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変わらないあなた

「あれ? セザールさん、眼鏡してたっけ」


 俺の向かいの席に座る我らがお嬢様、ルミア様が、紅茶を啜りながらそう尋ねてきた。そこに気づくとはさすがですね。

 あ、ども! セザールでっす! 今年で二十三歳の執事であり、ルミア様のお世話係でぇーす! よろしくぅ!って、俺誰に挨拶してんだ。おっかしいなぁ。ちょーっと前はこんなんじゃなかったんだけどなぁ。ま、全部ルミア様のせいだな! そういうことにしておこう。


「一昨日のことなんですけど、最近目が悪くなってきたーってイリスに話してたら、店まで引きずられていって無理やり買わされたんですよねー。ホント、強引ですよ」


「イリスさんらしいね」


 イリスさんはセザールさんに容赦ないもんね、とルミア様は楽しそうに笑っている。相変わらず快活に笑う方だ。彼女の性格面も考慮すると、単純に明るい子供というわけではないが、その笑顔に邪気はない。

 しかしこの年になっても心は成長しないって、つくづく変な子だとは思う。というかやっと身体の方が心に追いついてきたって感じ? 自分で考えててよくわかんねーけど、小さい頃から変な子だとは思っていたから、俺の考えは間違ってはいないようで。初対面の時はつまんない子供だと思ってたんだけどなー。


 あ、ちなみに今イリスはいませんよ。お仕事中でーす。まあ、あの仕事はあいつの方が楽しくやってるだろうし、俺は大人しくルミア様とお話ししてた方が気楽だ。


「いやー、それにしても、ルミア様ももう二ヶ月で学生ですか。時の流れって早いですね。身長はあんまり伸びなかったみたいですけど。ぷぷっ」


「そうだね、早いねーって、身長の話するなよ! というかせめて笑うなら隠せ! ぐぐぐ……そうやってすぐに馬鹿にしてくるんだから」


 ルミア様の身長、フランソワーズ様よりちっさいんだよなぁ。あー、かわいそう。ラフィネ様もここ数年で急に伸びたから、完全に置いていかれてんだよなぁ。もはや悲劇。

 てかなんでこんな小さいんだ、この人。すごい健康的な生活してきてたのに。そういう運命なのか? 神様っていうのは残酷だぜ。神なんて信じちゃいないけどな。生憎母君の身長を見たことがねえから遺伝かどうかもわかんねえし、ま、こっちの方が小型犬っぽくてかわいいからいっか!


 本来ならもっと伸びるはずなのに……とかぶつぶつ言ってるルミア様を放っておいて、俺は話を続けさせてもらおう。


「はいはい。でもよかったですね、無事ラフィネ様もご入学が決まったし、今も元気に制服見てますし」


「……ボク自身に決めさせくれないのはどうかと思うんだけどね」


 ラフィネ様はさらっと試験を突破し、晴れてルミア様やフランソワーズ様と一緒に学園に行くことが決定していた。とても喜ばしいことである。

 けれど、ラフィネ様の入試だっていうのにルミア様の方が慌ただしかった。これでもかってほど滑稽な姿を晒していた。今思い出しても笑えるけど、そのお陰でラフィネ様の緊張も解れただろうから、まあルミア様も役に立ったってことで勘弁してやろう。

 なんて、そもそも執事がご主人様をからかうとか、本来なら最悪打ち首もありうるんだけどなぁ。旦那様もルミア様も甘すぎるんじゃないか? その甘さに助けられている身ではあるから、深くは突っ込まないけどな。


 ちなみに女子の制服はワンピース型で統一されてはいるけれど、デザインが違ったり色が違ったりする。男子のブレザーも言わずもがな。ま、貴族ちゃんのちょっとしたおしゃれ要素だよな。なんで必要か全く理解できないが。

 そして今はそれをラフィネ様とフランソワーズ様、それとイリスが決めている最中である。ルミア様はというと、その場にいると絶対に適当に決めるからという理由で閉め出されていた。あの場で一番身分が高いはずなのに。しかもこの家の主の娘でもあるというのに、廊下に一人出されている姿はあまりにも笑える……哀愁が漂っていたので、俺が回収して今に至るというわけである。なんておもしろ……切ない状況なんだ。やっぱりルミア様がナンバーワンですね! ははは。


 どこか拗ねた様子のルミア様は置いといて、俺はケーキを食うことにしよう。ナイフとフォークを器用に使って、ケーキを口に運ぶ。んー、うまい。さすが俺。


「む、なんですか。そんなに見られても俺のケーキはあげませんよ」


「別にそんな気ないよ。ただ、セザールさんは刃物の扱い方が上手いって、ルドヴィンが言ってたのを思い出したから、見てみたんだけど」


 ……。


「やだなぁ、そんな物騒な言い方。ちょっと手先が器用なだけですって。刃物に限定したことじゃないでしょー?」


「それもそうだよね。正直ボクには見てもわかんないし。ルドヴィンが見たのがたまたま刃物持ってるときだったってだけかな」


 俺あの子の前で刃物持った覚え全然ないんだけど。強いていうならケーキ切り分けるときくらいか? それだけで刃物の扱い上手いとか言う? くっそ、完全に嵌めようとしてきてんじゃねえか。子供だと思って油断してた。


 ここだけの話、俺は元暗殺者である。元だから安心してほしい。

 そんな俺がなぜここにいるのかと言うと、辞める直前の依頼がカルティエ侯爵の暗殺だったからである。時が来たらさっさと終わらせてこんなところ出ていこうと思っていたが、うっかり今目の前にいるルミア様に絆されてしまい、その後なんやかんやあって、旦那様に全ての事情を説明し、改めてここで雇ってもらっているのだ。この事実はルミア様を初め、アンドレ様やイリス、他の使用人たちも知らない。そして俺はここで幸せに働きながら、俺の後続としてやってくる暗殺者たちを追い返す日々を過ごしていた。本当に旦那様には頭が上がらないぜ。


 しかし! 俺の平穏にヒビを入れてきた存在があった。それがルドヴィン……様、並びにエドガーである。顔は割れていないはずだったが、城のどこかに俺の名前と写真があるようだ。基本この国では暗殺者なんて野放しである。よく使われるし。俺がどういう人物だったか知った上で、もしものことがあったときのために俺のことを記して保管したのかもしれない……っていうのはどうでもいい。

 それを見て知っていたのだろう。俺の顔を見て、まずエドガーが奇声をあげた。その後、ルドヴィン……様が俺を呼び出し、上等な獲物を見つけたような笑顔で言った。


『お前のことをばらされたくなかったら、俺の言うことを一つ聞け』


 俺は泣く泣くその条件をのんだ。卑怯者!と叫びながら。その日以降、俺はエドガーに何のかは言わないが訓練をつけている。まあ今はエドガーが学園にいるから、長期休みのとき以外はやってないんだけどな! ラッキー!

 そんなことをこの前口に出してしまったせいか、ルミア様にこんなことを吹き込まれてしまうという事態に陥ってしまった。今度全力で謝罪しよう。


「あ、そうそう。ルミア様、学園に俺かイリスか、つれていきますか? まあこの二択だったらイリスでしょうけど。あー、でもルミア様って意外と一人でもできるからいらないですかねぇ」


 地味に疑問に思っていたことをルミア様にぶつけてみると、ルミア様は妙に驚いたような顔をしていた。考えてなかったのか? いっつも考えなしだからなぁ、ルミア様は。


「なーに、きょとんとした顔してるんですか? つれていく場合申請しなきゃいけないの、忘れてたんですか~?」


「忘れてないよ。うん、あのさ、つれていくのって二人じゃダメなの?」


「はい?」


「てっきり二人ともついてきてくれるものだと思ってたから。一人しかダメなの?」


 あー、もしかしてとは思ったが、知らないのかこの人。


「何人でもいいって説明にはあったでしょうが、基本つれていかないか、一人だけつれていくかが暗黙の了解なんですよ」


「そうなんだ……うーん、どうしたら……」


 そう呟きながら、ルミア様は真剣に考え込んでいた。即座に二人の内からどちらかを選ぶ様子はない。

 ……ああ、なるほど。ルミア様の中ではとっくに二人ともつれてくるのが決定してたってことか。はー、まったく、この人には敵わねえ。どっちかしか選ばないって選択肢が端からないなんて。どっちかしか選べないって言われたら、普通はどっちか選ぶだろうに。


「ま、そうは言っても何人でもいいって言われてるんで、なーんも気にせず俺もイリスもついていきましょう!」


 いいの?と聞いてくるルミア様はおずおず、と言った感じではあるが、その目には期待の色が滲んでいた。甘やかすなって、旦那様に注意されるかなぁ。でも、ついつい甘やかしちゃうのは、もう今さら仕方ないってことで。


「いいですよー! 俺らはあなたのお世話係ですから、地の果てでもルミア様についていきますよ!」


「やったー! ありがとう、セザールさん! よし、そうとなればイリスさんにも確認とらなきゃね!」


 イリスも戸惑いはするものの、二つ返事でオーケーするんだろうなー。その様子が目に浮かぶぜ。

 想像しながら紅茶を口につけると、ルミア様が、あっ、と声をあげた。なんか嫌な予感がする。


「じゃあこのお礼にセザールさんの恋愛相談にでも乗ってあげようか?」


「ぶっふぉ! げほっ、ごほっ……急に何言い出してるんですか!」


「セザールさん、わかってるよ。セザールさんはイリスさんが」


「わあああああああああ! ばっか! 聞こえたらどうするんですか!? それだから女子力ないんですよ! 男心がわかってない!」


「女子力ないのは関係ないだろ!」


 大有りですよ! 少しでも自分の女子力があるなら絶対自分に向けられた矢印にも気づけるはずですよ!

 とはさすがに言えない。俺の口から暴露してしまったら、それこそ過去もばらされ、打ち首の刑にされる。まだ俺は人生謳歌したいのだ。


 こんなんで学園生活大丈夫なのか、真面目に心配になる。なんかめんどくさいことに巻き込まれなきゃいいんだけどなぁ。そう思いながら、いまだギャーギャー騒いでいるルミア様にデコピンを一発お見舞いした。

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