意識しないのは罪深い
クラスは同じと言えど、さすがに席までは違う。一度別れ、ホームルームを終えると、自然に三人で集まった。初日なのに最初から三人で固まっているのは違和感があるかと思ったが、周りの子達も個人的に面識があるのか、好きな子同士で集まっていた。最初からこうだと平民の子が入るのに苦労するのでは、と周りを見回してみるけれど、そんな様子の子はいない。
「へえ、思っていたよりも皆さん、仲がいいんですね」
フランもボクと同じ事を思っていたのか、驚いたようにそう言うと、ラフィネは、当たり前だよ、と言葉を発した。
「貴族は社交界とかで仲良くなってるって言うのもあるけど、平民は平民で自分一人にならないようにって、合格発表の時に必死で声かけあって、平民グループみたいなの作ってたし。合格者以外にも大金で入学する予定の人もいたみたいだよ」
「えっ、そうだったの!?」
ラフィネと一緒に合格発表見に行ったのに全く気づかなかった。うーん、思い返してみると、確かに思っていたよりも人が多かったような……? でも皆で騒ぎあってるから、友達の合格発表を見に来たのか、もしくは友達同士で受けた人が多いのかと思っていた。まさかあの人たち全員初対面だったのか!?
「あれ? じゃあラフィネも?」
「いや、僕は……、ルミア、あの日どういう服着てたか覚えてる?」
「服?」
あの日は普通に私服を着て……うん? 違うな。着ようとしたらイリスさんに、
『ルミア様! ラフィネ様の運命が決まる日にそんな服ではいけません!』
って言われて、セザールさんがどこからか、きれいでかわいらしいワンピースやら髪飾りやらを出してきて、それを着せられた。おそらく用意してくれていただろうに抵抗するのも申し訳ないので、そのまま出ていこうとしたけれど、その時期はまだ寒かったから、ついでに兄様のコートを防寒着として着せられた。身長違いすぎてぶかぶかだった。暖かかったけど何とも言えない気持ちになった。
「多分見た目的には兄様のコートを着てるだけにしか見えなかっただろうね」
「うん、アンドレのコート、質がいいしデザインもいいから絶対高かったでしょ」
そう言われて思い出した。あのコート、冬に兄様のコートの買い換えようという話になって、いざ兄様のコートを選ぶときに、ボクが選んだコートなんだよね。兄様に似合うの探してほしいって言われて、それで……。
そういえば値段見せてもらってないじゃないか! 確かあのときは学園の冬休みで、ラフィネの受験間近だったから、ラフィネの家のお店には行っていないはずだ。なら別のところのだったはずで、あれ? あそこにあったコート、全部兄様にぴったりサイズじゃなかったか? そんな、まさか。
「オーダーメイドだった……?」
「うわぁ、それは高かったでしょうね。金額を考えるとぞっとします」
ああ、きっとボクが知っているコートの値段とは桁が違う。そんなものを軽々しく選んでしまったのに加えて、それに袖を通してしまった。そうだとわかっていればもっと丁重に扱ったのに! どうして教えてくれなかったんだ! そしてどうしてそれをボクに着せた!
「後で絶対、兄様とイリスさんとセザールさんを問い詰める」
「……気づいてなかったんだ。僕としては違うところの服が見れてよかったけど。まあ、それはおいといて、ルミアは高い服だって気がつかないくらいの鈍感だったんだろうけど、傍から見ると一目で高級品だってわかるんだよ。普通、平民では見ることがないくらい上質なコートだったし。だから」
「だから?」
「隣にそんなコートを着たルミアがいたから、僕には誰も話しかけようとしてこなかったってわけ。一発で貴族とその知り合いってことがわかって、平民的には近寄りがたかったんだよ」
……つまりボクが隣にいたからラフィネは平民グループに誘われなかったというわけか。それって……ボクのせいでラフィネの友達が減ったってことじゃないか! やってしまった! ラフィネの平民の友達作りチャンスを台無しにしてしまった……。
「うう、そんなこととは露知らず、あの日用意されたヒールの高いブーツが歩きにくくて、ついラフィネの腕にしがみつきながら歩いちゃって、ごめん!」
ボクが勢いよくそう謝ると、フランがパッとラフィネの方を見て声を荒らげた。
「はい? 何ですかそれ! ルミアちゃんにしがみつかれたんですか!? ちょっと懺悔してきてくださいよ!」
「いや、あのままだったらルミア転んでたし、仕方なくって言うか……、じゃなくて。別にいいよ、謝らなくて。声かけられてたとしても断ってただろうから」
「えっ、なんで?」
「……言わせるの?」
疑問に思って聞くと、ラフィネは嫌そうな顔をした。なんでこんな顔されたんだ。断る理由を聞いただけなのに。
自分で考えようにも全くピンとこないので、再度聞こうとしたら、フランがすすす、とボクの方に寄ってきて、こっそりとボクに語りかけた。
「ラフィネさんはルミアちゃんが大大だーいすきなので、お友達はいらないって言ってるんですよ」
「えっ」
「ちょっと、フランソワーズ。何言ったの。ちょっとこっち来なよ」
「ふふふっ、嫌ですよー」
なるほど。一瞬びっくりしたが、ラフィネは他の友達がいらないくらい、ボクのことを好きでいてくれているということか。教えてくれてありがとう、フラン。だけどフランは肝心なところが抜けてるな。ラフィネはきっとフランや兄様、エドガーさんやルドヴィンも友達として大好きだから、他の友達がいらないのだろう。ラフィネの友達はボク一人ではないのだから。
だがこれを言ってしまうと、おそらくフランも照れてしまうだろうから、心の中に仕舞っておこう。ラフィネとフランがボクの周りを回って追いかけっこしてるから、そろそろ止めに入るとしようか。
「大丈夫だよ、ラフィネ。ボクたち、これからも友達だからね!」
ラフィネがボクたちのことを大好きだと再確認して、つい顔が緩んでしまう。その喜びを表現すべく、笑顔でそう言うと、急に二人とも呆気にとられたような顔で固まってしまった。なんでだ?
「どうしたの? 二人とも」
思わずそう聞くと、フランがやっと動き出して、ラフィネを見上げ、きれいに微笑んだ。
「……ドンマイです、ラフィネさん」
よくわからないが、フランは慰めているのだろうか。いや、でもその笑顔はなんだか含みのあるもののように感じる。どうしてこうなったんだろう。ボクの発言が何かおかしかったのだろうか。
「さてさて、ホームルームも終わってますし、そろそろエドガーさんたちと合流しましょうか」
「う、うん、そうだね。えーと、ラフィネ? 行こ?」
そう言ってラフィネに手を差し伸べようとすると、フランにその手をがしっと掴まれて、繋がれてしまった。
「ラフィネさんは今再起不能な状態なので! 近づくと危険ですよ、ルミアちゃん! 手負いの獣は手がつけられませんからね! ほら、ラフィネさんは後ろからついてきますから!」
やっぱり割り切ろうとしても無理なものは無理なんですね、とフランは最後に、まるで他人事のようにそう呟いた。一体何の事だろうか? それに手負いの獣って、ラフィネに外傷はないように見えるけれど。
廊下を歩きながらも、やっぱりラフィネが心配になって、時々振り返ってみると、ちゃんと後ろからついてきていたが、やはりあまり元気ではないようだ。ちょっと手を振ってみると、呆れ顔で小さく振り返してくれたから、きっと大丈夫だとは思うのだけれど。他の皆に会うことで元気を取り戻してくれるといいんだけどなぁ。




