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なごやかな時間

 あれからきちんと眠れて、無事すっきりと目覚めることができた。朝、余裕を持って支度をすることができたため、忘れ物のチェックは何度もできたし、フランと他愛のない話をする時間もできた。本当にイリスさんやセザールさんには感謝してもしきれない。


「いってらっしゃいませ、ルミア様」


「めいっぱい楽しんできてくださいねー!」


「うん、行ってきます」


 見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた二人に見送られながら馬車に乗って、ボクらは港まで来ていた。テレビで見たことのある豪華客船のような船が目の前にあり、一瞬夢かと疑った。今からこれに乗るのかと思うと、場違い感が凄まじい。

 ちなみに移動手段は飛行機か船かで選べた。というか車がある割には馬車を使うことも多いし、飛行機やらこんな船やらがあるし、一体どうなってるんだこの世界。移動手段を発達させる前に日焼け止めを開発してほしいんだが。こんなことを考えてるのはボクだけだろうけど。


 まあそれはおいといて。ボクは船を選んだ。どちらも乗ったことはないけれど、おそらくボクが飛行機に乗ることはないだろう。怖い、高すぎる。まだ船の方がましのような気がする。……まあ言ってしまえば消去法だった。

 だがボクが船にすることを皆に伝えると、全員船を選んでしまった。飛行機の方が早く着くから人気だし、皆そっちの方がよかっただろうに。そう思い、ボクに合わせなくてもいいよ、と言うと、全員から一斉に文句を言われた。なぜだ。


 というわけでボクは皆と一緒に船に乗り込むのだった。六人で船の中を軽く見回ってみる。ティチアーノさんも誘おうとしたが、


「イマは我輩が退治するテキが見当たらないのデゴザイマスヨー。サレバ我輩はシバラク引きこもるのデアリマス。頼りたくばオヨビナサイネー」


 と言って、ティチアーノさんに与えられた部屋に、宣言通り引きこもってしまった。一体中で何をしているんだろうか、とちょっとした好奇心に駆られたが、覗こうとしたら、ルドヴィンに後ろから肩を掴まれ、無言で首を振られた。世の中には見ていいこととよくないことがあるって顔だった。うん、大人しくしておこう。


「船なんて初めて乗りましたけど、思ってたより広いんですね」


「そうだね、なんかわくわくする」


 船の中って、こんなに広々としてるんだ。それに見取り図を見る限り、色々施設も充実しているらしい。船というのはただの移動手段だと思っていたけれど、考えを改める必要がありそうだ。いや、もしかしたらこういう船だからできることが多いだけかもしれないけど。


「そういえば船って飛行機よりも着くの遅いんだよね? どれくらいに着くんだろ。夕方くらい?」


「ちょっとルミア、ちゃんと船を選んだときの予定読んでないの?」


 そう言ってラフィネは飛行機か船を選択する時に貰う紙を、ボクに押し付けてきた。そして、予定の欄を指差しながら言った。


「飛行機は今日中に着いて今日から自由行動だけど、船は明日の朝に着いて、明日から現地で自由行動なの。つまり今日一日はずっと船の中ってこと」


 し、知らなかった。乗り物を見た時点ですぐ船に決めてしまったから、そのあたりは全く読んでなかった。ボクたちの修学旅行は実質明日からということだ。ぐっ、ボクが悪いのに何だか無性に裏切られた気分だ。

 そう思っていると、エドガーさんが楽しそうな声で言った。


「飛行機組はさっさと現地に行って楽しめるけど、船組はゆっくり船旅も楽しめるってことっすよねー。飛行機もいいっすけど、船ってなんか一石二鳥って感じっすね!」


「ま、三日目の夕方からもオレたちは船だけどな。まあまあ遊べるところは多いから、飽きはしないと思うぜ」


 なるほど、それもそうだ。めぼしいものだけでも、プールやバスケットボールがあるし、運動が思う存分できるから、たくさん楽しめるような気がする。入るのかもわからないのに無理やり買わされ荷物に入れられた水着、持ってきてよかった。まさかこれも見越していたのか、セザールさん。あの時はめちゃくちゃ反発してごめん。ありがとう。


「よし、そうと決まれば早速プール行こう! えっと、確かこっちだっけ?」


「そっちじゃないぞ。ほら、ルミア、走ると危ないから、兄様と手を繋いでいこうか」


 兄様の言い方がかなり子供扱いされているようで、ちょっとむっとしたが、差し出された手に素直に手を重ねた。きっと兄様にとっては子供扱いと言うよりも妹扱いのつもりなのだろうし、今のボクは正直プールが楽しみで仕方ないのだ。さっき気づいたのだが、この世界に来てから一度も泳いだことがない。実は泳ぎも得意である。久しぶりに思いっきり泳ぎたいものだ。


 兄様と一緒に皆を先導しながらプールまで来ると、プールには全然人がいなくて、まるで貸切状態だった。嬉しいけど何でだろう? プールと言ったら、たくさんの人で溢れ返っていそうなものだけれど。

 その疑問を感じ取ったのか、兄様はボクに教えてくれた。


「ほとんどの貴族は泳げない、というか水の中に入るという経験がないんだ。ルミアもないだろう? それに人前で肌を露出することに抵抗があるものも多いしな。だから毎年利用者は数人程度なんだ」


 へー、そんな理由があったのか。納得だ。小さい頃から水に入って泳いでないと、意外と抵抗があるのかもしれない。それに貴族の人が水着着てるのって、何だか想像できないし。それでも毎年利用者がいるってことは、平民の人たちが泳いだり、そういう経験のある貴族の人が泳いだりしてるんだろうか。


「この様子を見ると、今年の利用者はオレたちだけになりそうだな」


 ルドヴィンがそう言うと、エドガーさんが明るく笑いながら、口を開いた。


「そうっすねぇ。でもおれとしてはラッキーっすよ! おれも全力全開で遊べるっすもん!」


「じゃ、時間がもったいないし、さっさと着替えに行こうよ」


 確かに早く着替えなければ遊ぶ時間がない。急いで更衣室まで行かなければ。そう思ってきょろきょろと探していると、フランがボクの腕を引っ張って言った。


「では行きましょうか、ルミアちゃん。女子はこっちみたいですよ」


 ああ、そっか。ここで一旦四人とはお別れか。高校が女子校だったからか、普通に皆で同じ更衣室行くものだと思っていた。大問題である。ボクはいいとしても、フランの着替えが見られてしまうのであれば、容赦なく蹴りをいれるしかない。まあそんなことは万に一つもない面子だとわかっているけれど。


 フランに引かれるように更衣室まで入る。更衣室はかなりの大きさがあるが、中はがらがらだ。なんだか切ないなぁ。ここが市民プールなら、もっとたくさんの人に利用してもらえただろうに。だが、おそらくこの世界に市民プールなんてものはない。せめてボクたちが有意義に使ってあげなくては。


「フランかわいいね! すごく似合ってる」


 着替え終わったフランの水着を見ると、ワンピースタイプでかわいらしく、フランのイメージにぴったりなものだと思った。フランにとてつもなく似合っている。くるりとフランが回ると、後ろで結ばれたリボンがひらひらと揺れた。


「ふふ、ルミアちゃんに言われると照れちゃいます。でも私、ルミアちゃんもこういうタイプで来ると思ってたんですが……、どうしてその水着に?」


「ええっと、もうちょっとスポーティーなのにしようと思ってたんだけど、もっとかわいいのにしてほしいってイリスさんが言うから……変かな?」


 これを選んだとき、イリスさんも驚いたような顔をしていた。さらに写真で見たセザールさんも驚いたような顔をしていた。その後二人で、さすがにこれは、とか、逆にありじゃね、とか、ひそひそと話した後、この水着を買うことが決定した。何が逆にありだったのかが、今でも全くわからない。


「い、いえ、ルミアちゃんは背が少々小さいこと以外はスタイルがいいので、そういうのも似合っているんですが、その、どうしてホルターネックのビキニを選んだんでしょうか……」


 この水着、ほるたーねっくって言うのか。知らなかった。

 そんなことを思いながら、なぜフランがこんな反応をしているのかを考えた。

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