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本当に大切なものは

 ありえないだろうと思っていたエドガーさんの予想が的中してしまったがために、今こうしてボクは走っている。まさか本当にこうなるとは。エドガーさん予言者とかじゃないのか。まあそれは置いておこう。


 わかってはいたが、やはり足速いな。兄様ほどではないけれど、今のボクではついていくのがやっとだ。この館が複雑な構造をしていなくてよかった。もし曲がりくねった廊下だったらおそらく見失っていた。だが距離を詰めることもできていないので、これといって進展はしていない。

 どうしようかな。行き先がわからないから先回りという手は使えない、というかそもそもボクはこの館の部屋の位置を完璧に把握しているわけではないから、元から使えない。こんなときは……いけるか?


「ごめん! エドガーさん!」


 ボクは手に持っていた、エドガーさんにとってはボクの半身とも言うべきメランポジウムの造花を、ルドヴィンの足下に向かって投げた。ボクの投擲技術は日頃から鍛えられているので、見事ルドヴィンを躓かせることに成功。すかさず勢いをつけて滑り込み、ルドヴィンの腕を掴んだ。ありがとう、イリスさん、セザールさん。教えてもらったことを無駄にはしなかったよ。


「よし、捕まえたぞ! ルドヴィ、ン」


 そう言ってルドヴィンの顔を覗きこむと、予想外にもルドヴィンは涙を流していて、思わず手を離しそうになってしまった。それはいけない。ここで離したらまた逃げてしまうだろう。だけどどうして泣いてるんだ?


「……っ離せ」


 ルドヴィンが振りほどこうとして動くが、力が入っていなくて、振りほどかれることはなかった。今までは自分を隠したような姿しか見たことがなかったから、こんなに弱々しいルドヴィンを見るのは痛々しかった。

 やはりエドガーさんとの会話で何か思うところがあったんだろうか。二人の間に何があったのかなんて全く知るよしもないので、率直に聞いていくしかない。


「ううんと、さっきの話はルドヴィンもエドガーさんもお互いが大好きだからこそすれ違ってるって話でよかった?」


「……は?」


 あれ? 違うんだろうか。よくわからないところもあったが、聞いていた限りはそんな風に聞こえたんだけれど。


「どこにオレがエドガー大好きって言ってる部分があった。勝手な解釈をするな」


「え? でもエドガーさんが、護られてる、とか、自分だけきれいなまま、とか言ってたから、てっきりエドガーさんが大切だからそうしてるのかと思って」


 確かにルドヴィン自身は言っていないが、エドガーさんは以前にもそんなようなことを言っていたし、普通相手のことが嫌いなら護らないと思う。少なくともルドヴィンはそんな善人には見えない。だからこそそう感じたんだけど。


「うーん、でもどうして護られるとかきれいなままとかが、夢の一員にしてくれないとか頼ってくれないとかの言葉が一緒に語られたのかが全然わからないんだけどね。基本的に大好きだったら夢の一員として頼るものだと思うんだけど、ルドヴィンの場合違うの?」


 あ、でもエドガーさんは護られることやきれいなままってことに不満を抱いているんだっけ。そもそもきれいなままってどういうことだ? なんか頭がこんがらがってきたなぁ。


「……なんだ。エドガーから何も聞いていないのか。すぐに飛び出してきたから聞いているものかと思っていたが」


「うん、全く聞いてないね」


 ただシミュレーションの時にエドガーさんに、何度も言われたことを実行しただけである。君たちの事情は何一つわかってない。

 ボクの言っていることが本当だとわかったのか、ルドヴィンは諦めが混じったようなため息をついた。


「全部夢の話だ。あいつは結局のところ、どうしてオレの夢に関与させてくれないのか、と訴えてきていた」


「そうなの? じゃあ夢ってなに?」


 軽く聞くと、ルドヴィンは顔をしかめた。露骨に嫌そうである。気軽に聞いちゃダメなことだったのか? でも気になるし……。うん、やっぱり少しくらいは話を聞いておかなきゃね!


「教えて教えて!」


「露骨に拒否されておいて引き下がらないのか、お前。まあいいだろう。それにいつも言っていることだ」


 いつも言っていること? ルドヴィンって何か言ってたっけ。夢っぽいことって……うーん、わからないなぁ。


「そのアホ面、お前何も考えついてないな。ああ、いや悪いな。元々アホ面だったか」


「アホ面してないし、元々でもないわ!」


 何も考えついてないから反論はできないけどね! 少なくともアホ面はしていないはずだ。あの部屋に戻って全員に聞いたら全員アホ面じゃないって言うぞ! ……いや、ラフィネは言うか。エドガーさんも悪のりして言うかもしれない。……五分五分じゃないか。


「……王になることだ。初対面の時にも言っただろう」


「え、あ、あ、ああ~! えっ、もう王になるの確定してるんじゃないの!?」


「は?」


「え?」


 ……どうやらお互いの話に食い違いがあったらしい。

 ルドヴィンの話を聞くところによると、おそらく次期王は、ルドヴィンのお兄さんで、その人がならなかったとしても、お姉さんが女王となることでほぼ確定しているらしい。なるほど、基本的に兄弟でも下の子にはチャンスはないようなものなのか。

 一方ボクはルドヴィンがもう王になることが確定しているからああいう風に名乗っていたのだと思っていた。完全に勘違いである。ゲームをやっていない弊害がこんなところでくるとは思いもしなかった。


「……そういうわけで、オレはこの国の改変のために、王になりたいと言っているんだ。わかったか」


「うん、あ、だからラフィネと少し似てるって言ってたのか! どっちも大きな夢だもんね!」


 ボクが思ったことを口にすると、ルドヴィンは不思議そうな顔でボクを見ていた。何でだ。何かおかしなこと言ってるだろうか。交流会での言葉はこういう意味じゃなかったのか。

 ボクが内心焦っていると、ルドヴィンはいつもより低い声で言った。


「無茶だとは思わないのか、お前は」


「え? 全然思わないけど」


 まあ王のなり方なんてわからないから、無責任な言葉だとは思うけれど、ありえないという夢ではないように思える。


「だってルドヴィンは王家の血を引いてるんでしょ? ならルドヴィンにもその資格はあるってことじゃん。よくは知らないけど、厳しい道だとしても可能性がゼロってわけではないし、無茶ってことはないと思うけど。あ、こういうのってある程度の力を持った貴族の家から進言するってことはできるのかな。父様や兄様に相談してみないとだけど、そういうことができるならちょっとは役に立てるね」


「お前……本気で言ってるのか。それに手助けなんてしたら、失敗したときお前の家の立場が」


「あのさ、素直に夢を追いかける人の手助けをしたいと思うことは普通のことでしょ。逆に君は本気じゃないの?」


 はっ、しまった。いつものルドヴィンらしくなく、自分に自信がないようなことを言ってくるから、口をついて出てしまった。意識してなかったけどルドヴィンって王族なんだし、機嫌を損ねたら実刑もありうるのでは。そんな、ボクの八十年生存計画が……。

 そんなことを考えて、多少のフォローをするべく、ルドヴィンの顔を見ると、いつものどこか不自然で、張りつけたようなものではない、自然な笑顔がそこにはあった。


「ああ、ああ、本気だ。オレはあの頃からずっと本気だった。あいつはあれからずっとオレを肯定しようとしてくれていたのに、その優しさから目を背けていたのはオレの方だったな」


 その声は無数に刺さっていたトゲが全て抜かれたかのように優しいものだった。なんだ、こんな顔や声もできるのか。変人って、一体誰が言い出したんだろう。ちゃんと年相応の少年じゃないか。


「エドガーには悪いことをしていたな。謝らなければ」


「おっ、よーし、なら一緒に行こうか」


「お、い、ちょっと待て!」


 ボクはルドヴィンの手を引いて、皆のいる部屋へと走り出した。いきなりではあったがそこはさすがと言ったところか、ルドヴィンはしっかりとした足取りでボクの走りについてきた。ボクはルドヴィンともちゃんと仲良くなれたようだ。そう思うと、いつもより速く走れるような気がした。

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