お慕いいたします
私は外の世界が嫌いでした。
家族と言う枠組みの一歩越えると、もうそこは私の知らない世界で、その世界では私はひとりぼっち。それがとても嫌なんです。
最初は皆に馴染もうとしました。いつも途中までは上手くいくんです。輪の中に入るのは簡単でした。ですが、その輪の中に入った後は、すぐに追い出されてしまう。その理由は私にもわかっていました。
私は自分の思ったことを考えなしに言ってしまう癖があるのです。可愛くないものは可愛くないと、似合わないものは似合わないと。相手が気にくわないことを、何の気もなしに言ってしまう。それが公爵家とかならまだしも、私は男爵家の娘で、とりわけ取り柄もないものですから、周りの女の子には煙たがられてしまいます。
自分が悪いとはわかっていても、自分の気持ちに嘘をつくことはしたくない。しようとしたところで勝手に口から滑り出てきてしまう。私の言葉はいつだって私に正直です。
それをどう止めることができましょうか。私の努力が足りないと言われるのでしょうか。それならそれでいいのです。もういっそ、朱に交わるのはやめてしまいましょう、と思えたので。
私は次第に、外の世界が汚いものであるように感じてしまいました。私の敵ばかりで溢れ返っているように思えてしまいました。そんな私を、両親は怒ることもなく、辛いのなら無理をしなくていいよ、と言ってくれました。家の中の皆が、私を包み込んでくれました。
だからせめてもの気持ちに、と思い、少し大きめのパーティーに出席しました。もちろん、皆が言ってくれたように、無理をしないように、人の輪の中から離れて、色々な人々を見て回りました。その時、私はあるものを見てしまいました。
まるで少年のような姿をした少女の写真。写真の中で少女は、こちらに向けて、勝手に撮らないで、とでも言うかのように、怒ったような顔をしていました。
とても、一般的なかわいいからは程遠い姿でした。。それでも私には彼女が何よりもかわいく見えました。作ったようなものでなく、自然体の少女の表情がありのままに切り取られていて、周りにいる女の子たちよりもきらきらしているように思えたのです。
「如何されましたか、レヴィア様」
その声に驚いて、見上げると、いつの間にか私は少女の写真を間近で見ていました。その写真を手に持った声の主は、かの有名な、貴族の淑女たちの間でもよく話の種にされているアンドレ・カルティエ様でした。
彼は写真の中の少女とは違い、完璧に作り上げられた笑顔の仮面を張り付けていました。声には微塵も滲ませないけれど、嫌悪感が伝わってきて、彼は女性が嫌いなのだと肌で感じました。
まあ私にとってはアンドレ様の様子などどうでもいいのです。どうせ今日で終わりなのですから、と思い、彼に対して、写真の少女のことをずけずけと質問しました。
「このかわいらしい女の子はどこにいらっしゃる方なのでしょうか。ぜひ一目お会いしたいと思ったのですが」
そう言った瞬間、アンドレ様の仮面は呆気なく外されました。変わりに現れたのは冷たく氷のようなのに、先ほどの笑顔よりもずいぶん似合っている仏頂面。この人の自然の表情はこっちなのだとすぐにわかりました。
「その言葉は本当か。ならばこの子の話を聞いてほしい」
こうして、アンドレ様の話の標的は私へと移されました。その前に無理やり聞かされていた人々はそろそろと逃げていましたが、ただ私だけは少女の、ルミアちゃんのお話を一言一句聞き漏らさないように、必死で耳を傾けていました。
たくさんの写真の中のルミアちゃんは、全てが彼女そのものを写し出したように感じました。だから、アンドレ様のお話も、真実味があるように聞けたのかもしれません。
話に聞く彼女は女の子らしく、お話をしたりお茶会をするよりも、外で遊ぶのが好きな、元気な女の子。誰にでも明るく接して、時々突飛な行動をするんだとか。アンドレ様の表情や声にも、家族に対する暖かみがあって、とても大切にしていることが容易に感じ取れました。
それから、私はルミアちゃんの魅力にずぶずぶと嵌まっていきました。一つ一つのエピソードや写真が、ルミアちゃんの全てを彩ってくれているようでした。あんなに行きたくなかったパーティーも、ルミアちゃんの話を聞きたいがために、アンドレ様のいるパーティーには参加するようになりました。
それでも私は、何だか別世界の話のように感じていました。ここでも、私の家の中でもない、遠い遠い世界のお話。まるでおとぎ話のようで、ルミアちゃんはそのお話の中のお姫様のように感じていました。だからこそ、いずれ彼女に会うのが楽しみでもあり、怖くもあったのです。
何度か言葉を交わすうちに、アンドレ様は私が彼女の友人になるよう勧めてくれましたが、どうしても気が引けてしまいました。また以前までのように失敗をしてしまったらどうしよう。自然体でかわいらしい少女にまで突き放されてしまったらどうしよう、と。
なので私は、対等な関係が壊れることを恐れ、彼女の下につこうとしたのです。しかし、その結果は予想に反して覆されてしまいました。今思うと、あれでこそルミアちゃんらしいと感じるのですけれど。それでも色々と気持ちの悪いことも言ったでしょうに、あんな私を受け入れてくれたルミアちゃんは、お人好しというか、何と言うか……将来が心配です。
ルミアちゃん自身は知らないでしょうが、ルミアちゃんは、私に外の世界で生きる勇気を与えてくれました。ルミアちゃんのような人がいて、ルミアちゃんがそばにいてくれて、やっと私はこの世界で息ができるんです。ルミアちゃんがいてくれなかったら、私はこの世界でどうしていただろう、と考えても、想像がつきません。
ですが、神様と言うのは、幸福な者に残酷な試練を与えたがるのでしょうか。ルミアちゃんは現在、誰かの陰謀によって貶められようとしているのです。小耳に挟んだ噂話には根も葉もないものばかりでしたが、数多くの者が信じ込むと、勝手に真にされてしまいます。
それをエドガーさんに伝えると、皆を集めてすぐに話し合いが始まりました。もちろん、ルミアちゃんはその場にいませんでした。ルミアちゃんには知ってほしくありませんでしたから、彼女の使用人が気をそらしてくれていました。
話をしてみると、どうやらルドヴィン様も何か勘づいていたようでした。元々調子に乗っていた人が、それに拍車をかけて、さらには変なことを言うようになったとか。とにかく、何か関わっているのかもしれない、と話していました。ちゃんと確かめてみたところ、ほぼ間違いないそうです。
それから幾度か話し合いをして、とある計画を立てました。それは、実際には行わない方が、ルミアちゃんに何も気づかれず、穏便に終止符を打つことができるけれど、いざとなったら使わなければいけない手段でした。
でも、私にできることはほとんどないと言っても過言ではない計画でした。ラフィネさんと同じ事をしてもいいけれど、それはおそらく、ラフィネさんの方が向いていますし、私にしかできないことがしたかったのです。だからイリスさんに頼んだことがあるのですが……今はまだ、実用できるほどのものではありません。
しかし、今の私にもできることが、一つだけありました。私の短所は、誰彼構わず、何でも言ってしまうこと。それが長所となる時が、今、この瞬間にあったのです。
私に罪悪感なんてありません。だって、全て私の感じたことなのですから。ルミアちゃんとの友情を、こんな汚れた人間に勝手なことを言われたくないのです。
結局、どこからか受理された用紙を持ってきた女の人に、この場を収めてもらったようなものでしたが、ルミアちゃんは私のところへとやってきて、彼女の美しい、自然体の笑みで言ってくれました。
「ありがとう、フラン」
簡潔な言葉にたくさんの愛情がこもっているのを感じて、少し泣きそうになってしまいました。ルミアちゃんは優しいから、自分は何もしていないと思っているのでしょう。そんなことはないのです。私はルミアちゃんに、数えきれないくらいの幸せをもらっているのですから。
「こちらこそ、ありがとうございます。ルミアちゃん!」
私がそう言うと、ルミアちゃんはきょとんとした顔をしました。でも、それでいいのです。私の思いは、ただただ伝えるだけで満足ですから。
ルミアちゃん、遠い未来であなたの隣に誰が立っていようと、私はその日まで、いいえ、その日以降もずっと、あなたの親友でいさせてくださいね。




