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いざ、学園へ

 時も巡り、とうとう入学式の日が来た。新品の制服に袖を通し、鏡で見てみると、なんだか成長したように思える。背が小さいからだろうか。……自分で考えて悲しくなったからやめよう。

 部屋を出て、出発のために玄関まで行くと、イリスさんがすでにそこにいた。


「お待たせ、イリスさん」


「いえ、それほど待っておりませんゆえ、ご安心を。先程も申し上げましたが、今日からルミア様も一年生ですね。制服も大変よくお似合いです」


「へへっ、ありがとう」


 イリスさんの手にはボクの学生鞄があった。ボクが持つと何回も言ったのだが、恩情をかけていただいたのでせめてこれくらいはさせていただきたいのです、と押しきられてしまった。

 恩情って、一体ボクが何をしたと言うのだろうか。ボクが最近したことと言えば、父様に通常一人の使用人を、二人つれていくことについて頼み込んだくらいなのだけれど。

 どうも二人以上つれていくと体裁が悪いらしいが、どうしても選べなかったし、セザールさんから了承も得ていたので、二人で仕事帰りの父様に土下座しに行った。でもあれはイリスさんも話を聞いて困ってたし、完全にボクのわがままだったから……うん、違うな。


「あとはセザールが来れば出発できるのですが……」


 イリスさんがそう言った直後、廊下から大きめの足音がした。そちらを見ると、セザールさんがバタバタと音をたてて走ってきているのだとわかった。そしてセザールさんはボクらのいるところまで来ると、人懐っこい笑顔を見せた。


「おっ待たせしましたー!」


「遅いわよ。ルミア様を待たせないでちょうだい」


「悪い悪い、寝癖がなかなか直んなくて」


 そう言われたので自然にセザールさんの髪を見たが、朝食の時間に見たときとなんら変わりはないように見えた。むしろどこが寝癖だったんだろうか。


「もしかしてルミア様、疑ってますね? ここですよ、ここ。ここのハネ具合が今日は一段と……」


 セザールさんが寝癖について説明しようとすると、イリスさんがセザールさんの脳天にチョップした。セザールさんが本気で痛がっているので、一切手加減はされなかったんだろう。本当にイリスさんは遠慮も容赦もないなぁ。見習いたい。


「そんなことどうでもいいわよ。ではルミア様、予定より少々早くはございますが、一足先に出発いたしましょうか」


「うん、遅れるよりずっといいからね」


「あー! ちょっと待てって! 置いていかないでくださいよ!」


 そんな風に慌ただしく、三人で外で待っていた馬車に乗り込んだ。馬車の中は意外と広くて三人で乗っても余裕がある。

 しかし馬車での移動は何度乗っても慣れない。馬車より車の方が、というよりも、元々そんなに乗り物に乗ったことがなかったからだ。昔から徒歩で行ける範囲くらいでしか、活動したことがなかった。だからこういう体験は少し間が空くと新鮮に感じるし、地面に足をつけていないのがほんのちょっと怖かったりもする。


「今日は晴れてよかったですねー。折角のルミア様の晴れ舞台ですから。俺とイリスのてるてる坊主が効きましたかね」


「えっ、イリスさんも作ったの!?」


 寝る前にはなかったはずのてるてる坊主が、今朝起きたらボクの部屋の窓辺にずらりと並べてあった。あんなことするのは完全にセザールさんの仕業だし、おそらく晴れにするためにやってくれたんだろうとは思っていたから、敢えては触れなかったけれど、まさかイリスさんまで作っていたとは。


「もー、ちゃんと見てないですか? 俺があんな凶悪な顔の絵描くわけないじゃないですか!」


「何が凶悪ですって……?」


「おわああああああああ」


 また一人、尊いセザールさんが犠牲になってしまった。けれどセザールさんの言っていることはあながち間違いじゃない。てるてる坊主を一つずつ取って見ていたら、かわいいにこにこ笑顔のてるてる坊主と、なんと言っていいか形容しがたいけれど、ホラー映画に出てきそうな顔をしたてるてる坊主がいた。見た瞬間悲鳴あげそうだった。

 でもてっきりあれもセザールさんの悪戯だと思ってた……。そうか、イリスさんだったのか。心から怖がっちゃって申し訳ない。


 ちなみに当初はラフィネもボクたちと一緒に行く予定だった。だけど、ラフィネのご両親が入学する息子の姿を見たいと店を急遽休みにして、さらに馬車の手配もしてしまっていたので、ラフィネは恥ずかしそうにしながらもご両親と一緒に学園まで行くことになった。よかったねラフィネ、と心の中で呟いておいた。口に出すと十中八九言い返してくる。


 そうして長い間、馬車の中で騒いでいると、ようやく学園が見えてきた。写真で見たりはしていたが、こうして目にするのは初めてだ。

 兄様が学園に行くようになってからは、こっそり行ってしまおうかとも思っていたが、兄様が入学前から何度も何度も、決して来るな、と言ってきていたので、素直に従った。怒られたことはあまりないけど、できるだけ怒らせたくなかった。必要以上に兄様を困らせたくないと言うのもあるけど、普通に怖い。


「さて、着きましたね」


 校門の前まで来ると、まずセザールさんが降りて、次にイリスさんが降りた。ボクも続いて降りようとすると、なぜかイリスさんに阻まれてしまった。


「どうしたの? イリスさん」


「あちらをご覧下さい」


 イリスさんが指した方を馬車から覗き込んでみると、学園内は大量の生徒たちで埋め尽くされているのがわかった。別におかしなことでは……うん? よく見るといるのは女の子ばかりだ。女の子たちは顔を赤らめながら、何かを見ているようだった。視線の方へと目をやると、一人の男の子がいて、どうやらどんどんこちらに近づいてきているようだった。えっ、何で?

 そう思った瞬間、セザールさんが大きな声で男の子に呼びかけた。


「ただいま到着しましたー! アンドレ様ー!」


「えっ!? 兄様!?」


 よく目を凝らして見てみると、確かに兄様だった。昔は長くなかった髪は、今ではさらっとしたポニーテールに纏められていて、顔立ちも相まってパッと見は女性のようにも見えるが、数秒も見ると男性にしか見えなくなる。ゲームのアンドレとの違いは、ボクが描いたゲームの絵は人の良さそうな笑顔をしているのに対して、兄様は無表情のままであることくらいだろう。それだけでも結構印象は違うけれど、性格面はどうかと言われたら、さすがにボクにはわからなかった。

 兄様は女の子たちを決して見ることはなく、ボクの乗っている馬車までたどり着いた。その瞬間にイリスさんは入り口の前から動いた。


「アンドレ様、こちらに」


 イリスさんがそうやって兄様を促すと、兄様が馬車の入り口の前に立って、ボクを見た。そして、ゲームとは違う、心からの笑みを見せた。


「ルミア、長旅ご苦労だった。さあ、手を」


 そう言って兄様はボクに手を差し出した。ま、まさか、エスコートってやつか!? くっ、例え兄妹でも人前でやって恥ずかしいことと恥ずかしくないことがあるんだぞ! 他の女の子たちも何やら不満そうにざわついてるし。


「どうしたんだ?」


 きょとんとした表情で、兄様は首を傾げてきた。うぅ、気が進まない。でもここで断って、兄様に恥をかかせるわけにも……。ええい、どうとでもなれ!

 兄様の手を取って、ゆっくり馬車を降りて、学園内へと入る。見えないし、見たくもないけれど、たくさんの人の視線を感じる。完全に注目の的だ。今すぐに学園が爆発して全部うやむやになってしまえばいいのに……。それか今すぐこの手を放したい。そんな勇気はないが。


 ボクがそんなことを考えているとも知らず、兄様は嬉しそうにボクに笑いかけた。


「制服似合ってるな。かわいいぞ」


「……うん、ありがとう……」


 今のかわいい発言で、周りがざわざわし始めた。ボクの予想だが、学園での兄様は笑うことも少なく、女の子にかわいいなんて言ったことなんて一度もないのだろう。その証拠に、アンドレ様が……嘘……、とか、あの女何様なのかしら、とか聞き取れるだけでも色々聞こえてくる。ボク、本当に死ぬのでは?


「も、もう大丈夫だよ、兄様。そろそろ手を放しても……」


「ダメだ。ルミアはあまりこういう靴を履いたことがないだろう? 転んだりしたら大変だ」


 転ばないよ! いや、いつもスニーカー履いてたからちょっとヒールがある靴だと転ぶかもしれないけども。それよりも周りの視線が痛い。誰か助けて、と思いながら、ふと思い出して後ろを振り向くと、イリスさんとセザールさんが同時ににっこりと微笑んだ。


「それではわたくしたちは一度ここでお別れです」


「じゃあまた後でお会いしましょうねー!」


 う、裏切り者!と、心の中で叫びながら、ボクは兄様に手を引かれるまま、前へ前へと進んでいった。

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