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出会いは突然に

 入学して早数日、特に何事もない日々を過ごしていた。朝早くにセザールさんが大声で起こしにくるのにももう慣れてしまった。初日はフランと夜中まで話していたからかなり苦しかった覚えがあるが、早寝を心がければどうということはない。

 というか男女一人ずつ使用人さんがいるのに、まず女の子の部屋に入ってくるのが執事の方だと言うことが問題のような気もするが、セザールさんは全く気にしていないため、次第にこっちも気にしなくなってきてしまっていた。だからと言ってフランがいるのにその状況というのもどうかと思ったが、フランは特に気にしていないと言ってくれたので、お言葉に甘えてセザールさんの好きにさせてもらうことにした。


 そういえばフランは使用人さんをつれてきていない。フランの両親はつれていくように、と言ってくれたようだが、下にまだ弟や妹がいるから人手が減るのは困るだろう、と断ったらしい。フランはいいお姉さんなんだなぁ。そう思ってつい、


「生まれ変わるならフランの弟か妹になりたいな」


 と声に出すと、フランは何かをこらえているのか、喜んでいるのかがわからない、何とも言えないような顔をした。そして、フランはしばらくうずくまって、深呼吸をした後、バッと顔をあげてボクの両手をとり、詰め寄ってきた。


「ルミアちゃん! お姉ちゃんですよ!」


「えっ」


「お姉ちゃん、ですよ!」


 二回も言われても、今はフランと同い年なんだが。

 そう言ってフランともう少し距離を取ろうと思ったが、あまりの気迫に押されてしまい、いつものボクなら考えられないくらいの小さな声で言った。


「いや、その、……お、おねえ、ちゃん……?」


 そこからはボクの口では語りきれないくらいの騒動が起こってしまった。周りにいた兄様たちにも聞こえていたらしく、兄様は怒っていたし、エドガーさんはフランとハイタッチしていたし、ラフィネは吹き出していたし、ルドヴィンは珍しく度肝を抜かれたような表情をしていた。

 そしてなぜかフランがここぞとばかりに大きな声で言いふらしたためか、その場にいた生徒たちにも話が伝わってしまった。彼らからしたらどうでもいいことだろうが、ボクとしてはかなり恥ずかしい部類のことだったので、早急に忘れてくれたと願いたい。

 ちなみに騒動が収まるまで、セザールさんは果物を剥いてくれて、イリスさんはそれを片っ端からボクの口に運んでくれていた。あれはきっとボクの気をそらそうとしてくれていたんだろうが、よく考えたら全く騒動を鎮圧しようとはしてくれなかった。表情は見ていなかったがおそらく面白がっていたんだろう、少なくともセザールさんは。そう考えたら許しがたく思えてきたので後で殴る。


 まあそんな事態もあったが、今のところは平和である。学園の中ではあるから、乙女ゲームの展開がいつ起こるかわからないが、そもそも主人公さんを見ていないのだ。どうにもしようがないし、できればこのまま会いたくない。ボクの知らないうちに恋愛していてくれればいいのだが。


 そして放課後の今、ボクらは図書室に行ったラフィネを待ちながら、教室で本を読んでいる真っ最中である。ボクの目の前で別の小説を読んでいるフランにおすすめされた恋愛小説だ。とある国のお姫様が騎士に恋をしてしまうという物語である。

 ボクは以前からほとんど本を読んでいなかったし、恋愛小説はそこまで興味がなかったのだけれど、読んでみると意外に面白いもので、半分以上読み終えてしまった。これは続編まで読んでしまうかもしれない。


 集中して読んでいると、突然廊下からバタバタと音がした。廊下を何人かが走っているように聞こえるし、よく耳をすましてみると、人の声のようなものも聞こえた。何事かと思って、フランと顔を見合わせる。しばらくしたら止むかと思ったが、一向に止む気配がない。


「気になるし、様子を見に行ってこようかな。フランはここで待ってて」


「えっ! どうしてですか? 私も一緒に行きますよ」


 フランはそう言ってくれているが、万が一にもフランに危害があるようなことがあったら、ボクは後悔してもしきれない。悪い生徒が走り回ってるだけだったらまだしも、もし不審者とかだったら、と思うと、音の発生源まで行かせるのは気が引けた。


「ううん、大丈夫だよ。ちょっと見に行って戻ってくるだけだから」


 そう返すとフランは少し悲しそうな、それでいて心配そうな顔をしてから口を開いた。


「……本当ですか? 何分ですか? 何分で帰ってきますか?」


「えーと、五分以内には」


「約束ですからね」


 そうしてボクは外に出る許可をもらえた。フランは存外、一人にされることを嫌う。それは空間に一人っていうのもあるけれど、主には周りに信頼を寄せられる人がいないという意味での一人にされることだ。

 だから基本的にボクはフランと一緒にいるようにしているし、ボクが一緒にいられなくても、ラフィネや他に誰かがいるようにしていた。どうしても無理なときは今みたいに時間制限を決めているのである。

 その時間を超えてしまうと、少なくとも一週間は許可が得られなくなるし、いつでも構わずくっついてくる。家にいたときは一週間泊まっていっていた。はたして今の状態で超えたらいつまであれが続くんだろうか。まあフランにならいくらくっついてもらっても構わないとは思っているのだけれど、ところ構わずはやめていただきたい。


 というわけで、ボクはさっさと様子を見て、さっさと戻らなければ。そう思い、音の方へ走っていこうとすると、曲がり角で、その音の発生源と危うくぶつかりそうになった。


「うわっ!?」


「わっ、ごめん……あれ? ルミア?」


「えっ、ルミちゃんっすか? はあ~、ルミちゃん、助けてほしいっすよ~」


 目の前にいたのは、放課後になってすぐに図書室へ向かったラフィネと、疲れきったような顔をしているエドガーさんだった。つまりは二人が廊下をずっと走っていたということだ。でも一体どうして?

 そう思っていると、二人の後ろからも、走ってくる足音がした。


「はあ、はあ、や、やっと止まった……」


 その声を聞いた瞬間、エドガーさんはささっと、ボクの後ろに隠れた。もしかしてこの声の主から逃げていたのか? 聞いたところ女の子に聞こえるけれど……。

 そう思いながら彼女の姿を見ると、その子は見覚えのある見た目をしていた。学園に来る前、忘れないように、嫌になるほど脳に叩きこんだ姿だ。確か名前は。


「はあ、お、驚かせてしまって、すみません。怪しい者ではございません。私、ベル・フォンダートと申します。先日よりこの学園に転入させていただきました」


 ベル・フォンダートさん。そうか、この子が転入生で、さらにゲームの主人公さんでもあるのか。何度まばたきしても間違えようがない。彼女は正真正銘、主人公の女の子だ。

 でもどうしてエドガーさんやラフィネと追いかけっこしていたんだ。それも廊下で。とてもそんなことをするようなタイプには思えないが。

 どういう状況かわからず、ラフィネに助けを求めると、ラフィネも困ったように眉をひそめた。


「僕もどうしてこうなったのかわからないんだよね。図書室入るために扉開けようとしたら、エドガーが中から飛び出してきて、気がついたら何でかエドガーに手掴まれながらあの人から逃げてた。エドガーに聞いても、助けて、としか言わないしさ」


 ラフィネはそう言ってエドガーさんを睨むと、後ろでエドガーさんがビクッと震えた。確かにラフィネの説明じゃ全然どうしてそうなったのかわからない。ここは目の前の彼女に聞くしかない。


「ええっと、フォンダートさん? 申し訳ありませんが、どうしてこのようなことになったか教えていただいてもよろしいですか?」


 一瞬彼女は変なものでも見るかのような目でボクを見たが、すぐに話を始めた。


「はい、私が悪いのでございます。エドガー様に図書室内で不躾なことを伺ってしまい……。きちんと謝る前にエドガー様が走って行かれてしまったので、謝るために追いかけさせていただきました。その私の行為のせいでラフィネくんにもご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございません!」


 そう言って彼女は頭を下げるが、何を言われたにせよ、逃げ続けたエドガーさんも悪いだろう。エドガーさんをボクの後ろから出して、主人公さん、フォンダートさんの前に向き直らせた。


「ほら、エドガーさんもずっと逃げ続けちゃったでしょう。謝ってください」


「……申し訳ございません」


 エドガーさんは小さくぼそぼそとした声でそう言ったが、フォンダートさんは笑って許してくれた。主人公さんは心が広いと聞いていたし、きっとそうなのだろう。普通の人だったら何らかの不信感を抱いていただろうから、相手が彼女でよかった。


「それでは私はこれで失礼致します。ご迷惑をおかけしてしまって、本当に申し訳ございませんでした、エドガー様、ラフィネくん、……ええと」


 フォンダートさんはボクを見て困ったような、悩んだような表情をした。ボクの名前がわからないのだろう。それもそうだよね。気に病む必要はないのに、優しい人なんだな。


「ルミア・カルティエと申します。三学年に兄がおりますので、どうぞルミアと気軽にお呼びください」


 そう名乗ると、一瞬フォンダートさんの表情が凍りついたような気がしたが、次に見た瞬間には笑顔で、ありがとうございます、と言っていた。気のせいだったのだろうか。

 そして彼女は足早にこの場を離れていった。そしてようやく、エドガーさんがほっ、とため息をついた。


「あー、怖かったっす。ラフィーもルミちゃんもありがとうございますっす」


 エドガーさんの怖かったという発言に少し違和感を覚えたが、追いかけられたのが怖かったのだと思いつき、素直に、どういたしまして、と返した。


「でも一体どんなこと言われたらあんなに逃げるの? エドガーって基本、知らない人の前では黙りこくってやり過ごすでしょ?」


「ああ、それはっすね……」


 ラフィネの質問にエドガーさんが答えようとした瞬間、ボクは思い出した。フランを待たせていたんだった! 腕時計を見ると、出た時間からちょうど四分三十秒経ったくらいだった。


「まずい、フランとの約束が! じゃ、またね!」


「あっ、ちょっと、僕も戻るんだけど!」


「待ってほしいっす! おれも行くっすよー!」


 教室に全速力で走っていくと、教室の扉の前でフランは待っていた。どうやら五分を数秒過ぎてしまったところだったらしく、フランはむすっとしていた。


「ごめん、フラン。遅くなっちゃって……」


「ギリギリですからね! ギリギリセーフにしてあげますからね! 次はないですよ!」


 許しはするけれどほんの少し遅れてしまったということで、今日はフランと手を繋いで帰る。全く罰にはなっていないのだけれど、フランが楽しそうだからよしとしよう。

 けれどフォンダートさんと関わってしまったという事実がどうにも頭から抜けなかった。今後の学園生活はどうなってしまうんだろう、という不安を胸に抱きながら、寮へと戻った。

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