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昔日

 昔々、とある貧民街で一人の少年が生まれました。うん、まあおれっすよね。でもあの頃はおれの名前なんてなかったんで、少年と形容するしかないんすよねぇ。あ、話が逸れたっすね。いけないいけない。


 その少年は物心ついたときには母を亡くしていました。父親と二人暮らしで、その父も最初からなのか母が亡くなってからなのかはわかりませんが、いつも飲んだくれていて、やれ酒をとってこいだ、タバコをとってこいだと、よく少年に暴力をふるいました。そのせいか少年はいつも飢餓と痛みに耐えながら生活をしていましたが、それに全く疑問を抱きませんでした。なんたって幼少の頃からなんで、それが普通だと思ってたんすねぇ。今となっては懐かしいっすわ。ま、このあたりはどうでもいいところっすね。


 少年は毎日飢えに飢えておりましたが、そんな少年の趣味が植物を育てることでした。日陰で健気に生きている花に、自分の飲み水を与えたりすることで、ほんの少しでも長生きをしてくれることが嬉しかったのです。

 それに時には食料にもなってくれるので植物は感謝してもしきれない存在だったっす。これで父には精一杯かき集めてきた物を渡して、さらに自分も飢えを凌ぐことができたので、もう本当、植物万歳!って感じだったっすね。


 で、その日も少年は父が寝ている間に花の水やりをして過ごしていました。すると、知らない内に近くに貧民街ではとても見ることがないであろう、高貴な身なりをした人物が立っていました。少年は大変驚いた上に、正常な思考が働かなかったので、その人物を花の妖精さんだと思ってしまいました。……本当の話っすからね。百パーセント真面目な話っす。

 なので最終的に、少年は自分も植物の国へとつれていってもらえるという風に解釈しました。小さな花を育てたという気持ちが評価されたのか、それとも花を食べたことにより罰せられるのかはわかりませんでしたが、少なくとも今の暮らしよりはいいと考えたからです。


『おれをどこへでもつれていってください』


 少年はその人物にそう言いました。ですが、少年の声は掠れていて、その人物に届いたかどうかもわからないほどでした。そして少年は体力も限界だったため、そこで意識を手放してしまいました。ここまでが導入っす。


 ここからが本題っす。少年が次に目を覚ましたのは、なんとふかふかのお布団の中でした。普段ならあり得ないことですが、少年は倒れる前のことを思い出して、ここが植物の国かと納得してしまいました。

 ふと近くにあった机を見るとそこには温かそうなスープが! スープの近くには、お食べください、と一言だけ書かれた紙切れがありました。……まあ当時文字なんて読めなかったので、少年は都合の良いようにとらえたのですが、ますます少年は妖精さんのしてくれたことだと信じ込みました。遠慮なく口をつけたスープのなんと美味しいことか! あっという間に平らげてしまうと、どこからともなく、意識を手放す前に出会った人物が目の前に現れました。


『食べたな』


 咄嗟のことですぐには反応ができませんでしたが、少年は少々間を置いて声を出すことに成功しました。


『妖精さん、ありがとうございます!』


 そう勢いよく言ったつもりでしたが、しばらくの間使われることのなかった自身の声は、やはり掠れていて、思っていた通りの大きな声は出せていませんでした。

 そんな少年を見てその人物は張りつけた笑みを崩して、真顔になりました。あれって最初見たときはわかりにくいんすけど心配してる顔なんすよね。今ではどの表情見せられてもその時の心境が大まかに言い当てれる気がするっす。いやあ、おれも慣れたもんっすね。


『無理に声を出すな。今からはオレの質問のみに答えろ』


 少年は何か思ってた妖精さんと違うな、とは思いましたが、妖精さんがそう言うのでこくこくと頷きました。というか妖精さんに見間違えたおれも悪いっすけど、王とか兄弟たちに似ず整った顔してる向こうも悪いと思うっす! あれじゃ普通同じ人間だとは思わないっすよね!


『お前の名前は何だ』


 そう質問されて、少年は困ってしまいました。物心ついたときから少年は名前なんてものを呼ばれたことはありませんでした。少し迷ったあげく、少年はただふるふると首をふりました。


『名前がないのか。そうだな……』


 その人物は少し考え込んだ後、机に置いてあった紙切れに何かを書いて、少年に渡しました。


『どうせそれも読めていなかったんだろ? いいか。お前の名前は今日からエドガー・スーブニールだ。復唱してみろ』


 少年は、えどがあ、すうぶにいる、と聞き慣れない自分の言葉を言われるがままに言ってました。そうすると、どういう理由でつけられたのかはわからないけれど、不思議とすんなり自分の中にそれが落ちてきたように感じました。


『間抜けな言い方だな。オレの名前はルドヴィン・アランヴェール。一応、この国の王子だ』


 一瞬、何を言われているのかわかりませんでしたが、時間をかけて中身のない頭で考えた後、やっとのことで彼が花の妖精さんではないことがわかりました。

 そう思い至ると同時に、少年の身体は震え始めました。父に口答えするなと何度も言われてきた少年には、人間との話し方がわからなかったのです。植物に対してはただ一方的に話しているだけでしたから、自分の言葉に返答があるというのがどうにも怖かったのです。


『そう怯えるな。王子と言えど、何をやっても評価されない落ちこぼれなんだからな。だが、お前に読み書きを教えてやることくらいはしてやれる。そうだな、エドガー、好きなものはあるか』


 そう言った彼の声は優しくて柔らかくて、安心させることに必死なような、そんな声でした。ですから少年は、自然とその口から、おはな、と言葉が出てきていました。


『花か。こういうのは好きなものから吸収していく方が早く覚えれるからな。植物図鑑でも調達してくるか』


 彼の顔は自然に出てきた笑顔だと、出会ってばかりだったのに、なぜだかそう思いました。それが初めて見た彼の笑顔でした。


 そして彼は、ルドヴィン様はおれを自らの従者として傍に置いてくれるようになりました。あるときは文字を教わり、あるときは身体を動かさせられたり、またあるときは自ら食事を作って持ってきてくれました。

 ああ見えてルドヴィン様ってお料理が上手いんすよ。でもきっとあの方の料理を食べたことがあるのはおれ一人だけなんで、ちょっとした自慢っすね。

 まあこんな風にして、この広いお屋敷で過ごしました。


 そんなある日、ルドヴィン様はふと、おれに言いました。それは彼の壮大な、でも無謀な夢でした。


『エドガー、オレは王になりたい。この国の王になって、恵まれない者たちに仕事を与え、無意味に平民を侮辱する貴族たちに制裁を下す。外交もうまくいっていないし、そもそも使う人材が間違ってるんだ。地位が高いからといって無能ばかり……つまりは、この国を大きく改変したいんだ。そうしなければ近い内に、私利私欲だけを求め、民を省みないこの国は、民によって、あるいは他国によって滅ぼされる。……できると、思うか』


 思えばあれがルドヴィン様に頼られた、最初で最後のことでした。ルドヴィン様は例え無謀でも、この国の将来を見据えて、その夢を掲げました。ですがその時のおれはその言葉を聞いた瞬間に、無理だ、と思ってしまいました。それが顔に出て、ルドヴィン様にも伝わってしまったんでしょう、ルドヴィン様は努めて平静に振る舞いながら、おれを見ずに、そうだな、と一言呟きました。


 それからというものの、ルドヴィン様は以前と変わらず接してくれましたが、おれに暗に否定された夢の下準備を、たった一人でするようになりました。人に名乗るときも、自分は王になると、嗤われてもなお言いました。その時になって初めて、おれは彼を独りにしてしまったんだと気づきました。


 おれはひどく後悔をしました。それと同時に、出会った頃から好きだった彼の下から、いっそう離れたくなくなりました。今度こそ彼を独りにしまいと。

 けれど、おそらく一人で行動する内に、彼が思っていた以上につらく、危険なことだとわかったのでしょう。おれがいくら夢の手助けをしたいと言っても、彼は拒絶するようになりました。後悔してももう遅いんだとわかって、おれは以前に増して、他人の前では声が出しづらくなってしまい、そのまま約二年、経ってしまいました。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「そんな時、ルミちゃんと出会って、話せるようになって、元々思いの丈を打ち明けるのは苦手でしたから、他に友達がほしいという体で、ルドヴィン様にぶつけてみたんすけど……この有り様ってことっす」


 話し終わると全員微妙な顔していたっす。どういう表情なんすかね、それ。なんと言っていいか全然わかんないっす。


「……本当に王子だったんだ、知らなかった」


 ラフィー!? 驚いてるところそこなんすか!? 今の今までルドヴィン様を何だと思ってたんすかね。態度は大きいんで貴族だとは思ってたと思うっすけど。


「何だか思っていたよりも壮大な夢でしたね。まあルドヴィン様なら世界征服が夢とか言われても、納得してしまいそうではありますけど……」


 フランさんもルドヴィン様のこと何だと思ってるんすか! もう! ルドヴィン様は世界征服なんて魔王みたいなこと絶対……しそうではあるっすね。おれもそんな風に思ってるっす。基本的に自分にとって楽しいと思うことは全部やりたーい!ってタイプっすからね。多分あれは素っすよ。


「なるほど、それで……そういえばルミアにもこの話はしてあるんだな? すぐに飛び出していったからな」


「いやぁ、それが全く話してないんすわ」


 いやーん、アンくんが飽きれ顔っす~! いやいや、時間がなかったってのもあるし、ルミちゃんってこういう話聞かない方がうまくいく気がするっていうか……ね。それにルミちゃん、こういう展開になったらルドヴィン様を追いかけてほしいって言ったら、何も聞かずに承諾するんすもん! 逆に言いにくいっす。


「まあ大丈夫っすよ! きっとルミちゃんなら何とかしてくれるって信じてるっす!」


 他力本願なのはおれにも気になるところではあるっすけど、一度拒んだおれじゃもうできないことだと思いますから。任せたっすよ、ルミちゃん。どうか、ルドヴィン様の心を、こじ開けてくれますように。

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