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使用人たちの一日目(前編)

「いってらっしゃいませ、ルミア様」


「めいっぱい楽しんできてくださいねー!」


「うん、行ってきます」


 そうやり取りをして、昨日とはうって変わってよい笑顔をなさるルミア様を見送った。お気持ちが晴れたようでよかった。ルミア様があのようなお顔をされるのは初めてだったから、あれで元気付けられたのかどうかわからなかったもの。もし変わらないどころか、より気分を損ねてしまっていたら、使用人失格だわ。ルミア様は辞めないでほしいとおっしゃるだろうから、辞めることはないけれど。


 さて、わたくしたちもルミア様がいない間に任務を遂行しなくては。


「なあなあ、本当にあの人も手伝ってくれんの? 今からやることしなさそう、ってか嫌いそうじゃねえ?」


「わたくしだってそう思うけれど、本人が手伝うって言って来たのよ。本気かもしれないわ」


 セザールが言っていることは痛いほどよくわかった。今回の任務を成功させるあたって、あの人の協力が得られれば百人力だけれど、彼は今回のようなことをするのは外道だと言って取り組もうとしないはず。一体どういう風の吹き回しかしら。……あら。


「そうは言われてもさあ……何か裏でもあんのかなぁ」


「おや、どのような理由でそう思うのですか?」


「そりゃあ、あーんなくそ真面目な人が自分の信念曲げてまでこんなことに加担するとは思えな……えっ」


「ほう、くそ真面目、ですか。言葉遣いは乱暴ですが、ありがとうございます、セザールくん。また一つ自分のことを学べました」


 わたくしたちのすぐ後ろに、ちょうど話のその人がついてきていた。セザールは気づいていなかったようだけれど、その人はいつものように柔らかく、そして裏の読めない笑顔をしている。


「そう怖い顔をしないでください、ベフトォンさん。あなた方が私を苦手としているのは重々承知していますが、そう警戒されるとさすがの私も困りますよ」


「いや、そう言って全く困ってないですよね、執事長。あとイリスはいつもこんな顔です」


 セザールはいつもわたくしが怖い顔をしていると言いたいのかしら。失礼ね。一回問いただしたいところではあるけれど、それは今言及する必要がないことだわ。


 カルティエ家執事長、エドモンド・サジタリウス。使用人の中でも群を抜いて仕事を早く正確に行い、非常時の機転も利く。さらにその人柄から、己の主人を絶対に裏切らないという信頼もあり、旦那様の秘書にも抜擢されていた。そんな人がどうしてこの学園にいるのかと言うと、理由は簡単、アンドレ様の使用人としてここにいるからだ。


「私が今回きみたちに手を貸す理由、ですか。それはもちろん、アンドレ様のためですよ。アンドレ様の幸福を守るために私は存在するのですから」


 執事長はどういうわけか、アンドレ様に深く入れ込んでいる。アンドレ様がカルティエ家にいらっしゃった際に、執事長がアンドレ様のお世話をしていたからだと思うのだけれど、どういう経緯であの万人に平等だった執事長が、アンドレ様だけに敬意を注ぐようになったのかはわからない。


 けれどそうなってから執事長は旦那様の秘書をやめさせてもらい、あれから約十年間、ずっとアンドレ様の身の回りのお世話をしている。例えアンドレ様自身がそれを拒んでいたとしても。それくらい、アンドレ様を崇拝しているようなものだ。

 とは言っても、いつも付き従っていて離れないわけではなく、先ほど執事長が言ったように、アンドレ様の幸福を守っているらしい。例えば、アンドレ様がルミア様と時間を共にしている時には全く姿を表さなかったり、アンドレ様の仕事がもうすぐで一区切りつきそうだとルミア様にさりげなく伝えて、アンドレ様がルミア様と過ごす時間を作れるようにと根回ししていたのもこの人だった。

 ……こう考えるとアンドレ様の幸福って、ルミア様に直結するものばかりじゃない。さすがに他に楽しみを見つけた方がいいと思うのだけれど。


「本当にお変わりになられましたね、執事長。誰か一人のために自分の意思を曲げるとは」


「それはきみもでは? ベフトォンさん。昔のきみは心も中身もなくただ仕事だけを忠実にこなす方だと思っていましたよ。それが今、きみは彼女のために行動を起こそうとしている。私もきみも、自らの主人に見いだされ、そして魅入られてしまった。違いますか?」


「……違いません」


 昔のわたくしのことなど忘れているものかと思っていたけれど、さすがは執事長だわ。人をよく視ている。


「ちょっとちょっと、俺もルミア様大好きなんですけどー。まるでイリスだけがルミア様好きみたいな言い方やめてくれませんかね」


 執事長の言ったことに不満があったのか、セザールはそう抗議した。すると、執事長はセザールを見て目を細めた。それはまるで見透かしたような目で、わたくしに向けられたわけでもないのに背筋に冷たいものが走った。


「そうですね、私もセザールくんがルミア様を慕っていることはきちんと理解しているつもりです。ですが、実は私はきみのことを疑っていたりするんですよ?」


「……どういうことですかね? 俺がカルティエ家の平穏を乱すとでも?」


 セザールは平時よりも眉間に深くシワを寄せてそう言う。不機嫌そうなその顔を見て、わたくしは場違いにも、珍しい表情だわ、と思ってしまった。あまりこういう顔を近くでは見たことがないからかしら。遠目でしか見たことないもの。そういえばこの顔で睨まれてた人たち、一度しか見たことがないけれどどこに行ったのかしら? 使用人でもいたはずなのに。


「そこまでは言っていませんよ? でも、そう言うと言うことは、身に覚えがあるんですか?」


「まっっっっったくないですけど? あんたが言ってんのはそういうことですよねぇ?」


「おや、むきになるなんてかわいらしいですね。そうかっかしないでくださいよ。ちょっとした冗談ですから」


 とても冗談には聞こえなかったのだけれど。セザールに凄まれて怯んだからそう言ったわけではなく、セザールとここで言い争っても時間の浪費だとわかっているから、この話を切り上げようとしたのだ。

 セザールもそれを理解しているようで、不満そうではあるけれど、すごすごと引き下がった。


「……それで? まじで手伝ってくれるんですか? あんまり自分の能力アピールを故意的にするの好きじゃないですよね?」


「はい、嫌いですよ。自慢というのは愚か者がすることですからね。ですが、今回の場合は話が別です。ルミア様が害されると言うことはすなわち、アンドレ様も気分を害すると言うこと。アンドレ様を悩ませるもの全てが悪ですから、それを成敗するためならば、私は愚か者にも成り下がりましょう」


 つくづくアンドレ様重視だし、考えも偏見が強い。それでも本当にこの人の助力があれば、今日の任務は滞りなく遂行することができる。今回ばかりはアンドレ様重視に感謝しなければ。


「そう言ってもらえて安心しました。わたくしでは力になれないので、助かります」


「きみは何年経っても慣れないことですからね。もはや天性のものですから、仕方ないでしょう。私もアンドレ様のために本気でいかせていただきます」


 執事長の本気だなんて、確実に他を圧倒することができる。敵に回すと嫌な相手だとは思うけれど、味方であればこれほど心強い人はいない。これで勝てるはずだわ。


「んじゃ、執事長、早速行きましょうか。まさしく敵が蔓延る魔の大会、ナンバーワン使用人は誰か!?チーム対抗決定戦まで」


 ……正直馬鹿みたいな大会だけれど、今のわたくしたちには出る必要がある。息を呑んで、会場である使用人寮まで向かった。

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