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期限つきの片想い

 小さい頃、僕は友達がいなかった。自分で言うのもなんだけど、引っ込み思案な方だったし、話しかけられても何を話したらいいかわからなくて、馴染めなかった。


 そんな自分を変えたくて、服飾屋の副業というか、ボランティアでやっている迷子預かり所の手伝いをするようになった。一人であっちへこっちへとさ迷っている子をうちまでつれてきて、親を探すために町中に放送し続ける母さんの代わりに、その子の相手をするというものだ。

 その年くらいの子供にとっては大して難しくないものかもしれないが、僕にとってはとても大変な仕事だった。保護者の特徴を聞いたらもう話題なんてないのだ。

 僕が唯一好きなものと言ったら服だけで、でも小さい頃なんて、特に平民は自分の服装に興味がない子が多いし、他人に指図されることも嫌う。何度か試してみたけど大体そうだった。だから話は続かないし、これからもそうだと思っていた。


 僕が一番最初に学園に行こうと思った理由は、子供の暇潰しもできない自分が両親のためにほんの少しでも何か役に立ちたかったから。頭はそれほど悪い方じゃないと自負していたし、苦手なコミュニケーションをするよりもずっと楽だ。でも正直に言うと、父さんも母さんもそんなことないって言ってくれる。やめなさいと止めてくれる。だから表向きの理由が必要だった。それに好都合だったのが、貴族という名の敵だ。

 うちの服を馬鹿にされるのは嫌だったから、元々貴族は嫌いではあった。僕と出会う前のあの子だけじゃなく、他の貴族だって平民がデザインして作った服を鼻で笑っていた。理由付けするには十分な怒りだった。


 つまり僕は自分自身の嫌悪感を利用したのだ。僕が学園に行きたいと言う理由を両親の役に立つため、ではなく、馬鹿にしてくる貴族たちを見返すためだと主張した。

 父さんと母さんも僕が相当貴族を嫌っていたことを知っていたから、やってみてもいいと言ってもらえたが、それと同時に貴族ばかりの環境でやっていけるのか、と心配された。幼かった僕の決心は簡単に揺らいで、どうしようか迷ってしまった。


 そんなときにまた一人、迷子を見つけてしまった。うろうろしていたからすぐにわかった。けれど何かを考えているのか、呼びかけても返事をせず、挙げ句のはてには木登りに挑戦し始めた。ああ、思い返すと昔から変な子だったなぁ。でも、あの子が普通とはちょっと違ったおかげで、友達になりたいと思った。

 最初は男の子だと思ってしまっていたことを、実は今でも後悔している。僕が選んだ服は我ながらいい選択だったし、似合っていたけど、あの子が妹だと、女の子だと聞いてしまった瞬間から、女の子にしか見えなくなってしまっていた。そのときはもう一つの衝撃なことのせいで、戸惑いも申し訳なさも全部、憤りと、それ以上の悲しみに塗りつぶされてしまったのだけれど。まあそのおかげで、学園に行くことを迷わなくなったんだけど。


 友達と言ってくれて嬉しかったのに、友達と言われて切なさを感じるようになったのはいつからだっただろう。皆で遊ぶのは楽しかったのに、あの子が誰かと一緒にいるのを見ると、胸が痛むようになったのはいつからだっただろう。

 もしかしたら、最初からだったのかな。僕が喜びのあまり気づいていなかっただけで、心はいつも締め付けられていたのかもしれない。気づいたときにはもう、手遅れだった。


 気づく前は純粋に一緒にいる時間が楽しかっただけなのに、それ以降は苦しみも一緒についてくるようになった。あの子は誰にだって分け隔てない。彼女は僕のことをただの友達としか思っていない。その事がどうしても辛くて、悲しくて、それでも僕は僕を演じてきた。僕らしい僕であり続けた。


 伝えてしまえたら、どんなに楽だろうか。だけど僕は馬鹿じゃないし、そうはなれない。だって、わかっていたから。平民と貴族じゃ釣り合わない。

 いつの日か未来の王様は、学園を首席で卒業すれば貴族から一目置かれるというようなことを言っていたけれど、例えそれが実現したとしても、身分が違いすぎる。発言権は与えられても、資格は与えられない。だから僕は自分の気持ちに見切りをつけて、捨ててしまおうとした。


 今、それはできていない。あの子はまだ誰のものでもないと言う自分が、この気持ちを捨てさせてはくれない。むしろどんどん抑えられなくなってきている。珍しく、見た目だけはお菓子みたいに甘いお姫様がいなくて、彼女と二人だけになった瞬間に、口をついて出てしまいそうだった。ずっとずっとひた隠しにしてきた想いを、あと少しのところで押さえつけた。それなのに、


「そういえばラフィネ、昔よりもかっこよくなったね」


 そんなこと、言わないでよ。望みなんてないくせに、期待させないで。

 想いが全部溢れ出てしまいそうだった。けれど、言ってしまったら彼女を困らせてしまうだろう。そして気のいい彼女は、好きでもない男友達に、どう返したらできるだけ傷つけずにすむのかと悩むんだ。僕は彼女にそんか思いをさせたいわけじゃない。それに、この関係が僕の一方的な想いで終わってしまうのは耐えられなかった。

 だから必死に何でもない言葉を、僕らしい返し方をした。反応もいつも通りだった。これでいい。そう思った瞬間に、身体も口も勝手に動き出した。


「それを言うならさ」


 言うな、言うな。ここで止まって。お願いだから。


「うん、なに?」


 聞かないで。


「ルミアも、かわいくなったね」


 ……どうして。


 こんなのいつも通りじゃない。みるみるうちに彼女の表情は驚きに変わっていく。早く。そんなこと言うのはおかしいよって、かわいくなんてないよって、早く笑い飛ばして。そしたら僕はすぐに元の僕に戻れるから。この気持ちを、早く拒絶して。

 そう思っていたのに、なぜか彼女は僕の額に手を当てた。


「えっ」


 なんでこんなにも思わせ振りなことをするの、と言ってしまいたかったけど、なんとか飲み込んだ。


 話を聞くに、彼女は熱があるのかと勘違いしたようだ。それはそれで彼女らしい。ある意味それは案に変だと言われているようなものだし、僕が言ってほしかったことと近い。

 けれど、決定的に違うことがある。彼女は僕を変に思ったのだろうけど、その上で『心配』したのだ。ただ単に変だと言うのとでは全然違う。

 無自覚かも知れないけど、僕を拒絶したんじゃなくて、僕を理解しようとした。僕が変になった理由があると、彼女は無意識で考えたんだ、と僕は僕を肯定するように、彼女の行為をそう受け止めた。


 普通の人の言葉ではそんなこと考えないだろうに、彼女の言葉となると嫌なくらい前向きに捉えてしまう自分がいるのに気づいて、涙が出そうになった。でも黙ったままではいられない。今なら少し僕らしくない言葉を言っても、彼女は返してくれるような気がした。


「学園、楽しみだね」


 僕の言葉に彼女は間髪いれずに返してくれた。


「そうだね。三年間で、たっくさん思い出作ろう。ラフィネ」


 彼女が男物の服を着ることはなくなった。髪も肩より下までくらいには伸ばした。もうどこからどう見ても彼女は男の子には見えない。けれど、彼女の中身は全く変わっていない。昔も今も、僕にとってはかわいい女の子だ。


「うん、想い出たくさんできたらいいな」


 僕の夢を応援してくれてありがとう。僕の入試が近づくにつれて、僕よりもあたふたしてたのは面白かったけど、その分僕のことを考えてくれてるんだって嬉しかった。入試直前に不格好なお守りをくれたこと、受かったってわかったときに誰よりも喜んでくれたこと全部、忘れない、大切な想い出だから。


 君も僕も三年後には大人にならざるを得なくなる。だからこの恋も、それで終わりにしよう。僕と友達になってくれてありがとう。大好きだよ、ルミア。

 もし君が結婚するときのために、笑顔でおめでとう、って言う練習しとかないとなぁ。

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