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使用人たちの一日目(後編)

 前述した通りの大会名が馬鹿みたいならば、それを考えた何十年か前の使用人たちも馬鹿だったってことよね。そもそも使用人なんてわたくしを含め、頭のいい人なんてほとんどいないわ。他の国は知らないけれど、少なくともこの国では。執事長が異例すぎるだけだわ。

 でもだからと言って、こんな大会を歴史だとか言って毎年開催するのはよっぽどの馬鹿しかいないと思うのだけれど、残念ながらそういう人が多かったせいで今年も開催されてしまう。それに加えて、わざわざこの大会用の部屋があると言うのにも驚いてしまった。でも今回に限っては、とても好都合な大会だ。


 この大会、主人がいない間に思う存分羽目を外すだけの大会かと思いきや、実はそうではない。参加するもしないも自由な大会ではあるけれど、今日と明日、この大会を制したチームは他の使用人の上に立つようなもの、らしい。執事長が言っていたのを聞いただけだから、わたくしはよく知らないのだけれど。


 そんなことを言われても、本来ならわたくしたちが出場することはなかった。そんな序列なんて興味がないもの。せいぜい眺めるかどうかくらいの大会だと思っていたわ。

 それでもこんな大会で優勝を狙うのは、全てルミア様のため。どういう理由かはわからないけれど、何者かがルミア様を嵌めようとしている、話し合いの結果、そう皆様が結論付け、逆に嵌めるための計画をお立てになった。この大会もその一環だとアンドレ様はおっしゃられた。


「何か行動を起こす際、向こうにニコラ公爵家がついているのは確定事項として、それにくっついて多くの貴族の学生が協力してくるかもしれない。対して俺たちの方はこれ以上増えないだろう。ルドヴィンは王族とは言え、王家でもぞんざいに扱われ、重要視されていないものだと理解しているつもりの者が多いからな。

 そこで、お前たちには使用人たちへの規制、及び計画実行時の無力化を図ってもらいたい。よくは知らないが、上下関係を決めるような大会が開催されるんだろう? できればそれに参加してもらいたい。頼めるだろうか?

 ……ああ、俺もエドモンドに頼むのが確実だとは思うんだがな。……あいつ、俺のためとか言って、自分が嫌なことでも、正しくないとわかりきっていることでも、進んでしようとするだろう。俺はそういうのはどうにも好かない。本当はお前たちにもこういうことを命令したくないんだがな、かわいいルミアのためだ。お前たちにできることをしてほしい。できればエドモンドには内密にしてくれ。頼んだぞ、イリス、セザール」


 まあこの会話は当の本人である執事長に盗み聞きされていて、執事長が協力を申し出てきたと同時にアンドレ様は執事長に蹴りをかましていた。何かあるとすぐ蹴るところは血の繋がらない兄妹なのにも関わらず、よく似ている。できれば物騒なのでやめていただきたいわ。ルミア様のは大体未遂で終わるのに対して、アンドレ様は確実に当たるというところは似ていないけれど。


 そういうわけで今回の大会で勝利を掴むということは、ルミア様をお助けすることに直結する。必ず成し遂げなければならない、真剣に思っていた。けれど今日の大会の内容、例えば給仕のような、使用人としての基本的な仕事をどれだけ手際よく自然に行うかという争いについては、何を思う暇もなく終わってしまったのだ。


「まさかエドモンドさんがこの大会に出るなんて……ああ、美しい……」


「あのセザール?だっけか、あいつもすごいな。エドモンドさんみたいに華があるわけじゃないけど、細かいところまで丁寧だ」


 一縷の無駄もなく動く二人に、更なる指示を出しながら、わたくしは彼らへの賛辞を耳に挟んだ。それは忙しなく働く彼らにも届いていたようで、執事長が涼しい顔でセザールに声をかけた。


「おや、よかったですね、セザールくん。褒められているようですよ」


「あーはいはい、どーせ俺は華がないですよーだ」


 この大会では、一時間でいかに素早く的確に仕事ができるかを競う。それは一概に参加チームがわたくしたちのチームを含め、四チームしかいないからなせることだ。他のチームは、少なくとも二倍は人数が多いから、争う相手が少ないというわけでもないのだけれど。


 その証拠に、わたくしたちは完全に不利なはずなのである。執事長がいるから、むしろ有利ではあるのだけれど。けれど、普通なら少し疲れる程度の大会のはずなのに、わたくしがこういう、使用人らしい仕事が苦手なせいで、実質二人で仕事を回さなければならないから、セザールの顔にはうっすらと疲れが滲んでいた。

 それでも手を抜く様子がないのは、さすがだと思う反面、罪悪感が強かった。わたくしは自分のできることをしてはいるけれど、彼らのように忙しく走り回ることはしていない。手を出すと余計な仕事を増やすだけだとわかってはいても、心苦しくてたまらない。


 そう思いながらも、何とか一時間を乗り切ることができた。勝敗に人数は関係ない。彼らのお陰で、確実に勝利を物にしたはず。彼らへ感謝の意を伝えるべく、一歩踏み出すと、遠くからではあるけれど、はっきりと声が聞こえてきた。


「あの女なにもしてなくない?」


 途端にわたくしの身体は時を止めたように動かなくなってしまった。それでもそんなことは関係なく、観客の女性たちは話を続ける。


「なにかはしてたじゃない。何か偉そうにエドモンドさんに命令してたもの」


「えー、あれ、なにかしてるって言えるの? あれだったら私にだってできるよ。ふんぞり返って男たちに命令するだけでしょー?」


「それもそうよね、ていうかむしろ邪魔じゃない? このチームが負けるとしたらあの女のせいだわ」


 くすくすと笑い合う女性たちがわたくしを馬鹿にしているとわかっていても、何の憤りも感じない。言われているのは当たらずとも遠からずなことだもの。わたくしがつべこべ言う資格もないし、何を言われても相手にしなければどうということもない。それなのに、足が動かないのはどうしてなの。


「セザールくんかわいそー、いつもあの女と一緒なんでしょ?」


「ゴシュジンサマがしたことだから仕方ないのよ。あのちーっちゃいお嬢様でしょ? 見た目からして粗暴だし、自分本位に人に命令してそ――」


「「はあ?」」


 この方々今なんと言ったのかしら、と思った瞬間にはもう声が出ていた。あなたもなのね。奇遇ね、セザール。お互いが貶された時はお互い黙っていようというのは決めていたけど、ルミア様の話が出たら黙っているわけにはいかないものね。多少問題を起こしても大丈夫よね。


「どこの家の使用人かは存じ上げませんが、ずいぶん礼儀がない口振りをなさるのですね。わたくしにはとても、同じ使用人として考えられませんわ」


「は? 何よ急に」


 今まで黙っていたわたくしが発した言葉に、女性たちは苛立ったようにこちらに顔を向けた。……品のない顔ね。わたくしより若いでしょうに、近づくと肌が荒れているわ。もったいない。

 わたくしが彼女たちを見下すような視線で見ていることに気づいたのか、何かを言おうと口を開こうとしたけれど、それよりも先に、わたくしの相棒のような存在が、言葉を放った。


「残念ながら、こいつの意見にかわいそーな俺も賛成ですよ。人の主人の悪口言えるってことは、よっぽど常識がないのか、自分の主人を心底嫌っているかの二択ですよねー。だって俺のために言ってるって雰囲気だったのに、現に俺の価値も下げてるんですからねぇ? ていうか、人のことをよく言うために、他の人を下げることは馬鹿がすることだって習いませんでした?」


 次から次へと言葉を繋ぐセザールに、彼女たちは悲鳴のように甲高い声で、不平不満を言っていた。私たちが悪いって言うの、正しいことを言ってるだけじゃない、とかよく言えたものね。セザールの言い方も悪いけれど、これだけ言われて自分の非を一切認めないのも逆に立派だわ。


 段々とヒートアップしていく言い争いの中、凛とした声が無理やり流れを止めた。


「そろそろやめにしましょうか。こんな言い合いなんて、何の特にもなりませんよ」


 執事長は無駄なことを嫌う傾向がある。彼にとって、わからず屋と話をするのは無駄なことだと言う認識だったはずだわ。執事長の機嫌を損ねるのも面倒ね。

 セザールに切り上げるよう目配せすると、彼も理解したと言わんばかりにウインクをした。


「かしこまりました。そろそろ切り上げましょう」


「了解でーす。俺たちは黙って結果発表を待つとしましょうか」


「ちょ、ちょっと、何すぐに引いて……」


「最後に、私から一つだけよろしいでしょうか」


 後ろからまだ何か言おうとしていた彼女たちに、執事長が近づいていって、有無を言わさず語り始めた。


「ベフトォンさんがしていたことは命令ではございません。彼女は確かに使用人業務が苦手です。もう何年もやっていることを、何一つてきぱきとできたことはない。

 ですが、やっている本人よりも彼女は正確な知恵を持っています。紅茶をいれるちょうどいい温度にどれくらいでなるのかから、お客様への給仕はどのくらいの間を置くのが最適かまで。彼女は全ての時間を熟知し、その知恵で指示を出します。そうすることで指示を出された我々は寸分の狂いもない動きをすることができるのです。君たちもそれができるのなら、やってご覧なさい。そうすれば君たちにも彼女を悪く言う権利がある。

 ……さて、長々と申し訳ございません。それでは失礼致します」


 そう言ってから、すたすたと歩いていってしまう執事長をセザールと一緒に追っていく。ちら、と後ろを見ると、ぽかんとした顔の女性たちが執事長の後ろ姿を見つめていた。

 ……どうしてわざわざわたくしを庇うようなことを言ったのかしら。それこそ無駄なことじゃないの。全く、執事長はよくわからないわ。


 まあ執事長のことを考えたって仕方ないわ。その後にされた発表で、今日の大会は問題なく優勝することができた。明日も問題ないとは思うけれど、気を引き締めていかなければ。全てはルミア様のために。

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