素直じゃない
何でフランがそんな顔するのかさっぱりわからない!
この水着かわいくないんだろうか。ボクなりにかわいいと思ったのを選んだんだが。機能性には欠けるが、本格的に泳ぐわけでもないし、そこは妥協した。フランみたいにワンピースタイプもかわいいとは思ったのだけれど、あそこまでかわいいのはボクに似合わないと思ってやめてしまった。ああいうのは女の子らしい女の子にしか許されない。
だがフランは妙に困ったような顔をしていた。やっぱり似合ってないのか? いやでもそれだったらフランは正直に言うしな……。
しばらくその様子を見ていると、フランに急に、バっと顔をあげたら、
「ちょ、ちょっと待っててくださいね!」
フランはそう言って先に外へと出ていってしまった。どうして待ってなきゃダメなのだろうか、とは思ったけれど、大人しく待っていることにする。
フランが出ていってすぐに、エドガーさんが叫ぶような声が聞こえた。
「びゃあああああああああああ! 妖精さんっすか!? えっ、かわいすぎるっす! 罪! この姿を見てしまったおれの存在が罪っす! 無期懲役っすー!」
声がでかすぎるんじゃないだろうか。まあでもフランは叫ぶほどかわいいからね、その気持ちはわかる。ボクは叫ばないけど。というか言ってることの意味がわからない。自分の存在が罪って何だ。
けれど、エドガーさんのその叫び以外はあまりはっきりと聞き取れなかった。かろうじてボクの名前が呼ばれていることだけはわかる。一体何を話し合っているのだろうか。
少し待っていると、フランが何かを呟きながら、向こうから帰って来た。
「そうですよね。ルミアちゃんが決めたんですもんね。……よし、行きましょう、ルミアちゃん! 死人が出ても私は知りません!」
「うん。……えっ、死人!?」
何でそんな物騒な単語が出てくるんだ!? ただ水着来ただけなのに……謎だ。この水着に何かボクの知らない強力な機能が備わってたりするのか? というか皆一目でそういうのがわかるのか!? どこで見分けてるんだろう。
くっ、死人が出るかもしれないらしいのに、もしあるのなら見てみたいと思ってしまう自分がいる。触っても特には何もないようだから、破壊光線的なものが出たりするんだろうか。どういうものか教えてくれないだろうか、そしてあわよくば少し見てはいけないだろうか。
そんな葛藤が芽生えながらも、フランの後ろをついていく。もしかして光に当たったら機能が発動するとかか!?とか内心思いながら外に出るが、何も起こる様子はなかった。残念。
「おっ、ルミちゃんもかわいっすねー」
そういえば待たせていたんだったか。そう思って顔をあげ、エドガーさんの方を見た。
「そういうエドガーさんも似合ってますよ」
「へへーん、ありがとうございますっす」
兄様たちは、と思って見てみると、なぜか全員ボクの方を無言で見ていた。どういう気持ちのときの表情なんだろうか、それは。隣でフランが小さく、死人が出ましたね、と呟いたのが聞こえた。
「どうしたの?」
そう聞くと、ルドヴィンと兄様が、ハッとした様子で言葉を返した。
「あっ? あー、ちょっと驚いただけだ。お前がそんな……大人っぽいのを着るのは意外だったぜ」
「そうかな? 似合ってない?」
「似合ってるぞ。ルミアは何を着てもかわいいからな」
「あはは、ありがとう」
ふむ、やはり似合ってはいるようだ。いや、兄様に言われても何の参考にもならないんだが、そういうことにしておこう。兄様は判定が甘すぎる。というか妹に甘すぎるのか。
それにしてもこの水着、大人っぽいのだろうか? ボク的にはかわいいかつ、ボクでも似合いそうなものという基準で選んだのだけれど。かわいすぎるのを切り捨てすぎたあまり、客観的には大人っぽさが勝ってしまったのだろうか……ありうる。
そういえばラフィネはまだ何も言ってくれてないな。そう思い、ラフィネに近づこうと一歩進むと、なぜかラフィネが一歩後ずさった。
「ラフィネはどう思う?」
実のところを言うと、ラフィネの意見が一番気になっているのだ。ラフィネは服にうるさい。つまりラフィネが似合うと言えば確実に似合っているのである、とボクは思っている。最悪ラフィネのお墨付きがもらえさえすれば自信が持てるのだ。
水着を買いにいくときも本当はラフィネにも来てほしかったんだが、女子の水着選びを付き合ってもいない男子がするのはちょっと……ってセザールさんに言われたから、断念したのだ。あとついでに、この水着に何らかの機能がついてたりするのかを聞きたい。
そんな思いがあるため、ラフィネには何かしら言ってもらいたいのだが、ラフィネはボクが近づくごとに一歩下がっていく。なぜ逃げていくのかよくわからないまま、それを繰り返していくと、ラフィネのすぐ後ろの足下には床はなくなり、プールが広がっていた。
逃げ場がなくなった。これはチャンスだ。そう思ってラフィネに一気に近づいていくと、ラフィネは自身が着ていた上着を脱ぎ、ボクに投げつけてきた。すんでのところでそれをキャッチする。
「急に何するんだよ!」
「いいから早く着て。見苦しいから」
「えっ」
見苦しいってことは……似合ってないってことか!? うわあ、思ってたよりショックだ。やっぱりボクのセンスで選んじゃダメだったのか……。セザールさんの言葉を押しきってでもラフィネについてきてもらえばよかっただろうか。それでなくともせめてフランには……、いや、今そう思ったって仕方ないよね。
「そっか……」
残念に思いながらも、ラフィネの上着に袖を通していると、ラフィネが焦ったような声で口を開いた。
「ちがっ、別に、似合ってないとは言ってないけど……」
? 見苦しいのに似合ってないとは言ってない……どういうことだろうか。見苦しいのと似合ってないのは一緒のことなんじゃないのだろうか。ラフィネが言っていることがよくわからなかった。
すると、フランがラフィネを見てくすくすと笑った。
「正直に言えばいいじゃないですか。ルミアちゃんの水着姿が」
「ちょっと。それ以上言うとガムテープで口塞ぐよ」
「きゃー、こわーい」
おそらく思ってもいないのだろう言葉を言いながら、フランはボクの後ろに身を隠した。
「まあとにかく、ラフィネさんもその水着、似合ってるって言ってるってことですよ、ルミアちゃん。堂々と着ていてくださいね」
「そうなんだ、よかった。……え、じゃあボク、この上着着る必要なくない? 水着隠れるんだけど」
ラフィネは他の三人よりは小さいとは言え、ボクにとってはとても大きいのである。水着が包み隠れてしまう。もはやラフィネの上着だけ着てれば問題ないんじゃないだろうかと思うくらいには。いや、さすがにそれだと太腿からは見えちゃってるから、安心はできないが。
「ダメ、着てて。絶対脱がないで」
「えー、でも泳ぎにくいし」
「もし脱いだら帰った後にきせかえ人形するからね」
そう言われてしまったら脱げなくなってしまう。似合うと言われた今、着なければいけない理由がさっぱりわからないが、ラフィネのきせかえ人形になると言うことは服を着るだけの一日を過ごしてしまうことと同義だ。それは嫌だ。
何はともあれ、泳ぎにくくなったとはいえ、やっと泳げる。泳ぐのは久しぶりだけど、泳ぎ方は身体が……じゃないか、感覚が覚えているはずだ。よーし、いっぱい泳ぐぞー!




