転入生の噂
学園の裏庭で集まって、ルドヴィンの作ってきたお弁当を食べる。こういうところっててっきり学食とかに行くものだと思っていたけど、お弁当を持ってきてもいいらしい。というか学食はとても混んでいて、六人分の席がまるまる空いてることがほとんどないんだとか。だから基本的には全員でお弁当を食べる形になりそうだ。
「生徒会室が自由に使えれば楽なんだがな、顧問の先生に鍵をしばらくの間取り上げられてしまったんだ。ルドヴィンのせいで」
兄様がそう言ってルドヴィンを見ると、ルドヴィンはわざとらしく肩をすくめた。
「おいおい、オレのせいだけじゃあないだろ? ラフィネだって加担してるんだぜ」
「うわっ、責任押し付けてくるのやめてくれる? 僕はちょっと台本を確認してあげただけだから」
「世間ではそれも協力者って言うんすけどね……」
ラフィネも元気になってよかったなぁ。ラフィネの元気がなくなってしまったから話を聞いてあげてほしいと頼んだら、ルドヴィンがラフィネと話をしてくれた。数分後、なぜかルドヴィンは大笑いしていて、ラフィネは怒ってたが、いつもの調子を取り戻していた。不思議な光景ではあったが、とりあえず頼んでよかったと思っておこう。うーん、原因はそんなに笑えることだったんだろうか?
「あー……ルミちゃんが来たってことは、ルーちゃんも来たってことっすよねぇ。やだやだ、会いたくないっす。でもスーちゃんもいるからまだましっすかね? 少しは手加減してくれるっすよね?」
気落ちしたようにエドガーさんはそう言った。ルーちゃんというのはセザールさんで、スーちゃんというのはイリスさんのことである。いつの間にか仲良くなっていたので、ボクも驚いた。貰った花は、セザールさんがトリカブトで、イリスさんが桔梗だったと言っていた。それを伝えてきたセザールさんの目が笑っていなくて怖かったのを今でも覚えている。あんな顔は後にも先にもあのときしか見たことがない。
それはともかく、エドガーさんは特にセザールさんと一緒にいることも多かったようだが、具体的に何をしているかは知らない。エドガーさんに聞いても、今人生で嫌なこととしか答えてくれないし、セザールさんに聞いても、訓練です、の一点張りである。ルドヴィンも何か知っているようだが、二人に聞いても教えてくれないことを、ルドヴィンが教えてくれるとも思えなかった。
「ううんと、私にはよくわかりませんが、ファイトですよ、エドガーさん」
フランがそう声をかけるとエドガーさんは、ぱあっと花が開いたように喜びを顔に表した。なんて分かりやすい人だ。顔が見えるようになってからより一層気分の上がり下がりが分かりやすい人になってしまった。その方がこっちとしてはいいのだけれども。
「ふ、フランさん……!! はいっす! おれ、あなたのために頑張るっす!」
その言葉を聞いて、ルドヴィンがさも傷ついたかのように振る舞いながら、横槍を入れた。
「何言ってんだ。お前がしてることはフランソワーズ嬢のためじゃないだろう」
「そ、それはその……気持ち的なあれっすよ! フランさんの優しさが心にしみたというか」
「あーあー、オレへの忠誠はそんなもんだったのか。ハーショックダナー」
「ち、違うんすよ、ルドヴィンさまぁ! 見捨てないでほしいっす!」
エドガーさんとルドヴィンが楽しそうに掛け合いをしていると、兄様がふと思い付いたように声をあげて、エドガーさんの方を向いた。
「そういえばエドガー」
エドガーさんもルドヴィンにしがみつきながらも、兄様の方に顔を向けた。
「はーい、なんっすか?」
「二年には珍しく転入生がきていただろう。様子はどうだっただろうか」
転入生? 新しく二年生に入ってきたってことか。あれ? でも入学式にそんな感じの人いたかな?
記憶から探りだそうとしていると、ラフィネが呆れたような顔でボクを見ていた。
「なに不思議そうな顔してるの。ちゃんと壇上で挨拶してたでしょ?」
「えっ、そうだったっけ?」
「ルドヴィン様のせいで頭に入らなかったんですね、ルミアちゃん。大丈夫です! ルミアちゃんの方がかわいいですからね!」
それは何も大丈夫な点ではないというか、そもそも気にしていない。ほとんどの確率で転入生の子の方がかわいいことはわかっているから。きっとそう思ってくれるのはフランや兄様だけだよ。
でも転入生か……。ある種の一大イベントではあるし、もしかしたらゲームの話に関わってくる人かもしれなかったから、見ておくべきだった。いくらルミアの見た目や中身がゲームと異なるとは言っても、ゲームの台本に変わりはないだろうし、転入生も元々いたのだろう。ああ、一体どういう立場の人なんだろうか。一度見ておきたい。
「そうっすねぇ、別にふつーだったと思うっすけど。強いて言うなら何か性格が丸すぎるって感じっすかね」
「丸すぎる?」
兄様が言葉を反復すると、エドガーさんは、はいっす、と頷いた。
「あの転入生、元が平民で、ちょっと前に学業の才能を見出だされてフォンダート家の養子になった人っすよね? フォンダート伯爵ってルドヴィン様もアンくんも知っての通りのお方っすけど、あの家に養子になった割にはずいぶん物腰柔らかで、ほんわかしてるって言うか……」
「ああ、なるほどなぁ。そりゃあ変な奴だ」
ルドヴィンと兄様は納得したように頷き合った。どうしてフォンダート家?の養子になった転入生が変だという結論になったのだろうか。そう思っていると、兄様は、ボクがわかっていないことに気づいたのか、丁寧に説明してくれた。
どうやらフォンダート伯爵と言う人は、自分の思い通りにならないなら、実の子供でさえも崖から突き落とす……というのは比喩表現だが、それくらいに厳しい人だという。彼には三人子供がいたが、一人は学園での素行不良がばれて、卒業と同時に勘当され、一人は学園内で恋に落ちた人物と逃避行をして、また最後の一人は非常に優秀だったらしいが、ある日理由もわからぬまま忽然と姿を消したそうだ。毎日毎日、勝手にスケジュールが決められていて、自分が自由にできる時間は皆無。兄様曰く、三人の子供は全員タイプは違えど性格がねじまがってしまっていたらしい。
そんな人の下にいたのに転入生の性格が穏やかなのが不思議なんだそう。うーん、単純に考えれば過ごした時間の差だとか、その人本人の性格が根付いていたから変わらなかっただとか言えそうだけど、元々平民だったなら、作法とか身に付けるのも相当苦しいだろうし、ちょっと不思議である。
「まあそう言われても興味は湧かないがな。転入生なんかに構っている暇があるなら、オレのルールを破った奴への制裁を考えないと」
「へえ、僕はてっきりもう考えてるものだと思ってたよ」
「少しはな。だが一パターンだけじゃつまらないだろう?」
「わー! おれも考えるっすよ、ルドヴィン様! お役に立つっす!」
「お前はその前にオレのあだ名を考えろ」
そういえばエドガーさん、ルドヴィンのことだけは最初からルドヴィン様のままだっけ。ルドヴィン、気にしてたんだな……。
「あと一年以内に考えつかなかったら、お前が後生大事に育ててるゼラニウム、全部引っこ抜くからな」
「い、いやあああああ! 花殺しっす! 悪逆非道っすよ! アンくん、何とか言ってあげてほしいっす!」
「! これうまいな」
「あ、お好きなら私の分もあげます。苦手なんですよ」
「きーいーてーほーしーいっすー!」
皆、完全に転入生の話から興味を失ってしまったみたいだ。確かにあんまり知らない人だからそんなに興味はないだろうけど、何か引っ掛かるような……まあ、いいか。今気にしたって仕方ない。今はただ、最近揃うことのなかった六人での昼食を楽しもう。




