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二人のお兄ちゃん

 フォンダートさんと出会ってからというものの、ほぼ毎日その姿を見るようになった。いや、以前からすれ違ってはいたけれど、目で追ってしまうようになっただけなのだろうか。どちらかはわからないけれど、とにかく、フォンダートさんの色々な姿を学園内で見るようになった。

 ある時は図書室で読書をしていたり、またある時はクラスメイトらしき人たちと話に花を咲かせていたり、そして今日は、兄様やルドヴィンとお話ししている姿を見てしまった。


 さすがのボクも動揺してしまい、うわっ、と声をあげてしまった。思いの外大きな声が出てしまっていたのか、三人に気づかれてしまった。

 すぐさま逃げようとしたが、声の主がボクだと知って、兄様が笑顔で駆け寄ってきたので、逃げるに逃げられなかった。折角なので兄様に、どうしてフォンダートさんと一緒にいるのか聞いたところ、まだ二年なのに、三年の勉強をするフォンダートさんにわからないところを教えていたらしい。てっきり何かしらの恋愛的なイベントが起こっているのかと思っていた自分が恥ずかしい。


 事情を聞いたらなんだかほっとしたので、聞いてよかった。だがボクが邪魔をしてしまったことは確かである。さっさとこの場を去らないと。

 そう思ってその場を去ろうとしたが、兄様はボクを引き止め、なぜか後ろから肩を抱かれながら、フォンダートさんへの説明に戻ってしまった。


「俺の妹も同席させてもらうがいいだろうか」


「え、ええ、はい。大丈夫です」


 言いわけないだろ、と叫びたかったが、フォンダートさんが戸惑いながらも了承してくれたので、そのままいることになってしまった。まあボクもゲームのことを全く知らない状態だったら、そう言われるなら居座ってもいいかと思うかもしれないが、知ってしまっているからには居心地が悪く感じてしまう。

 正直三人とも言っていることはさっぱりわからなかったし、説明中にどうにか抜け出そうとしてみたけれど、兄様の力は強く、さらにちょっぴり悲しそうな顔をするので、どうしようもなかった。きっとフォンダートさんにとっても、ボクはどうしてここにいるのかわからない存在だっただろう。大変申し訳ない。

 用事を終えてフォンダートさんがその場を離れていった頃、ようやく解放してもらえた。ルドヴィンが笑いしながらボクの頭を撫でるのを、甘んじて受けながら、兄様に抗議した。


「もう、どうして人前でくっついてくるの? 兄妹でも許されることと許されないことがあるんだよ!」


「人前で、ということは人前ではなければいいのか?」


 全く予期していなかった質問だったが、ボクは間髪いれずに答えた。


「いいよ!」


「くっ、ふはは、いいのかよ!」


 ルドヴィンの笑い声が堪えきれないほどになってきていたが、ボクはそんなことを気にしている場合じゃない。これでも兄様の将来を考えて言っているのだ。


 兄様がその……妹が大好きだというのが知られてしまうと、フォンダートさんの心がいくら広かろうと引いてしまう可能性が高い。そして結果フォンダートさんは兄様を恋愛対象から除外してしまうかもしれない。

 それはよくない! 兄様は何から何まで素晴らしい方だ! 仲が良くなって互いに惹かれ合えば、どれ程大きな障害も乗り越えられるってこの前の恋愛小説に教わったぞ。確かにルドヴィンもラフィネも魅力的かもしれないが、ボクの一押しとしては完全に兄様である。おそらく身内の贔屓目だとは自分でもわかっているが、是非とも兄様の魅力も考慮した上で選んでほしいのだ。


「兄様はボクが出会った中で一番素晴らしい男性だと思ってる。だから、ボクとしては兄様にチャンスを逃してほしくない! 今からでも行動を見直そう。ボクも入学したばっかりだし、まだ間に合うよ!」


「俺はルミアがいれば問題ないが」


「うぐっ。そう思ってくれるのは嬉しいんだけど、そういうことじゃなくて……」


 学園は新しい関係を築く絶好のチャンスなのに、わかってないな、兄様! なんて、こんなことを思うのは完全に恋愛小説の影響だ。読んでるともどかしくて、それでいて応援したくなる。フランのおすすめの本にハズレはない。

 それに兄様みたいにかっこいいが恋愛に興味がない高嶺の花のようなタイプの人が相手の恋愛小説も読んだことがある。気づいたときにはもう遅くて、主人公さんの気持ちを射止められなかった話もあった。もう、それみたいに後悔してからじゃ遅いんだから!


 その思いを兄様に伝えようとすると、未だに笑っていたルドヴィンが口を挟んできた。


「そう言ってるところ悪いが、アンドレに関してはもう手遅れだと思うぜ」


「えっ、何で?」


「そいつ、誰と話しててもお前の話しかしないからな。一年は知らんが、二年と三年にはもう知れ渡ってるぞ」


 嘘だろ兄様。普通そんなに仲良くない人に妹の話しなくないか。誰と話してもって、むしろどうやったら毎回ボクの話になるんだ!?


「飯の話から思い人にフラれた話まで、全部お前の話に持ってくぞ。ほとんどの奴は迷惑してるだろうが、仕事ができて人柄もいいから文句も言いにくい。ったく、どう育てたらこんなのになるんだ」


「俺はずいぶん甘やかしてもらったからな、育ちがよくてすまない」


「嫌味か」


 そう言ってルドヴィンは兄様の頭を、軽くパシッ、と叩いた。そして兄様もそれと同じように叩き返すが、叩く力が違うらしく、バシン、と強い音がしたし、ルドヴィンも勢いで前のめりになっていた。

 しかし兄様にそんなことできるのは、世界中探してもルドヴィンだけだろうな。ボクも兄様やルドヴィンと仲がいいとは思っているが、それでもそう思うくらい二人は仲がいい。羨ましい限りだ。

 そう思っていたのを知ってか知らずか、兄様は何でもないことのようにボクに尋ねてきた。


「どうした? ルミアも俺の頭を叩きたいのか?」


「いや、そんなことはないよ!?」


 二人みたいに気軽な感じになりたいとはちょっと思ったけれど、なにも頭が叩きたいわけではない。というか絶対ボクがそんなこと言ったら平然と頭を差し出すんだろうし。そういうのを求めているわけではないのだ。


「そうなのか。ルミアにならいくらでも叩いてもらって構わないんだが」


「そ、そんなこと言われても……じゃなくて、そういうところだよ、兄様! これからはボクを必要以上に特別扱いするのは禁止ね!」


「それは不可能だな。諦めてくれ」


 否定が早い。確実に兄様は折れる気がないらしい。それでこそ兄様、と思う反面、少しは譲歩してほしいという気持ちがある。この件について兄様を納得させるなんてことは至難の業である。一体どうすれば。


「残念だったな。アンドレも譲る気は端からないみたいだし、お前が諦めた方が利口だろ」


「ぐう、で、でも、兄様の将来が……」


 結婚が全てというわけでもないが、カルティエ家の将来的な意味では、ボクがいつ死んでしまうかもわからないし、ボクを好きになってくれるような人はいないと思うので、兄様に任せた方がまだ可能性がある。つまるところ、父様を少しでも安心させてあげたいわけだ。その気持ちは兄様もきっと一緒だろう。

 そんなボクの思いを汲み取ったのか、ルドヴィンは自信ありげな笑顔で言った。


「大丈夫だ、アンドレなら顔の良さだけで釣れる女がいくらでもいる」


「はあ、何を言って」


「だが問題は女嫌いなところだよなぁ。そこを踏まえると絶望的だが。よし、じゃあなんだったらオレがお前をもらってやっても」


「表に出ろ」


 ルドヴィンが近づいてきたかと思ったその後には、ルドヴィンがなぜか吹っ飛んでいっていた。一体何があったんだろうか、とルドヴィンの様子を認識すると同時に、兄様に少し乱暴に抱き寄せられる。怒ってるのか?


「兄様?」


「……さて、ルミア。この後暇なら俺とキャッチボールでもするか? ここに来てからあまり身体を動かせてないだろう」


「えっ、いいの!?」


 兄様の言うとおり、ここに来てからは新しい生活に忙しかったり、皆の時間が合わないから読書をしてばっかりだったので、思いっきり身体を動かすことはしていなかった。これは嬉しいお誘いだ。


「ああ、実はほとんどの生徒が知らない秘密の場所があるんだ。そこでやろうか」


「やった! 早くつれていって、兄様!」


 こうして兄様と一緒に、木々で隠されるようにされていた秘密の場所まで行って、キャッチボールをした。兄様の豪速球が捕れて喜んだり、知らない間にルドヴィンが参戦していて驚いたりした。そういえばこの三人で遊ぶのは初めてだ。その事がなんだか嬉しくて、一時的にボクや彼らのこれからについての悩みも忘れて楽しめた。

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