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只今作戦考え中

 何回話しかけに言っても兄様の態度は変わらないまま数日経ってしまった。流石に何度も運動で頭を切り替えるのは疲れるし、何回頭を空っぽにしてもなにも思い付かない。それに今日は雨だから外で走り回ることもできない。そこで、だ。


「今日集まってもらったのは会議のためです」


 集まって貰ったと言ってももちろんイリスさんとセザールさんとボクの三人だし、会議と言ってもボクの部屋だ。そもそも今遊びの時間だから毎日集まってるようなものなのだけど、まあ雰囲気作りみたいなものだ。

 あまりにも兄様との関係に進展がないので二人にも意見を聞かせてほしいと言ったところ快く了承してくれた。できれば自分だけで解決したい問題ではあったが、もはやボクの浅知恵ではボクの人生終了までこのままかもしれないので、力を借りることにしたのだった。


「どうか二人の意見をお聞かせください」


「じゃあ、はい!」


 すぐに元気よく手を挙げたのはセザールさんだった。セザールさんは普段は能天気というか、自由奔放な人だけど、実は頭がいいし鋭い。何かヒントをくれるかもしれない。


「セザールさん、どうぞ」


「はい、実は前々から考えてたんですけど……」


 真剣な面持ちでセザールさんは語り始めた。前々からなんて、ずっとボクと兄様のことを何とかしようと考えていてくれたのだろうか。なんてできた人なんだ。たまに突然廊下を逆立ちで歩き出すのを見て、この人とんでもなくヤバイ人だなと思っててごめんなさい。よく考えたら逆立ちであんなに歩けるのってそうそうできることじゃないのにドン引きしててごめんなさい。


「前々から考えてくれてたんですか……」


「そうです! 前々から考えてたんですけど、その丁寧な話し方やめてください」


「えっ」


 えっ、今なんて言ったの。ボクの話し方の話した? 兄様の話ではなく?


「ほら、ルミア様が以前と変わり、お嬢様度が下が……活発に行動なされるようになりましたよね?」


「……はい、そうですね」


 一瞬お嬢様度が下がったって言わなかったか、この人。もうほぼ言ったも同然だったのに言い換えたのは優しさなのだろうか、それともわざとなのだろうか。とりあえず止めずに話を聞いてみてあげよう。


「その変わりように我々使用人どもはルミア様により一層好意を示し、親密な間柄となり、今ではまるで身内のようにさえ思っております。かく言う俺も最近では結構も砕けた話し方をするようになりました」


「セザールは特にね」


 イリスさんの言うとおり以前までが嘘だったのではないかと思うほど、ボクへの態度が馴れ馴れしくなったのはセザールさんだけである。他の使用人さんはもうちょっとボクに配慮してくれる。確かにイリスさんとセザールさんは他の使用人さんよりも仲がいいと思っているが、セザールさんの対応はもはやボクのことをお嬢様だと思ってない。本当に親戚の子供を相手にするかのような感じである。まあボクがお嬢様らしくないのは事実だし、その方が気楽でいいと言えばいいのだけれど。


「で・す・が、ルミア様は使用人にそんな変化をもたらしたにも拘わらず! 使用人に対して敬語を崩さず、全員をさん付けで呼ぶ始末。これは由々しき事態ですよ」


「ええ……」


 何が由々しき事態なんだ。むしろ敬語にさん付けってお嬢様っぽいだろ。確かに皆が思うボクのイメージとはもうずれちゃってるとは思うけど、まさかこんなことを指摘されるとは思ってもみなかった。


「そんなこと言われても皆はぼ……私より年上ですから」


「ほら! 今、ボクって言いかけましたよね。ルミア様が自分のことボクって言うの俺たち知ってますから。無理して私なんて言わなくていいですから」


「髪を切ってほしいと頼みにいらっしゃったときははっきりボクとおっしゃられていましたよね」


 うぐっ。あれからせめてものお嬢様らしさ、というよりは女の子らしさを残しておいた一人称が、まさかダメ出しされるなんて。今のボクから一人称をとったらどこに女の子らしさが残るんだ、いや、残らない。


「で、でもほら、一応貴族令嬢なのでそれくらいは……」


 ボクがそう答えると勢いよくセザールは立ち上がって、ボクに強く主張してくる。


「そんなのいいんですよ、まだ幼い女の子にそんなこと求めてません! 俺たちはありのままのルミア様に付き従いたいんですよ!」


 セザールさんがそう言うとイリスさんも同様に席を立って、ボクをまっすぐ見た。


「そうです。わたくしもこのままではルミア様に一線を引かれているようで切ないのです。どうしても、改めてはいただけないでしょうか」


 うぅ……そんな捨てられた子犬のような目でそんなこと言われたら……。うん、そうだよね。二人がこんなにもボクにそれを求めてくれているのなら、それに応えるのが道理と言うものだ。ボクには彼らの厚意を無下にはできない。


「……わかった。そこまで言うのならボクもお言葉に甘えて、こういう話し方にさせてもらうよ」


「ルミア様!」


 二人は歓喜の表情でボクを見た。そこまで喜ばれると逆に照れくさいのだけれど、それよりも二人のその笑顔が嬉しかった。


「でもさん付けはお願いだからさせてほしい。皆への敬意を聞いて伝わる形で示したいんだ」


「ルミア様……、そうですね。ルミア様がそうおっしゃるのなら無理強いはいたしません。一つ願いを聞き入れていただけただけで、大変嬉しく存じます」


 イリスさん……、やっぱり思慮深くて寛大だ。セザールさんは不服そうな顔をしていたが、さん付けは死守させてもらおう。ボクにとっては年上を呼び捨てするのってかなり抵抗があるから。前世で中学時代、運動部に所属していた名残だろうか。

 ……まあそれはそれとして。


「で、話を戻してもいいかな」


「「あっ、はい」」


 二人は大人しく席に着いた。ボク的には感動のワンシーンだったがそもそも本題が違う。一瞬忘れかけてたけれど修正しなくては。


「それでは一つ、発言してもよろしいですか」


 そう言って手を挙げたのはイリスさんだ。イリスさんは普段から真摯な人だし、さっきのセザールさんのようなことはないだろう。


「じゃあイリスさん、どうぞ」


「はい、実はわたくし、最近ルミア様を見ていると思うのです」


「え、ボクを……?」


 なんだか雲行きが怪しくなってきたような……、いや、イリスさんに限ってそんなことあるはずが……。


「ルミア様、午後はずっと外で運動なさっているからだと思うのですが、日焼けしてきているように感じます。御髪の色とも相まって大変お似合いだと思いますが、旦那様が見たら卒倒なさるかもしれませんのでお気をつけ下さい」


「髪切ったときも倒れかけてたもんなー、さらに変わってしまった姿を見てしまったら流石に寝込むかもしれない」


「もう! 今その話はいいんだよ!」


 ボクも薄々気づいてたよ、日に日に肌黒くなってきてきてるなって! でもこの世界日焼け止めなんてないし、晴れの日は外に出て遊びたいのだ。日焼けするのが嫌なわけでもないし、そんなに気にしてもいないのだけれど、問題は父様だ。

 父様は忙しいから数日に一回会えるかどうかなんだけど、以前のお嬢様然とした時とのギャップもあってか、急に男の子のような姿をし始めた娘の姿を見て、冗談抜きで倒れかけたのだ。というより一回倒れた。意識までは失わなかったけど。さらに日焼けという増された少年感を見たら、本当に数日意識を失ってしまうかもしれない。それについては今度会ったとき謝られなければ。謝る前に倒れる可能性があるけど。


「今はそういう話じゃなくて! ボクと兄様の関係をどう動かすかについて助言してほしいんだよ!」


 そう、今はそっちが本題だ。ボクの話し方やら日焼けやらの話をしたい訳じゃないんだ。目的はボクと兄様の関係の改善である。そのためにここで会議……のようなものを開いてるんだ。この時間は無駄にはできない。


 ボクが叫ぶように訴えた後、すぐにセザールさんは、はいっ、と手を挙げた。


「ルミア様、俺から一つ提案があります」


「提案?」


 また何か突拍子もないことを言うのかと思ったけど、どうやら今回はさっきまでのような本題と関係のない話ではないようだ。どことなくしゃきっとした態度のセザールさんの提案にボクは耳を傾けた。


「ようするにルミア様はアンドレ様と気兼ねなくお話ができる仲になりたいってことですよね?」


「うん、そうなれれば一番だけど……」


 兄様と庭で仲良く話をする情景を思い浮かべた。二人とも他愛のない話で盛り上がって、笑い合う。それがボクの理想だ。でもそれを可能にする方法があるのだろうか。


「なら大丈夫ですよ、ルミア様の得意分野ですから! 俺とイリスもちゃーんと、協力しますよ」


 そう言ってセザールさんはボクとイリスさんに彼の考えた提案を話した。存外シンプルだったそれは、ストンとボクの中に落ちてきて、成功するかもしれないという期待に胸を膨らませた。イリスさんも感心した表情だったし、セザールさんはドヤ顔だった。


 ボクたちは話し合って、セザールさんの提案を早速明日、この時間に決行することにした。

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