目指す夢
昼食も無事終えて、全員で片付けた後で、ルドヴィンは改めて自分の夢について話し始めた。
この国を変えるために王になること。実感はないが、ルドヴィンの予測だと、このままではそう遠くない未来にこの国は滅ぶらしい。そんな大変な状況なのだと知って、背筋がぞくりとした。それだけ深刻な世界なんだ。
「とは言っても、今すぐにじゃあない。幸いなことに今の王は細い一本の線をかろうじて繋ぎ止めておくくらいの能はある。あのクソ親父が王として立っている間は大丈夫だ。問題は周りの上級貴族と次代の王候補だ。周りは自分のこと中心で、国のことを考えない無能ばかりだ。あんな奴らさっさと切り捨てればいいものを……いや、それが用意ではないのはわかっているんだが。あとオレの兄弟、もとい王位継承権のある奴らも、温室育ちで外のことなんてなぁんも知らないひよっこだ。あいつらに今の状況を打破することは不可能だ。王が変われば一年ももたず糸は切れ、全てが崩れる」
ルドヴィンの言葉に、そうだな、と声をあげたのは兄様だった。
「俺もそれについては同じことを考えていた。まだ未熟な身であるにもかかわらず、カルティエ候のご厚意から色々な問題に触れさせていただいたが、現状を鑑みるに、ここから立て直すのは至難の業だろう。彼らには荷が重すぎる」
言っていることを整理して考えると、おそらくボクが思っているよりもまずい状況だと言うことはわかる。ルドヴィンの見解ではこの国の政治家があんまりよくないってことだろうか。ボクは今この国がどんな状態なのかよく知らないし、その人たちに会ったこともないからどうなのか判断はつかない。
「さて、俺としてはそう思っているんだが、お前はこの国の未来を背負う覚悟はあるのか」
品定めするかのような兄様の質問に、ルドヴィンは顔色一つ変えずに言った。
「当然だ。それくらいの覚悟、なくてどうする」
その言葉は以前までの宣言とは違い、芯を持っているような気がした。なんとなくだけど、今のルドヴィンなら大丈夫だと感じたのだ。
「……ふむ、子供の戯れ言ではないようだな。いいだろう。俺も微力ながら協力させてもらう」
「そうか、お前がいてくれるだけで心強い」
兄様は冗談を言うな、とそっけなく返したが、決してルドヴィンの言葉は冗談ではないのだとわかった。ルドヴィンはきっと心にもないことは口に出さない人物だと思う。そうでなければ、エドガーさんがあんなにも突き放されて傷つくはずがない。まあ兄様はちょっと自分を過小評価しがちだから、そう返したのかもしれないけれど。
ほんの少しの間の後、ばつが悪そうに発言したのはラフィネだった。
「……あのさ、自分で言うのもなんだけれど、僕にはやれることなんてないと思うんだけど」
「ほう? どうしてそう思う」
「どうしてって、僕は平民だから。この国を少しでも動かす発言力も経済力もないし、正直君の夢には必要ないよね」
……確かに、精神面の支えとなることはできるけれど、実際に影響を与えるとなると、ラフィネの立場では厳しいだろうということはボクでもわかる。前世、ボクのいた世界なら、まだかろうじて一般市民にもチャンスがあったけれど、この国は絶対王政のようなものだ。一人一人の市民が声をあげたところで何も変わらない。
そんなラフィネの言葉をルドヴィンは鼻で笑って一蹴した。
「なに? おかしなことは言ってないと思うけど?」
「ははっ、なあ、ラフィネ。お前の夢はなんだった?」
「家を継ぐこと、あと、貴族を見返すこと」
「そのために通る道はなんだ」
「……学園を首席で卒業すること?」
ルドヴィンは満足げに目を細めた。どうやら首席で卒業することが大事なことのようだが、どうしてだろうか。ラフィネも首をかしげていた。
「知っているか、これまでの歴史の中で首席で卒業した平民は一人もいない。難関とされる入学試験を突破した者も含めてな。なぜだかわかるか」
「入っちゃえば家庭の事情なんて関係ないよね。全寮制らしいし。そうだな……貴族でも政治の根幹に関わるような人なら首席を目指す人も少なくないから?」
ラフィネが考えながらそう言うと、ルドヴィンは、いいや、と首を振った。
「そういう意識の高い奴も学年には数人いるから、完全に間違っちゃいないがな。だがそれだけなら平民もそれほどの信念を持つ奴もいるんだ、一概にそれだけとは言えない。事態はもっと単純で残酷だ」
「……もしかして、環境?」
「ご名答」
環境、というのはどういうことだろうか。家庭が関係ないなら学園のことなんだろうけど、生憎それが平民の首席卒業がいないのとどう繋がるのかがわからなかった。
「平民にとって周囲のほとんどが貴族っていうのは悪環境だ。馴染めず肩身の狭い思いをするのは目に見えているし」
「成績トップだと目をつけられるんでしょ? 基本的に何されても平民だから文句は言えないし、ある程度やばいことでも家の権力で揉み消される、そうだよね?」
なるほど。その辺りは前世の学校と同じようなものか。小学生、中学生は言わずもがな、高校生はもう大人だから、いじめをする人なんていないとか言われることもあるけれど、そんなことはない、らしい。友人が言っていた。高校時代は友人とほぼずっと一緒にいたから、見た覚えがない。まあ一年ももたずに高校時代は終わったんだが。
「ああ、わかっているじゃないか。だがお前に限ってはその心配がない」
「は? どうし……あ」
ラフィネはパッとボクの方を見てきた。な、何なんだろうか。ボクがなにか関係あるのか? さすがに学年の生徒に標的にされるよう、全員を挑発するのは無理だぞ。いや、ラフィネの代わりになるのは別にいいんだけど、上手く挑発できるかが問題なんだ。せめて台本作ってほしい。
そう思ってるとラフィネが怪訝そうな顔していた。
「……なんか馬鹿なこと考えてる?」
「えっ、めちゃくちゃ真面目なこと考えてる。よし、とりあえず台本作らない?」
「やっぱり馬鹿なこと考えてた」
何が馬鹿だ!こっちは自分に考えられることを自分なりに考えてるんだぞ! あからさまにため息つくな!
そんな思いの丈を言おうかと思ったが、その前にボクの考えはすぐに覆された。
「何を考えているかは知らないが、ラフィネが他の貴族の標的にならない理由はお前がいるからだ。フランソワーズ嬢もいるが、男爵家程度なら簡単に虐げられるからな。見た目はそんなだが、侯爵家のお前がいれば、ラフィネもフランソワーズ嬢もそうやすやすと手を出されることはない。お前らにとって最初の一年はアンドレもいるからなおさらだな」
「おおっ! つまりボクがラフィネとフランを守るってことだね!」
「きゃー! ルミアちゃんに守られるなんて……感激! 感激です! かわいいお姫様が王子様にもなってしまうなんて!」
「僕は不服だけどね」
二人の健やかスクールライフはボクにかかっているということだ。なんだか楽しみになってきた! 元々学校は嫌いじゃなかったんだけど、気持ち的には行きたくなかったからね。主にボクの人生終了的な意味で。でも二人と一緒にいれるとなると話は別だ。同じクラスになれるといいな、ってラフィネの入試もまだなんだから気が早いけれど。
「まあ、そんな過酷な道にも関わらず、平民が初めて首席で卒業したとなると、当然貴族からは注目を浴びることになる。そうすれば、多少の発言権なら与えられるっていう算段だ」
「……そっか、うん、そうなんだ」
ラフィネは平静を保っているように見えるけれど、喜びを隠しきれていなかった。なんでもないことのように言っていたけれど、ラフィネの性格的に自分だけ何もできないことを気にしていたのだろう。
よかったね、と伝えるために、ラフィネに笑顔でピースすると、顔を背けられてしまった。なぜ。
話が逸れたが、とルドヴィンは全員をぐるりと見渡してから話し出した。
「アンドレには卒業後から計画に加担してもらうし、エドガーには今からでも手伝ってもらうが、より危険な仕事は全員がしがらみから解放された後だ。お前ら三人が卒業したら本格的に動こうと思ってるから、まだ先のことだと気長に考えてくれていていい」
「わっ!やったっす! おれは卒業を待たずルドヴィン様に協力できるんすね! 従者冥利につきるっす!」
今にも飛び上がりそうな勢いのエドガーさんを見て、なんだか微笑ましくなった。仲良くなってくれて何よりである。
「それはいいが、お前とエドガーは何をする気なんだ? 今できることはほとんどないだろう」
「ああ、お前の言うとおりだ。だが、今の内に進めておきたいことがある。それはまあ、まだ秘密だ」
進めておきたいこと……一体なんなのだろうか。その後は他愛のないことを言い合って、暗くなる前に解散したが、帰り間際にルドヴィンが何かをラフィネに伝えていた。ラフィネがどこか嬉しそうにしていたので、悪いことではないだろうけれど。
ルドヴィンは何をする予定なのだろうか。何かはわからないが、とにかく彼のすることがうまくいくようにと願いながら、兄様と帰路についた。




