歓迎の言葉
いよいよ待ちに待った入学式。席は学年ごとだし、名前順で指定されていたので、必然的に皆とは離れてしまった。回りは知らない人ばかりのはずなのに、なぜかちらちら見られている気がする。
考えられる原因としては、やはり肌の色のせいだろうか。他の人でこんなに焼けている人はいないようだし。やっぱり肌色を治しておくべきだったか、とは思うけれど、一年中天気の悪い日以外は外に出て何かしらの運動はしていたので、正直無理だったかな。
とは思ったものの、式が始まると、その視線も感じなくなった。学園長の話をちゃんと聞く人々ばかりなのだろうか。ともかくボクから視線が外れてくれてよかった。あんまり見られるのは居心地が悪いからね。
そういえばラフィネはここに来れているのか、と思い、目立たないようにこっそりと見渡したら、簡単にその姿を見つけることができて、ほっとした。でも一体ルドヴィンの代表の挨拶はどうなってしまったのだろうか。ルドヴィンのことだし、ひと味違うとは思っているのだが。
「ーー新入生歓迎の言葉、在校生代表、ルドヴィン・アランヴェール」
あまりこういう話を聞くのは好きではなくて、ついうとうとしながら聞き流していると、唐突に聞き馴染んだ名前が聞こえてきて、一気に目が覚めた。慌てて壇上を見ると、ルドヴィンが悠然と歩いてくる姿が見えた。全校生徒を前にしても一切緊張していなさそうなところは、さすがの一言に尽きる。
ルドヴィンは演台まで着いてからこちらを向いた。その表情は新入生を歓迎する在校生と言うよりは、自国民を前にした独裁者のような笑顔に見えた。これだけ見ればもう立派な王である。実際にこんな顔してたら先行き不安だけれど。回りの新入生もボクと同じように感じたのか、少しざわついていた。
「昨日から空を陰らせていた雲が晴れ、皆さんを祝福するように桜が待っているかのようです。新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
あれ? 普通だ。まるでルドヴィン以外の人が話しているように聞こえる。さっきの凶悪な笑顔はボクの勘違いだったんだろうか。と、思った矢先、ルドヴィンが愉快そうに口角を歪めた。
「なんてこのオレが言うとでも思ったか。残念だったな教師諸君。オレはお前らが念入りにしてきやがった打ち合わせ通りになんて動いてやらない。好きなようにさせてもらう」
そうきたか。すっかり騙された。
同じくルドヴィンの豹変ように驚いたのか、新入生たちは皆固まっているし、きっと在校生たちも固まっているだろう。先生たちを見ると焦りと怒りがない交ぜになったような顔をしていた。それでも今すぐ無理やりにでも壇上から降ろそうとせず、ただルドヴィンを睨んでいるだけなのは、おそらく一応王族なので無下には扱えないという理由だろう。上下関係って厳しいものだなぁ。
「いいか、新入生及び在校生諸君。オレがこの一年、学園のトップとして仕切るからには、今までのようなアホらしい学園生活を送ることはできないと思え。お前らの隣にいる人間はお前とどこまでいっても同格の人間だ。それに生まれも育ちも関係ない。身分によって人を虐げる行いをした者はオレが直々に罰を下してやる」
もしかして暗にいじめはいけないって言っているのか? なるほど、ここで公に宣言しておくことで、後でそのような行為を見つけたときに、思いのまま粛清できるようにするためか。平民にとってのいい環境作りをしているんだ。もし貴族に何かされても後ろ楯があるということになる。ルドヴィンの下す罰って何されるかわからなくて怖いし。
「いいか、特に爵位が上の方でいい気になってる馬鹿ども。新入生は知らないが、在校生にはもうオレ特製のブラックリストに名前が乗っている奴も数知れず……。今、身体を無様に震わせた奴ら! せいぜい自分かもしれないと惨めに怯えて過ごすといい。一回でもオレの規律に違反した者は即刻、実刑を下す。話は以上だ。
最後に、新入生の皆様、この三年間悔いのないよう、実りのある三年間にしてください。以上をもって歓迎の言葉とさせていただきます」
取り繕って丁寧な終わり方したけど、何も誤魔化せてないんだが。すごい脅してるけど、歓迎の言葉がこれでいいのだろうか。少なくともボク的には全く歓迎されている気がしない。ところどころ罵倒するようなこと言ってるし。
けれどどこからか一人分の拍手だけするので、きっとその人の胸には届いたのだろう。ずっと後方から聞こえるから新入生ではないことが確実だけれども。
ぽかんとしている新入生たちの中に、一人だけぷるぷると肩を震わせているのが見えて、さっきのルドヴィンに怯えてしまっているのかと一瞬思ったが、よく見るとラフィネだった。ラフィネがこの状況で震えているということは、ただ単に笑いを堪えてるだけだ。震え的に大爆笑である。
そういえばラフィネもこれ考えたんだっけ。……もしかしてこの台本考えたのほとんどラフィネってことないよな? ルドヴィンに協力を要請されたラフィネが、ここぞとばかりに貴族を馬鹿にするようなことを言わせてみたとか……ありそうで怖い。
でも内容が内容なので、ルドヴィンも結構考えたものだと信じよう。きっとラフィネが考えた部分は罵倒する部分だけだ。……いや、貴族の身としてはそれでも十分怖い。ラフィネは本当に貴族嫌いだなぁ。というかこれらの台詞をルドヴィンが言ってのけたのも恐ろしい。そんな度胸、ボクにはない。
その後、ぎこちない雰囲気が流れながらも、滞りなく入学式は終わった。その間はきちんと起きていたけれど、ルドヴィンの衝撃で全く頭に入らなかった。とりあえず外に出ると、両脇にフランとラフィネが来た。
「はー、笑った笑った。大成功」
ラフィネは珍しく満面の笑みをたたえたままそう言った。
「いや、やりすぎじゃないかな? 入学式であんな風に言って大丈夫なのか心配だよ」
「大丈夫ですよ。ルドヴィン様ですからね」
「そうそう、ルドヴィンだからね。問題なし」
フランまでそう言うか。うーん、確かにルドヴィンだから大丈夫で済ませてしまえる気はするけど、先生たちめちゃくちゃ怒ってたし、何らかの罰は下るかもしれない。廊下でバケツ持ってしばらく立たされるとか、トイレ掃除とか。この学園にそういう罰はないだろうか。
「さて、教室に行きましょうか」
「そうだね。クラスどこだろ」
そう言いながらクラス分けを見に行こうとすると、ラフィネが思い出したかのように、あ、と呟いた。
「全員Bクラスだよ。さっきルドヴィンと生徒会室行った時についでに見た」
「えっ! 本当に!?」
驚きのあまりそう声を出すと、ラフィネが何でもないような顔で頷いた。
「わあ! よかったですね、ルミアちゃん! 一緒のクラスですよ!」
「うん! よかった、二人と一緒で嬉しい」
こればっかりは人目も気にせず、フランと手を取り合って喜んだ。四クラスもあるらしく、別れる可能性も高いだろうに、三人とも一緒なのは奇跡だ。これから一年は三人一緒にいられることになる。
「よし、早速行こっか!」
「はい! 早くしてください、ラフィネさん!」
「わかってるよ。教室は逃げないから、そんなにはしゃがないで」
ラフィネの言葉を聞きながらも、ボクはフランと喜び合いながら、教室へと足を進める。だがあまりにも喜びすぎて、ラフィネが小さく呟いた言葉に、ボクは気づけなかった。
「……まあ、ルドヴィンやアンドレ仕組んだことなんだろうけど」
ボクらは三人揃って、自らのクラスへと向かった。




