたい」
もちろんその時はティチアーノさんも一緒がいいが、はたして来てくれるだろうか。今朝部屋を訪ねた時も出てきてくれなかったが。もう無理やりつれていってしまおうか。
そう思っていると、フランが、するりとボクの腕を組みながら、言葉を発した。
「私も行きたいと思ってました。あ、ルドヴィン様やアンドレ様が行きたくないと言うなら、私は別にいいですよ。私はルミアちゃんとエドガーさんがいれば十分すぎるくらいに十分なので! むしろ邪魔です!」
フランが一息にそう言うと、ラフィネが口を出した。
「いやさりげなく僕の存在抹消しないでくれる? 僕も行くからね」
「わー、ごめんなさい。忘れてました」
絶対忘れてないときの言い方だな!? フランはちょっと正直すぎるんじゃないだろうか。そこがフランの良いところではあるんだけれど。……フランの発言で将来何か問題が発生してしまったら、ボクがフランを守ってあげなければ。
「じゃあラフィネさんは許してあげますね。四人で行きましょう」
「ううん、でも、フラン? ボクは兄様やルドヴィンにもできればついてきてほしいな。あとティチアーノさんともできれば一緒に行きたいし」
「ひえっ、や、優しすぎますよ、ルミアちゃんったら! もう! かわいいんだから!」
優しすぎるって言うよりも、むしろ、行きたくないって言ってるのに連れ出そうとしてるから、優しくない部類に入ると思うんだが。そう言ってくれるフランの方が優しいと思うよ、ボクは。ちょっと言い方に本音が混ざりすぎるところがあったとしても。そしてかわいいはどこから来たんだ。今の発言にかわいい要素なかっただろ。
「それで、ダメかな? やっぱり行きたくない?」
連れ出そうとしてるって考えると、急に罪悪感が生まれてしまい、ちょっと気弱な言い方になってしまった。けれど兄様は、にこっと、ボクを安心させるかのように笑った。
「かわいい妹の頼みだ。もちろん俺も行こう。二年ぶりだから変化もあるかもしれないしな」
「本当!? ありがとう、兄様!」
兄様も優しいなぁ。ボクの周り優しい人ばっかりじゃないか? こんなに幸せでいいんだろうか……と言っても、旅行前から嫌な予感は未だ消えていないのだけれど、それも気にならないほどだ。
兄様に微笑み返した後、すぐにボクはルドヴィンの方を見た。ルドヴィンに対しては遠慮は基本しない。兄様もこう言ってくれてるんだから来い、と強く思いながらルドヴィンを見つめていると、ルドヴィンは根負けしたようにため息をついた。
「……仕方ないな! お前がどうしてもって言うからついてってやるだけだぞ。どうせ他にすることもないからな」
「むっ、ルドヴィン様、そんな言い方だめっすよ! いくら行きたくないとは言っても」
「違いますよ、エドガーさん。あれは喜びを隠そうとしてわざと行きたくなかったんだというフリをですね」
「フランソワーズ嬢、ちょっと黙ってろ」
……つまりはルドヴィンも喜んで来てくれるということだろうか。それならよかった。いくらルドヴィンとは言っても強制はよくないからね。本当に嫌なら無理強いはしないつもりだった。うん、よかった。
そうこうしている内に、もう島は目前まで迫っていた。乗組員さんが到着を知らせている声が聞こえる。期待に胸を膨らませ、ボクは皆と一緒に、スリズィエ島へと降り立った。




