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勝手に決めつけないで

「私の意見を述べる前に一つ、確認させてもらってもいいですか」


「あ……ああ、いいだろう」


 フランの愛らしい見た目とは裏腹に、絶対零度とはこのことかと思うほどの冷たい表情と声に気圧されたのか、男性は戸惑いながらも、フランの言葉に頷いた。


「そうですか。それでは、あなたはアンドレ様のご友人のつもりなんでしたっけ?」


「つもりではない。実際にそうなのさ」


「ではアンドレ様が女性がお嫌いだと言うことは、当然理解しているんですよね?」


 男性は質問に面食らったような表情をしたが、すぐに表情を笑顔で取り繕った。


「当たり前だろう。この学園に入ってから僕はアンドレと付き合いがあるからね!」


 兄様はその言葉を聞いて、お前と付き合いがあった覚えはないんだが、とボクにしか聞こえないくらいの声で呟いた。兄様がないと言うのならおそらくなかったのだろう。どうしてあると思ってしまっているんだろうか。もしかして兄様がないと思っているだけで、実際にはあったのか? ……なかったことを祈ろう。


「それならなぜ見ず知らずの女性とアンドレ様を同じ班にしようと考えたのでしょうか。アンドレ様の気持ちを慮るのなら配慮する点ですよね。違いますか?」


 考えてみれば確かにそうだ。フランが言う、見ず知らずの女性と言うのが、乙女ゲームの主人公であるベル・フォンダートさんだったから、兄様とも恋愛ができると考えていたが、この場面でいるのが他の女性だったら、少なからずボクも違和感を持っていただろう。その上で兄様との恋を応援するとは思うけど、それは別として。

 というかそもそもゲームでは、どうやってこの兄様がフォンダートさんと恋に落ちるのかが全く想像がつかない。ううん、やっぱりやっておけばよかったかな。いや、まあそれはおいといて。


 男性はフランの言葉を聞いてたじろいだが、隣で困ったような表情で佇んでいるフォンダートさんを横目で見ると、すぐに自信満々そうに言い放った。


「それはもちろん僕も考えたがね。ベルがルドヴィンやアンドレと一緒に旅行を楽しみたいと言うのなら、叶えてあげるのが紳士というものだろう? それにアンドレもベルのことを全く知らないわけじゃない。見たことがあるどころか、何度か話したこともあるはずさ」


「それは真実ですか、アンドレ様」


 男性の言葉を聞いて、フランが兄様にそう聞くと、兄様は存外あっさりとその言葉を肯定した。


「真実だ」


「ほ、ほら、だから何も問題は」


「だが」


 男性の言葉を遮ってフランに負けず劣らず冷たい目をした兄様は男性に、そしてフォンダートさんに向けて言い放った。


「俺が関わったのは副会長としての仕事を全うするためだ。困っている生徒を助けるのは生徒会役員として放っておくことはできない。ただそれだけで、俺としては個人としての関わりを持ったことは一度としてないと認識している」


「そ、そんな! でも、私……」


 兄様のある種残酷とも言える言葉に、フォンダートさんは顔を真っ青にして狼狽えていた。きっとフォンダートさんは確かな繋がりだったと思っていても、本当に兄様はそう思っていないのだろう。兄様は正直な人だ。その言葉には信頼感がある。

 だからこそフォンダートさんにとっては辛い言葉だろう。心の優しい彼女のことだから、おそらく相当傷ついてーー。


「私、アンドレ様にナンパされたんです!」


「えっ!? そうなの兄様!?」


「こら、違うに決まってるだろ」


 予想外の言葉に、思わず兄様に確認をとると、ぽこりと頭を叩かれた。全く痛くないので相当手加減してくれている。一瞬でも疑ってごめんなさい。

 けれどフォンダートさんの表情は、まるで真実を語るっているかのように見えた。いや、ボクがフォンダートさんは嘘をつかないと思い込んでいただけなんだろうか。どちらにせよ、騙されてしまうほどの剣幕だったのだ。


「本当です! 今ルミア様の手を繋いでいるように、アンドレ様に手を繋がれて……」


「あ、墓穴掘りましたね」


 フランは軽くそう言って、兄様に近づいた。そして素早くその腕を取ろうとする。


「っ、何をするんだ!」


 フランが腕を取ろうとした瞬間、兄様は素早い手つきでボクを抱き上げ、その手を避けた。正直、何をするんだ、はこっちの台詞なんだが。けれど、手を避けた兄様は、未だに警戒するようにフランを見ていたので、その言葉を飲み込んだ。

 一方フランは避けられたことなど全く気にせず、フォンダートさんの方へと向き直った。


「おわかりいただけたでしょうか?」


「えっ? どういうことですか?」


「アンドレ様はルミアちゃん以外の女性に触れられそうになると全力で避けるんですよ。それが例え、多少付き合いが長い私であったとしても。そんなアンドレ様が、自分から言い寄って、女性に触れるなんてもってのほかです」


 フォンダートさんは言葉が出ないようだった。完全に嘘は暴かれてしまったのかもしれない。その表情には絶望の色が浮かんでいた。

 というか、兄様が他の女の子に触らないというのはボクも知らなかった。意外とスキンシップが多い方だと思っていたくらいである。なるほど、それはボクが妹だからだったのか。……兄様の結婚は前途多難すぎるような気がしてきた。


 フランはフォンダートさんの様子なんて意に介さず、感情のこもらない声で、ありがとうございました、と感謝の言葉を述べた。


「これであなた方が信用に値しない人間だと証明できました。本当にありがとうございました」


「き、君っ、僕やベルに失礼だと思わないのか! 男爵家の娘の分際で、公爵家の僕に楯突くなんて!」


「ええ、全く思いませんけど」


 言葉を喚き散らす男性の言葉に、極めて冷静にフランは返した。フランの態度には恐れも震えも感じられない。あるのはただ静かな怒りだけのように感じた。


「はっきりと言わせてもらいますと、私は別にルドヴィン様やアンドレ様と同じ班じゃなくてもいいんです。ラフィネさんもいなくていいですし、エドガーさんも……少し寂しくはありますが、いなければならないと言うわけではありません。とにかく四人とも今の私には必要ないです」


 その言葉を聞いて、心の底から驚いてしまった。

 フランは一人が嫌いなんだ。けれど、その中の一人でも一緒ならフランは安心してくれていた。それなのに、必要ないと言うなんて。


「でも、ルミアちゃんは違います。ルミアちゃんがいれば何をしていたって楽しくて、心が暖まります。ルミアちゃんが笑ってくれれば、私も心から嬉しくなります。ルミアちゃんが悲しめば、私も苦しくなります。

 言ってしまえば、私にとってルミアちゃんは世界のようなものなんです。ルミアちゃんがいなければ、私の世界は一変して味気のないものに変わってしまう。ルミアちゃんは誰よりもかけがえのない存在です」


 フランの言葉を聞いて、胸がぎゅっと締め付けられる。ただ純粋な気持ちで、ボクを好きでいてくれている。ボクはフランがくれる大好きの一部も返せていないのに。真摯な言葉から、フランの気持ちが痛いほど伝わってきた。


「ですから、私のこの気持ちを勝手に決めつけないでください。あなたのようにすぐお金で解決するような人とは違うんです。そうやってわかりきったような口振りで喋らないで」


 フランはボクとの友情を汚されたことに怒っていたんだんだ。初めて会った時も、今も、フランには助けられてばかりだなぁ。じわり、と視界が滲み出した。


「ルミアちゃんにどうしても抜けろと言うのなら、その時は私も抜けますよ。その後はどうぞご勝手にしてください。私はルミアちゃんと一緒じゃないと絶対に嫌なので」


「オンヤァ? 抜けてしまうんデゴザイマスデスカ?」


 急に入ってきた声に驚いてそちらを見ると、想像した通り、ティチアーノさんがそこにいた。会ったことがないだろうフランやラフィネはもちろん、エドガーさんや兄様も、その登場に驚いていて、ルドヴィンだけが笑顔でティチアーノさんに目を向けた。


「マコトニ残念なのデゴザイマスガ、我輩、モウ受理してきて貰った後デアリマスナー。お諦めしてほしいデアリマスデス」


 そう言ってティチアーノさんは、ひらひらと右手に持った紙をなびかせた。そこにはすごく達筆な字で七人の名前が書かれ、右下の部分には赤い判子がきれいに押されていた。本当に班が受理された後らしい。


「君は一体なんだ! 部外者が入ってくるな!」


 男性が驚きや怒りからか、ティチアーノさんにそう言うと、ティチアーノさんは不思議そうに言葉を返した。


「我輩、名をティチアーノ・アゴスティネッリと申すデスネー。我輩の班は決まったもドウゼンだと、マイティーチャーが言っていマスデスタノデ、書いた方が早いと認識シタデスヨ。ナノデ、終わらせてきたデゴザイマース」


 その言葉を聞いて、ルドヴィンは笑いながら、ティチアーノさんに近づいていって、その手にあった紙を受け取り、男性やフォンダートさんに見せつけた。そして清々しいほど良い笑顔で、二人に言い放った。


「残念だったな、お前らの負けだ」


 その言葉を聞くと、すぐさまフォンダートさんは走っていってしまった。情けない声を出しながら、男性もその後を追っていく。どうやら、無事に騒動は収まったようだ。そう思うと、安心してため息が出た。


「お手柄だったな、ティチアーノ! よくやった!」


「ホッホゥ、褒めるナラ、物も一緒にワタセヨ」


 ティチアーノさんには感謝しなければならない。とても良いタイミングだった。今度何かあげよう。


 そして、もちろんフランにも、感謝の言葉とともに、少しでもいいから、彼女からもらった大好きを返していこう。フランはボクの、大切な親友だ。


「ありがとう、フラン」


 伝わりきらない気持ちを乗せて、簡潔にフランに感謝の言葉を伝えると、フランはさっきまでの表情とはうって変わって、暖かみのある柔らかい笑顔をボクに向けてくれた。


「こちらこそ、ありがとうございます。ルミアちゃん!」

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