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入学式前

 周囲の目が突き刺さる中、兄様と話していると、こちらの方へ近づいてくる気配がした。とうとう誰かから文句の一つでも言われるのだろうかと思い、意を決して振り向くと、そこにはしばらく見ない間にさらに身長が伸びていたエドガーさんがいた。

 エドガーさんは珍しく仏頂面で、押し退けてしまった人たちに小さな声で何事かを呟くと、そそくさとこっちに歩いてきた。そして、やっとボクたちの前に来ると、ふにゃりと表情を柔らかく崩した。


「おはよーっす、そして入学おめでとうございますっす、ルミちゃん。おれもアンくんと一緒に来てたんすけど、校門に歩いていくアンくんにお嬢さんたちがたくさんついてきちゃってて、流れに流されたというか……ってかアンくん、一人で行かないでほしいっすよ!」


 そう言ってエドガーさんはビシッと兄様を指さしたが、兄様は何食わぬ顔で言葉を返した。


「すまない、エドガー。どうせすぐ来るだろうから、待っているより先に行く方が早いと思った」


「もー! 正直すぎるっすよ! もっとオブラートに包んでほしいっす!」


「反省はしている」


「そう言いつつも、何度も同じことするって知ってるんすからね! 本当は全く反省してないって知ってるんすからね!」


 エドガーさんは兄様に色々と抗議しているが、その声はボクたちにしか聞こえないくらい小さい。周りに配慮していると言うよりは、単に自分の素を人前でさらけ出したくないという理由で小声になっていると知っているため、見ていて面白い光景だった。


 昔のエドガーさんは前髪が長すぎて表情がわからないくらいだったが、今はその長い前髪はそのままに、全て後ろになで上げてあり、顔は言うまでもなく、額まで丸見えになっていた。所謂オールバックと言うやつだ。察しはつくだろうけど、もちろんエドガーさんが望んでしたことではない。


 約五年前のことだ。ルドヴィンはあることについて、ラフィネに協力を要請していた。それはエドガーさんの見た目についてである。エドガーさんは普通に話せれば気のいい人だとわかるのだけれど、知り合い程度の人や完全に初対面の人相手だと、声もぼそぼそと小さくなるし、表情もわからなくて、あまりいい印象には見えない。それを変えたいということをラフィネに伝えたそうだ。

 一方ラフィネはというと、初めてエドガーさんを見たときから常々服装が気になっていたらしい。ボクも言われてから気づいたのだけれど、エドガーさんがいつも着用していた執事服は、ところどころほつれていたり、泥汚れがついていたりと、お世辞にもきれいとは言えなかった。エドガーさんに妙に似合っていたので全く気づかなかった。


 ということで二人の利害は一致してしまったのである。そうと決まったらあっという間にエドガーさんは今の格好に姿を変えた。顔を押さえながら、しくしくと泣いているエドガーさんは今でも目に浮かぶ……正直に言えば面白かったのだ。

 でもエドガーさんは顔だけは意外と男前だったので、思っていたよりも様になっていた。本人も非常に嫌がっていたし、さらには、この格好のときは一生外でないとか駄々をこねていたが、フランに、似合っていてかっこいいと言われると、すぐに前言撤回した。なんてちょろい男だ、将来が心配になる。……ボクも人のことは言えないけれどね。


 そんな感じでエドガーさんは人前では、相変わらず無口ではあるけれど、以前よりも第一印象を良くすることに成功したらしい。しかし今までエドガーさんの髪型をそのままにしてきたのにどうして今さら変えるのか、とルドヴィンに聞いたところ、必要だからだ、としか答えてはくれなかった。どうやらこれも王座を手にするのに大事なことらしいが、詳しくは教えてくれない。まあ話してくれるまで待つつもりではあるけれども。


 二人のやり取りをしばらく眺めていると、後ろからとっとっとっ、と走ってくる音がした。何かと思い、振り向こうとする前に、背中にぽすん、と衝撃がきて、後ろから腕を回された。これはもしかしなくとも……。


「フラン、おはよう」


 そう言って後ろを振り向くと、ボクよりほんの少しだけ目線の高くなったフランが、昔よりもきれいさが増した、かわいらしい笑顔でボクを見ていた。


「おはようございます、ルミアちゃん、エドガーさん。あ、あとアンドレ様も」


「ふ、フランさん! おはようございますっす! ご入学おめでとうございます! はああ……かわいいがすぎる……」


「ああ、おはよう。これから三年間、ルミアをよろしく頼む」


「言われなくてもわかってますよ。ルミアちゃん、これからずーっと、一緒ですね!」


 毎日顔は合わせるけどずっとではない……と言いたいところだが、実は間違ってはいない。この学園では寮の部屋を、一人部屋か二人部屋か選択できて、さらに二人部屋なら、希望があればなりたい子と一緒にしてくれるのだ。

 ボクはフランと二人部屋を申請したため、ほとんどフランと一緒にいることになる。一人部屋でもいいかなとは思ったのだけれど、いまだに一人で広い部屋にいるのは落ち着かないことが多いので、フランに頼んで二人部屋にしてもらった。フランも快く了承してくれてよかった。


 ちなみに生徒が暮らす寮と使用人さんが暮らす寮は別々である。使用人さんは朝早くに身支度を済ませ、自分の主人の部屋に行き、一日中世話をしてから、寝静まる頃に自らの寮に戻っていくと聞いた。さらに案内図を見た限り、寮と寮が結構遠いとわかった。

 なので、それを知ったときに大変そうだから二人には来てもらわない方がいいだろうか、と悩んだけれど、二人ともついていきたいと言ってくれたことは、まだ記憶に新しい。本当にボクにはもったいないくらいの大切な使用人だ。


「うん、ボクもフランとこれからずっと一緒にいられて嬉しいよ」


「ひゃわわわ、る、ルミアちゃん、爆弾ですよ! 爆弾発言です! フランソワーズは爆発してしまいました! ちゅどーん!」


「ええっ!? 爆発!?」


「あー! なにフランさんを爆発してるんすか! ひどいっす! ルミちゃん逮捕っすよ!」


 そうエドガーさんが言うと、フランが回している腕に、より一層力がこもった。といっても、フランはかよわい女の子なので、その力も微々たるものなのだけれど、流れ的に振りほどいてはいけない気がした。


「そうですよ! かわいすぎる罪で逮捕です!」


「爆発の方じゃないんだ!? っていうかかわいすぎる罪って何!?」


 兄様はボクたちを見て微笑ましそうにしているが見えた。と、同時に多くの生徒たちがこっちを見ているのが視界に映った。そうだった、ここは公衆の面前なのだ。いつものノリでふざけあってる場合ではない。とりあえず話を変えよう。


「え、えーと、そういえばルドヴィンは? 一緒じゃないの?」


 そう聞くと兄様は今思い出したかのように、ああ、と声を出した。


「生徒会長としての仕事で、在校生代表の挨拶があるだろう。あれの準備で忙しい」


「そっか、今年度の生徒会長なんだっけ」


 兄様とルドヴィンは元々生徒会に入る気はさらさらなかったのだけれど、人手不足らしく、一年次にほぼ強制的に入れられてしまい、そこからずっと続けることになってしまったらしい。

 そして今年度、二人はどちらもやりたくない生徒会長を押し付けあった結果、見事兄様が押し付けあいに勝利して、副会長となったそうだ。そんな決め方でいいのだろうか、と思ったが、兄様曰く、そこまで生徒会は重要でもないからいいんだ、とのこと。本当だろうか。兄様はたまに一般人と価値観がずれているからなぁ。


「じゃあ入学式でルドヴィンの話を聞くことになるんだ。なんか不思議な感じだね」


「うーん、おれ的には心配っすね~。どうもルドヴィン様は例年までの生徒会長のように普遍的なことを言わず、異彩を放つようなこと言いそうな気がするっす」


「まあルドヴィン様ですしねぇ……」


 ボクもそう思う、と心の中で同意していると、兄様がそうだろうか、と首を傾げた。


「今回ばかりはルドヴィンも真面目にやっていると思うぞ? ラフィネに直前まで確認してもらうとも言っていたし」


「え? ラフィネ?」


「ああ、四半刻ほど前に来たラフィネを両親に了承を得てからつれていっていたからな」


 遅いとは思っていたのだけれど、ラフィネはもう来ていたのか……。でもどうしてラフィネと代表の挨拶を考える必要があるのだろうか? なんだか逆に普通じゃないことを言いそうな気がした。

 だが色々考えたって仕方がないし、正直普通の挨拶をするルドヴィンの方が違和感がある気がする。ルドヴィンの挨拶をそっと、心持ちにしながら、入学式が始まるまで四人で話していた。

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