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揃う番号は

 エドガーさんの開始の言葉と同時にボクは息を大きく吸い込み、水の中へと潜った。自信があったとはいえ不安だったが、やはり泳げる。僅かにあった心配は杞憂に終わったようだ。


 久しぶりの水の中は居心地がよくて、肌に馴染むかのようだった。といっても肌面積はこの身の丈に合っていない上着によって、大部分が覆い隠されてしまっていたのだが。それは悲しいので置いておこう。

 何にしても、水中で自分の思ったまま動けるのはよかった。前世の記憶ってすごい。別に水泳部だったわけではないけれど、泳ぐのも好きだったので、夏休みには結構な頻度でプールに行ったものだった……そのせいで宿題はいつもギリギリだったが。


 さて、そうこう考えているうちに底まで来て、手近にあったものを右手で取った。確認してみると、番号は四。これで陸にいる三人の誰かが同じ番号を取っていれば、すぐに決まるのだけれど、そう簡単にはいかないだろう。ボールは十個あるのだ。全員がバラバラの数字を取ってもおかしくない。

 そんなことを考えながら、上へ上へと戻っていく。軽く水中を見渡すと、ラフィネとエドガーさんも戻っていく最中だった。その手にはそれぞれボールが握られている。はたして揃っている番号はあるのだろうか。


「ぷはっ」


 水面から顔を出すと、他の三人もすでにボールを選び終わった後のようで、こちらを見ていた。よし、一回目の結果発表だ。


「みんな選んだっすね? じゃあ、せーのでボールを見せてくださいっす。 ……せーの!」


 エドガーさんのかけ声がかかった瞬間に右手をあげた。それと同時に、向こうの番号も確認してみる。ううん、どうやら誰もボクと同じ番号の人はいないらしい。

 やっぱりそんなものだろう、と思っていると、エドガーさんが、あ、と呟いた。そしてにこにこしながら向こうに手を振った。


「番号同じっすねー! アンくーん!」


 アンくん、ということは兄様か。二人の番号を見ると、確かにどちらも二番を持っていた。こんなに早く一組決まるとは。


「そのようだな。ではよろしく頼む、エドガー」


「おっ? やけにすんなり了承するんだな? お前のことだから、てっきりごねるもんだと思ってたんだが」


 ルドヴィンが意外そうにそう言うと、兄様は小さくため息をついて言葉を返した。


「当たり前だろう、子供ではあるまいし。ルールには従うぞ。それにエドガーのことは、いや、皆のことは信頼しているからな。このゲームが行われる時点で誰となってもいいとは思っていた。もちろんルミアとだったら嬉しいが、ラフィネとでもエドガーとでも、俺は嬉しい」


「アンくん……」


 エドガーさんが感激のあまり泣きそうになっていた。兄様にそう言ってもらえたことがよっぽど嬉しいんだな。その気持ちはわかる。ただこれが泳ぎの練習相手を決めるという場面でなければもっと感動的だったと思うのだが、そこは気にしてはいけないところだろう。


「アンくんにそう言ってもらえて嬉しいっす! 正直なところ、もう少しどきどき感を味わいたかったんすけど、決まっちゃったもんは仕方ないっすからね! おれはアンくんと仲良く練習するっすよ!へへっ」


 エドガーさんは喜びを隠しきれない顔と声でそう言いながら、すいすいと泳いでプールから上がった。その様子を微笑ましく思いながら見ていると、突然、思い出したカのようにエドガーさんはこちらを振り返った。


「ルミちゃん、そのボール渡してください」


「え? どうしてですか?」


 驚いてそう返すと、エドガーさんは、言ってなかったっすかね、と言葉を発した。


「さすがにずっと十個とか九個だと、めちゃくちゃ長引く可能性があるっすからね。一回ごとに二個ずつ、ってか二組ずつ減らそうと思いまして。そうすれば絶対、五回目には決まるっすよね?」


 なるほど。そうすれば必要以上に長引かないと言うことか。最後の一回は各二個ずつしかボールがないから確実に決まるのである。それに減らすにしても、外のボールをランダムに取っていくより、誰かが水中から取り出したのに合わせて、外のボールも減らす方が効率がいい。一々潜って取って来るの面倒だし。

 つまり今回は、揃った二番のボールの組み合わせと、ラフィネかボクのボールを減らせば解決ということだ。エドガーさんがボクに言ったのは、おそらくボクの方が近くにいるからだろう。


 そこまで考えてから、ボクはエドガーさんに四番のボールを投げた。エドガーさんは取り落としそうになっていたが、何とかキャッチしていた。


「えーと、四番っすね。アンくん、その中から四番探して抜いてくださいっす」


「ああ、わかった」


 兄様は二つ返事で応え、床においてあるボールの中から、さっきまでボクが持っていたのと同じ、四番のボールを取った。


「よし、じゃあラフィーは適当に水中にそれを投げてほしいっす。フランさんとルドヴィン様のは、他のボールとごちゃごちゃに混ぜちゃってください、アンくん!」


 エドガーさんに言われた通りに、ラフィネがボールを投げ、兄様が混ぜ終えたところで、二回目が行われたが、さすがに二回目で揃うことはなかった。


 続く三回、四回目も番号は揃わず、早くも五回目を迎えた。残るボールは一番と七番、どっちを取ったかで、練習相手がフランかルドヴィンかが決まる。


 ……正直どちらでもいいのだけれど、なぜか緊張してきてしまった。何で空気が張り詰めているのだろうか。特にフラン。まさか人生がかかっているわけでもあるまいし、そうも深刻な顔をしなくていいんじゃないだろうか。例え今回一緒になれなかったとしても、また機会があれば一緒に泳ぐことも可能だし……というか、別に二人だけで遊ぼうってわけじゃない。折角だから泳げない人も少しは泳げるようになろうって言うだけだからね。ある程度練習したら普通に六人で遊ぶつもりだったんだけども。どうしてかそう言い出しにくい雰囲気である。


「オレがなっても恨むなよ、フランソワーズ嬢」


「そちらこそ、泣きべそかかないでくださいね」


「正直僕もアンドレがよかった」


 フランとルドヴィンがなぜか火花を散らす中、ラフィネがため息混じりにそう言った。なんかごめん。ボクが謝ることじゃないとは思うが。


 というかルドヴィンはフランを煽るのにノリノリすぎやしないか。別にボクとペアになりたいわけでもないだろうに。

 うん? それならもう兄様とエドガーさんが決まった時点でフランと組んでしまってもよかったんじゃ? ……さすがにダメか。一回これを始めてしまったんだから、そんな形で終わったらさすがに兄様から不満の声があがるだろう。


 とにかく、これでもう最後だ。五回目が終わったら全部決まる!


「それでは五回目、スタート!っす!」


 エドガーさんの声を聞いて、四回目までと同じように水中へと潜った。少し離れたところにボールがあるのが見える。あれはどっちの番号が書かれているのだろうか、と思いながら、近づいていき、最後のボールを手に取った。


 番号は……一番だ。フランかルドヴィンのどちらかが一番を取って待っていることだろう。早く戻らなければ。


 そう思いながらも、ふとラフィネを見ると、ちょうどラフィネもこちらを見ていて、目が合った。ラフィネは目が合うと、七番のボールを持ちながらひらひらと手を振ってきたので、ボクも同じように手を振った。

 どっちがどっちとになるだろうね、という気持ちを込めながらボクが笑みを送ると、ラフィネは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに柔らかい笑みを返してくれた。


 そうして顔を出すと、やはりもう二人は待っていた。はたしてどちらが一番のボールを持っているだろうか。


「せーの!」


 エドガーさんの声に合わせて、ボクは一番のボールを掲げた。その瞬間、フランは力が抜けたように崩れ落ちたのが見えた。


「フラン!?」


 驚いて声をあげるが、フランはすぐに、バっ、と顔をあげて、ルドヴィンを睨んだ。


「あっはっはっはっは! 残念だったなフランソワーズ嬢。ツキはオレに向いていたようだ」


 高らかにそう言うルドヴィンの手には確かに一と書かれたボールがあった。どうやらボクの相手はルドヴィンに決まったようだ。


「むむむ……悔しいです! 今度こういうことがあったときは絶対に負けませんからね!」


 ……勝ち負けとかではないと思うのだけども。そう思ったが口に出すのはやめておいた。余計なことを言うのは無粋である。本人たちが楽しそうならそれでいい。何だかんだフランも楽しそうではあるし。


「ルミアちゃん! 次こそはあなたとなってみせますからね! ……それではラフィネさん、ご指導よろしくお願いします」


「あー、うん。わかったよ」


 ラフィネは呆れたような表情でフランの下へと向かっていった。ボクもプールから上がってルドヴィンの下へと駆け寄る。


「じゃあ上手く教えられるかはわかんないけど、よろしくね、ルドヴィン」


 そう言うと、ルドヴィンは楽しそうな、どこか嬉しそうな笑顔でボクの言葉に応えた。

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