波乱の班決め
あっという間に班決めの日になってしまった。一年生は何も知らないままホールに集められ、担任の先生たちから、あと一週間後に迫った修学旅行のことや、いまから班決めを行うことを聞かされた。周りの人たちは皆一様に驚いていた。
本来ならボクも彼らと同じように驚いていただろうが、ボクの驚きはすでにかっさらわれていた。まあ上級生から事前に情報を聞くということは、よくあることではあるからいいのだけれど。とにかく先に修学旅行のことを聞いてしまったボクにとっては驚きよりも楽しみの方が強かった。
一年生は話を聞き終え、班決めをするために一度解散させられると、一斉に散らばった。とりあえず組みたい人のところへ行っておくためだろうか。
ボクもフランやラフィネと合流しようと思って、周りを見渡すと、もうすぐそこにフランは来ていたようで、ボクがそちらを見た瞬間にはすでに目の前にいた。軽く驚いたが、フランは気にせずボクの手を取った。
「ルミアちゃん、修学旅行ですよ! 修学旅行ですって!三泊四日もですよ!」
「そうだね、楽しみだね、フラン!」
二人で喜びあっていると、知らない間にラフィネも来ていて、ボクたちの姿を呆れたような目で見ながら、それよりも、と話を切り出した。
「早く他の三人のところ行った方がいいんじゃない。全学年で班作っていいんでしょ。待ってるかもしれないし」
「それもそうですねぇ。でも一年生が上級生のところ行くって、何だか気が引けますよね」
その気持ちはわかる。先輩に用があっても、その教室に行きにくい時代がボクにもあった。だがルドヴィンや兄様はともかく、エドガーさんはきっと一年生の群れの中になんて絶対に来たくないだろうから、せめてエドガーさんだけでも探し出さなければ。
……そういえばティチアーノさんもきっと同じ班に入るんだよね。学年を聞いていないせいでどこを探せばいいのかがわからないが、特徴的な格好をしていたし、遠目から見てもわかるだろうか。というかそもそも化学室から出てきているのだろうか。
そう考えていると、驚いたことにエドガーさんが、この辺りまで早足で歩いてきているのが見えた。エドガーさんはボクらの姿を見つけると、走って近づいてきて、仏頂面を崩し、ひどく困ったような顔をした。
「た、大変っすよ! 皆!」
「そんな顔して、何かあったんですか?」
フランがそう聞くと、エドガーさんはこくこくと何度も頷いた。
「そうなんすよ! ルドヴィン様とアンくんが……いや、実際に来てもらった方が早いっすね。こっちっすよ!」
そう言いながら駆け出したエドガーさんを追っていくと、しばらくして兄様とルドヴィンが並んで立っているのが見えた。二人の表情はいつも向けてくれるものとは違い、ピリピリするような、険しいものだった。イライラしているようだ。
二人がそんな顔をするなんて、何があったのだろうか。エドガーさんはボクたちが着くより一足先に、ルドヴィンに近づいて、声をかけていた。
「ルドヴィン様~! ご無事っすか!? 元気っすか!?」
「まあ一応な。ご苦労だった、エドガー」
そう言うルドヴィンの顔はどう見ても元気そうではない。ボクも兄様に駆け寄っていくと、兄様はほんの少しだけ表情を和らげて、ボクに微笑みかけてくれた。
「兄様、どうしたの? 何かあったの?」
「ああ、実は」
「おやおやおやぁ? どこの無礼者がこの神聖な僕の目の前に現れたかと思えば、いつぞやの小娘じゃないか。そういえば君の妹君だったねぇ、アンドレ」
聞き覚えがある嫌な声が聞こえたと思ったら、一昨日会ったあの男性だった。その声に身体中に悪寒が走り、思わず兄様の後ろに隠れてしまった。ちら、と兄様の表情を見ると、兄様は険しい表情に戻ってしまっていた。
「……悪いが、気安く名を呼ばないでくれないだろうか。それに人の妹を小娘と呼ぶのは失礼じゃないか? 俺はお前に妹をそんな風に呼ばれるほど親しい仲になった覚えはないが」
「ルドヴィンだけじゃなく君までそんなことを言うのかい? いやぁ、悲しい限りだ。僕と君達の仲なのに」
「いや、俺達とお前の間に親しみなんてものは一切ない。気味が悪いからやめてくれないか」
あの男性に語る兄様の声は冷たくて低い。兄様が人にこんな声で話すところは見たことがなくて、ボクの方が恐怖を覚えてしまった。
そんなボクの恐怖を感じ取ったのか、兄様は声とは違い、壊れ物を扱うかのような手つきでボクの手を握ってくれた。イライラしているだろうに、兄様は変わらず優しくて、こんな状況だと言うのに、ほんのり胸が暖かくなった。
「俺は先日もそこにいるフォンダートに伝えただろう。俺とルドヴィンは先約があると。諦めてくれないだろうか」
うん? フォンダートって、もしかしてあのフォンダートさんのことか? どうしてフォンダートさんが兄様やルドヴィンの苛立ちに関係してくるのだろうか。
「だから他の者も一緒でいいと僕は言っているんだがね。ただ、そこの君の妹君には遠慮してもらいたいが」
「却下だ」
「そ、そこを何とかお願いします!」
「アンドレが却下っつってんのが聞こえないのか?」
……ボクなりに言葉を繋ぎ合わせた結果、もしかしてあの男性とフォンダートさんもボクたちの班に入りたい、と言うことだろうか。おそらく兄様やルドヴィンと同じ班になりたくて、二人とも他の皆が一緒なのも承諾している。でもボクには遠慮してもらいたいって言うのは、ボクにこの班を抜けてほしいってことだよね? どうしてなのだろうか。
「ねえねえ、ラフィネ。普通に二人とも入っちゃダメなの?」
こっそり近くにいたラフィネにそう聞いてみると、ラフィネは聞いてなかったの?とため息をついたが、きちんと説明してくれた。
「班の人数、七人までなんだよ。何でこんな微妙な数字か知らないけどね。僕たちは六人でしょ? 一人抜けさえすれば二人入れるってわけ」
ははあ、なるほど。全然聞いてなかった。七人までだったのか。そりゃあ一人抜ければ万事解決だ。ボクが抜けろと指定されているのはおそらく、あの男性がボクのことを、何でかは知らないけど嫌っているからだと思われる。うん、疑問は解決した。
ボクが一人で納得していると、男性が嘲るような声で語り出した。
「見たところ君の妹は問題児だろう? 肌も浅黒く品位に欠けるし、君達のような男に幼少から囲まれてしまったばっかりに、手放さぬよう、自分より優れた女性の邪魔をしてまで君達に自分の方を向かせようとしている」
何か前半はあっている気がするが、後半に全く身に覚えがない。日焼けしてるし、貴族として問題児なのは認めよう。だけど女性の邪魔をした覚えはないし、むしろボクは兄様の結婚を促進している立場なんだが。進歩はまるでないけども。
そんな疑問を持ったが、とりあえずは口に出さず、男性の話を聞くことにした。
「本当は君も自分の為に妹が浮かないように可愛がっているフリをしているだけなんだ。それなのに自分がその小娘を愛していると洗脳されているのさ! 君も、そしてルドヴィンを含む周りの彼らも気づいていないだけ。そこの娘は……金で友情を買いでもしたのか? 何はともあれそんな小娘と一緒にいるとさらに蝕まれてしまうよ。さあ、僕が浄化してあげよう! その小娘を捨て置く決意をするんだ!」
周囲には重たい沈黙が流れた。
正直、言っていることはよくわからないが、ボクのせいで皆がバカにされていることはわかった。繋いだ兄様の手は固く握りしめられて痛いくらいだ。それだけ怒っているのだろうか、それとも、もしかしたらボクの手を離さないようにしているのだろうか。ボクが起こす行動をわかっているのかもしれない。
皆がバカにされてしまった原因であるボクに、今できることは、ムカつくけれどこの場を穏便にすませること。つまりはこの班を抜けることだ。修学旅行は楽しいものではなくなってしまうかもしれないけれど、皆がボクといることで見下されるよりはずっといい。
こういうのは全員が好きな人じゃなくても数人いるだけでも楽しいものだ。あの男性のことは皆好きじゃないだろうけど、きっと楽しい思い出はたくさんできる。
そうとなったら後は言うだけだ。言うだけ。言うだけ、なんだけどな。……ああ、嫌だなぁ。
「っボクが、」
「嫌です」
やっと絞り出した言葉を、聞き慣れたかわいらしい少女の声が遮った。まさか、と思い、彼女の方を振り向く。
「私は、嫌ですよ」
そこにはいつもよりもずっと冷静で冷酷な表情をして、フランがじっと、男性の方を見据えていた。




