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只今作戦決行中

「兄様」の読み方は「あにさま」です。

 会議をした次の日、三人で遊んでいると兄様がいつの間にかいつものように遠くからボクたちを見ていた。それに気づくとボクはイリスさんとセザールさんに合図を送る。ついにこのときが来た。絶対にうまくいくっていう自信はあるけど、いざとなると緊張してきた。


 ボクの合図を見たセザールさんは、わざとらしいくらいに大きくて素っ頓狂な声をあげた。


「そういえば俺、今日は超超ちょーう大事なお客様の応対しなきゃなんないんだった! 準備すんのすっかり忘れてた!」


「ええっ?! 何でそんなこと忘れてるのよ! すぐに準備しないと! 申し訳ありません、ルミア様。しばらくの間席を外させていただいてもよろしいですか?」


「うん、ボクは大丈夫だよ」


 そう言ってボクはちら、と兄様の方を見た。表情は見えないが逃げてはいない。まずは第一段階突破だ。


「ありがとうございます。できるだけすぐに戻りますね。ほら、早く行くわよ、セザール」


「はいはい……あとは頼みましたよ」


 セザールさんはイリスさんに連れていかれる素振りを見せながら、ボクに兄様には聞こえないくらいの声でそう言った。ボクはそれに対して、了解と心の中だけで呟く。今後のためにもここは失敗できない。

 今のボクの状況は兄様視点で見ると、遊んでいる最中に一人ぼっちになってしまって寂しそうにしている幼い少女という雰囲気であろう。見た目はほとんど少年に見えるけれども、それは問題ではない。


 バクバクと心臓が早鐘を打つ中、ボクは昨日の会議での会話を思い出していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



『俺からすると、アンドレ様は俺たちが遊んでいるところを見てるんじゃなくて、ルミア様の遊んでる姿を見に来てるんだと思うんですよね』


『うん? それってなにか違うの?』


 結局はどっちも遊んでいる姿を見ていることには変わりないよね?

 ボクがそんな疑問を口に出すと、セザールさんは馬鹿にしたように笑った。


『ぜんっぜん違いますよ。だって俺らのことは眼中にないんですから』


『???』


『ええと、つまりセザールが言いたいのは、アンドレ様は三人で遊びたいのではなく、ルミア様と遊んでみたいのではないかと言うことです』


『そういうこと。はっきり言って俺らはアンドレ様にとって邪魔な存在ってことですよ』


 なるほど、セザールさんの言いたいことはわかった。だけどどうして言い切れるのだろう。兄様がボク目当てで見に来ているとか、ボクと遊びたいのだとか。

 そんなボクの疑問に答えるかのようにセザールさんは語りだした。


『ルミア様は使用人全員と仲いいですから、当然ルミア様の話題はアンドレ様にも伝わります。俺の推測としては以前のルミア様とは見た目も態度も全然違うと聞いて、すっごい気になると思うんですよね。その結果が遊び時間の覗きに繋がってるんじゃないかと考えてるんです』


『わたくしもそう思います。前に一度ルミア様が謝りに伺った時は変化の直後だったので、まだ変わったという話題はほとんどありませんでしたから。お嬢様らしくはなくなりましたが、使用人からの評判がよくなったルミア様が気になるのは自然なことです』


 二人の話は憶測に過ぎないかもしれないが、なるほど確かにその線はある。初対面で最悪の出会いをしたけれど、その相手がいい方向に変わっていったと言われれば、今はどういう感じになっているのかボクも気になる。いや、ボクの場合いい方向に変わっているのかは微妙だが、そう思っておこう。


『なるほどね、じゃあどうすればいいの?」


『どうするって、遊んであげればいいんですよ』


『……? でも兄様は話しかけようとすると逃げるよ?』


 ボクの発言にセザールさんはわかってないですねぇ、と言わんばかりにため息をついた。正直理解力はない方なのでムカッとしたところで返す言葉もない。悔しい。というかそもそも今のボクは幼い女の子なんだから理解力がないのは当たり前なのだが、中身は高校生だったものなのでぐうの音もでない。セザールさんはそんなこと知りもしないけど。


『アンドレ様は俺たちのこといらないんですから、俺たちがハプニングか何かでその場を離れれば、声をかけても逃げないんですよ』


『えっと、ボクだけと遊びたいから?』


『そうですね。というか今のルミア様の人となりを知りたいんだと思います。だからこそ二人だけがいいってことだと思いますよ。使用人の前だけ猫被ってるのかもしれないと疑ってるのかもしれませんね』


『そっか……』


 疑われているのかもしれないが、それを解消するだけで仲良くなれるのなら万々歳である。ボクと二人だけで過ごすことでボクが自然体であるとわからせればいい。なるほど、何も考えずに遊ぶだけなら確かにボクの得意分野だ。


『うん、それならいけるかもしれない』


『でっしょ~。俺にもっと感謝していいんですよ?』


 清々しいほど腹立つドヤ顔である。でも感謝しているのは確かなので何も言わないでおいた。


『じゃあ明日、実行してみましょうか』


『そうだね。二人とも、うまく席を外してよ?』


『わかってますって、俺たちに任せといてくださいよ。ルミア様こそ、ちゃんとアンドレ様と仲良くなってみせてくださいね』


『うん。必ず成功させてみせるよ』



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 あの時は自信満々にそう答えたけど、いざとなるとやっぱりボクだけでも立ち去っていってしまうんじゃないか、と不安になってきた。元々兄様はボクにいい印象を持っていないとわかっているのだけど、それでも拒絶されるのは怖い。

 それでも歩み寄らなければ何も進まないから、ボクは意を決して兄様の方に駆け寄った。あくまで自然に、顔が強張らないように心がけて。


「あ、兄様っ!」


 声が少し上擦ってしまったように感じた。緊張で手が震えていた。ああ、失敗したな、とこころのおくそこで思った。

 けれどいつものように草を蹴る音は聞こえず、おそるおそる顔をあげるとそこには確かに兄様がいた。兄様の表情はわかりにくくて、何を思っているかはわからない。

 でもそれを考えている余裕は今のボクにはなく、兄様を見た瞬間にボクの口先からは言葉が勝手に発せられていた。


「ボクと一緒に遊んでくれませんか」


 その声はボクには信じられないほどか細くて、頼りなかったが、兄様はボクの言葉に小さく頷いてくれた。その顔はどこか笑っているように見えた。

 それを見て一気に緊張が解けた。なんだ、こんなに簡単なことだったのか。本当に、ボク一人で大丈夫だったんだ。そう思うと自然に笑みが溢れてきた。


「なにして遊ぶんだ」


「じゃ、じゃあまずは鬼ごっこをしましょう。まずはボクが鬼になるので兄様は逃げてください」


「ああ、わかった」


 それからボクたちはしばらく鬼ごっこで走り回りながら遊んだ。捕まえては捕まえられてを何度も繰り返して、互いに顔を見合わせて笑いあった。

 でも子供だからすぐに疲れてしまう。隣同士で座り込むと、ボクはずっと伝えれなかったことを言おうと口を開いた。


「兄様、この前は兄様の気持ちも考えずに失礼なことを言ってごめんなさい」


 初対面時の心にもない言葉。これについてきちんと謝れていなかったから、さっきはあんなにも不安だったのかもしれない、と今になって気づいた。

 兄様からの反応がなくてまた不安になってきた。あの時と同じように、兄妹だと思ってないと言われるかもしれないと思うと怖くて、兄様の表情が見れない。ボクは子供みたいに膝を抱えてうつむいた。


 どれだけ経ったのか、もしかしたらほんの数秒だったかもしれない。急に頭になにか暖かいものが乗った。そしてそれは頭を優しく撫でてきた。少ししてそれが兄様の手であることに気づくと、なぜか目から涙が溢れだしてきた。


「もう気にしてない。俺も、兄妹だなんて思ってないなんて言って、ごめん」


「あにさま……」


 涙を手で拭って、兄様を見上げた。兄様はボクが泣いているのを見て、ほんのわずか目を見開いたが、すぐに穏やかで暖かい笑みを浮かべた。

 こんな時に場違いかもしれないが、驚くほど綺麗な顔をしているな、と正面から見て初めて気づいた。それにも気づかないほどボクは兄様と顔を合わせていなかったんだ、と気づいた。


「それに、今まで避けてしまってごめんね。……こんな俺だけど、君の兄になってもいいかな」


 その言葉にボクは考える間もなく答えを口に出した。


「もちろん、ボクの兄様はあなただけです」


 ボクはきっと今、兄様に負けず劣らずいい笑顔を彼にしているだろう。それを証明するかのように兄様は嬉しそうに微笑んだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「ルミア。今日もかわいいな。さすが俺の妹だ。世界で一番かわいい」


 翌日、兄様は豹変した。朝早く、ボクが走りに行く前にボクの部屋を訪ねてきて一緒に走り、食事も遊びの時間もずっとボクと一緒にいるようになった。

 ドン引きしたセザールさんの全力投球を余裕で取って、ボクにケーキのように甘い笑顔を向けてくる兄様は本当に昨日までの兄様なのかと何度も疑ったが、ちゃんとどこをどう見ても兄様である。偽物ではない。


「あ、兄様」


「どうしたんだ、ルミア。兄様と手を繋ぎたいのか? いいぞ」


 そう言って両手をぎゅっと握られる。呼んだだけでどうしてそんな解釈になってしまったかは全然わからないが、嫌ではないので振りほどきはしない。


「いや、違うんだけど……。えーっと、今幸せ?」


「ああ。ルミアと一緒にいられるから幸せだ」


 兄様はこれ以上ないってくらいに綺麗な笑顔でそう言った。

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