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脅威とは知らないうちにそこまで来ているものなのです

 あの一件以来兄様は毎日ボクに構ってくる。ボクの見た目に関してもやっぱり卒倒した父様とは違い、寛容的だ。曰く「ルミアはどんな格好でもかわいい」らしい。ボクがそれを真に受け、お嬢様度をさらに下げて家の中では下着同然の格好で過ごすようになったらどうするんだ。いや、今の兄様ならそれでもかわいいとか言うかもしれない。というかそもそも恥ずかしいから絶対にやらないけどね。


 それはさておき、ボクは兄様と仲良くなってから、というよりもその前の初めて正面から顔を見合わせたときから、そして今現在進行形で思っていることがある。ボクは目の前でお茶を飲む兄様の顔をじっと見てみる。

 ちなみに一週間に二回くらいの頻度で兄様とお茶会をしている。僕の遊びにばかり付き合わせてしまっているお返しにと、兄様に何かしてほしいことはないかと聞いて、兄様が遠慮がちに提案してきたのがこのお茶会である。毎回変えているらしい紅茶の味とかはわからないが、兄様が楽しそうなのでよしとする。


「……ん、どうしたんだ? 俺の顔に何かついてるのか? どうしよう、ルミアに完璧じゃない顔を見せるなんて……。よし、ちょっと削ぎ落としてくる」


 そう言って兄様は手元にあったケーキを切るためのナイフを持って席を立とうとした。えっ、どこ行くのこの人。というか何を!?


「いやいやいや、違うから、ただその、そう! 兄様のお顔をよく拝見したかっただけというか!」


 ボクもちょっと何を言っているかよくわからないが、ひとまず兄様はまた腰を下ろしてくれた。そしてボクが見やすいように顔を向けた。


「俺の顔でよければいくらでも見つめてくれていいぞ。ルミアなら大歓迎だ」


「う、うん。ありがとう」


 見つめ返されると逆に恥ずかしいけど、まあお互い様だ。お言葉に甘えて兄様の顔を観察させてもらうとしよう。

 兄様は他の人に比べて妙に整った顔立ちをしている。イリスさんやセザールさんも美男美女の部類に入るだろうが兄様はそれ以上というか、もはや人間の域を越えているのではないかと思うほどである。兄様は完璧じゃないかどうかを心配していたようだが、いつも完璧すぎるくらいに完璧である。贔屓目抜きにこれが最上級なのでは、と思うくらいだ。でもなぁ、どこか見覚えがあるような……。

 しばらくじっと見ていると、兄様はふわりと笑った。


「こうして見つめ合ってるとまるで恋人同士みたいだな」


 その瞬間、ボクの頭に電気が走ったかのような衝撃を感じた。気づいてしまった。できれば気づきたくなかったけど。でもこの顔とこんな感じのセリフは確かに見覚えがあった。

 ボクはおよそ貴族とは思えないほど勢いよく立ち上がった。兄様は案の定驚いてどうしたのかと聞いてきたが、お花摘みに行ってきますというと、ばつが悪そうに謝った。兄様はなにも悪くないんだ。ボクの方こそごめんなさい。


 少々の罪悪感を感じながらも兄様を置いて自分の部屋に行くと、すぐに机の引き出しから一枚の紙を取り出した。

 そう、ボクが目覚めて一日目に描いた乙女ゲームのパッケージの表面である。ボクの考えていることが正しければこの絵の中に答えがあるのだ。正直に言うと当たってほしくなかった予感だが、確信があった。


「あ、あああぁぁ……、やっぱりか……」


 僕の記憶は正しかった。パッケージにでかでかと描かれている男の子の中でも一番右の人物が兄様に似ている、というか面影ある。十中八九兄様が成長したらこれになってしまうだろう。今はそこまで長くない髪は、パッケージのように後ろで結んでも長いくらいに伸びてしまうのだろう。あぁ、ボクの兄様攻略対象だった。本当に攻略対象いた。ボク本当に死ぬかもしれない。

 しかも先日兄様、ボクが髪短くしてるなら自分は伸ばそうか、みたいなこと言ってたし。ボクが絶対似合うって言ったら、その気になってたし! 実際このパッケージの兄様には似合ってる。でも今から長い髪はやっぱりやめた方がいいとか言ったら、兄様はあの綺麗な髪を全部切って坊主にしてしまうかもしれない。そんな気がする。流石に兄様がそんなことになるのを見ていられない。さようなら、ボク。さようなら、ルミア。また来世頑張ろう。


 ……いやいや、悲観的になってはいけない。ま、まあ人間髪型だけで左右されるものではないよね。問題は性格にあるはずだ。アンドレ・カルティエ、どんな人物だったのだろうか。さっき兄様を見て思い出したのは……、何と言っていただろうか。確か……なんとかスチルとか言ってたっけ。そんな感じのものだった気がする。よくわからないがさっきの兄様の表情と発言は、友人に見せられたなんとかスチルと瓜二つだった。ボクの記憶によれば。

 つまりゲームでの兄様も女の子に対して、見つめあってると恋人同士みたいだ、とか言えちゃう人みたいだ。おそらく兄様クラスにかっこよくて誠実な人じゃないと言ってはいけない発言だろうけど。セザールさんに言われたら顔面をストレートで殴る勢いで拒否する。


 これを総合すれば兄様は誠実で甘い言葉を平然と言える人、ということになる。なんて罪深い人なんだ、兄様。相手が妹じゃなければ本気にされていただろう。血は繋がらないとはいえ、妹に恋人同士みたいというのもそれはそれで問題のような気はするけど、まあそれは置いておこう。今は解決するべき問題ではない。

 総合したと言っても、今ボクの目の前にいる兄様の話だ。このくらいの年になったら兄様も変化があるかもしれない。ボクのためにもゲームでの兄様を、アンドレ・カルティエのことを思い出さなくては。アンドレ……アンドレ……、あ、そう言えば友人がスチルとか言うものを見せてきたとき、話していたことがあったはずだ。確かそれは……、


『ほら、こいつ見て。こんなに綺麗な顔でこんなこと言ってるけど実はこいつすっごい女たらしでさ、女の子が好きになった瞬間に冷めてこっぴどく振るのよ。まあ乙女ゲームだから主人公が本当の愛ってやつを教えてハッピーエンド、みたいになるのがお決まりなんだけど。現実はそんなことないからちゃんとあんたは見極めなさいよ』


 ……完全に思い出した。確かボクの嫌いそうな男の子のタイプ、というところから兄様の話になったんだ。別に男の子ならどんな人が好みとかないのだけれど、確かに相手に不誠実な人は嫌いかもしれない、男性に限らず男女ともに。……ボクも誠実な人間だとは決して言い切れないのだけど。

 でも今の兄様は女たらし、という感じがしない。使用人さんたちにも丁寧に接しているし、ボクに冷たく当たることはもうない。むしろ仲良くなる前の方がよそよそしいというか、関わりたがらなかった。わざわざ仲良くなってから突き放すなんてことはしていない。と、なると……?


「ルミア!」


 物凄い勢いで自室の扉が開かれた。反射的にそちらを見るとそこには息を切らした兄様がいた。


「兄様? 一体どうしたの、そんなに慌てて」


 そう聞くと兄様は少し気恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうにしていた。


「そ、その、帰ってくるのに少々時間がかかっているようだったから、イリスに様子を見に行ってもらったのだが、お前がいないと聞いて、いてもたってもいられなくなって、片っ端から探していこうと……」


 ああ、そうだった。ボク今お手洗いに行ってるってことになってたんだ。時計を見るとお手洗いに行くだけなら長すぎるくらいの時間が経っていた。そうか、お手洗いに行く振りをして部屋に戻るなんて誰にも言っていなかったから、ちょっとした騒動になってしまっていたらしい。本当は行っていないことに気づいた兄様が心配することは、ちょっと考えればわかったはずなのに。正直に言っておけばよかった、だけどあの時は相当動揺していたので、部屋に戻ると言ってもどうして戻るかの説明ができなかっただろうから、結局どっちでも一緒だったかな。


「それよりも、ルミア。大丈夫か? 誰にも部屋に戻ると伝えられないほど調子が悪いのか? それなら今日は無理せず休んでいた方がいい」


 そう言って兄様はボクにベッドで寝ているよう促した。違うんだ兄様、身体は力が有り余るくらい元気なんだ。ただ心が疲れてしまっただけで。なんてそんなことを言うと兄様は余計に心配する。絶対言えない。


「ううん、全然元気だよ。ちょっとやらなきゃいけないことを思い出して部屋に戻ってきただけで、すぐ戻るつもりだったんだ」


「やらなきゃいけないこと?」


 うん、やっぱり気になるよね。これじゃ誤魔化されてくれないよね。わかってた。


「えーと……、ふ、服がね! 今着てるような服があんまりないから、近いうちに買いに行くためにクローゼットを整理しておきたいなぁ、と思っちゃって……」


 何言ってるんだよ、ボク~! 今まで服買った方がいいって言われても、これだけあれば十分だって言って買おうとしてこなかったじゃないか。そもそもお茶会抜け出してまですることでもないし。ダメだ、これじゃあ兄様はますます疑って……。


「本当か!?」


 疑って……?


「本当に買いにいきたいのか!?」


 兄様はキラキラした目でボクを見ていた。なぜだかわからないが誤魔化されてくれたようだけど……。

 とりあえず乗り切るためにこくこくと頷いておくと、兄様は無邪気に笑った。


「じゃあ、兄様と一緒に服を買いにいこう。作らせるのも悪くはないが、お前にぴったりなものは俺が選びたいからな」


 ……あれ、もしかして本当に買いに行くこと決定してしまってる? それも兄様と? もしかしてボク、やらかしたのでは。


「い、いや大丈夫だよ。兄様も社交界とか出なきゃいけないから、作法の確認とか衣装の準備とかで忙しいと思うし。ほら、この前父様と兄様宛に招待状届いてたよね?」


「遠慮するな。ちゃんと時間をつくるし、最悪社交界は蹴る」


 いや行ってよ! 妹のためにわざわざ時間を割こうとしなくていいから! 王族主催のパーティー蹴らないで! 助けを求めるようにドアの向こうを見ると、イリスさんが御愁傷様ですとでも言わんばかりの顔をしていた。ボクのためにも諦めないでいてほしかった。


「心配しなくても兄として、ルミアに似合う服を見繕ってやるからな」


 今から楽しみでしかたがないとでも言わんばかりの兄様とは対照的に、ボクはただ、どうしてこんなことに、と思うばかりだった。でも兄様がボクの服を選ぶだけでこんなに嬉しそうならそれはそれでいいか、という気持ちはないわけでもない。だけどいつかボク、この人に破滅に導かれるのかもしれないし!


 ボクがそうこう悩んでいる間に兄様は日取りや場所をトントン拍子で決めて、待ち遠しいというような顔をしていた。

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