暴露式中盤戦
「さて、このままの勢いで行かせてもらっていいっすかね!」
「……まあ、いいよ」
へへっ、もう醜態は晒したようなもんっすから、完全に吹っ切れたっすよ。例えどんなに困惑と呆れが入り交じった目で見られても全然平気っすからね。本当に。いやちょっとは平気じゃないかもっすけど、平気っすよ。
「へい、ルミちゃん! 花束くださいっす!」
「はい、どうぞ」
んーと、よしよし、合ってるっす。おれのかわいいかわいい造花ちゃんっすね。ルミちゃんのことだから花束間違えそうだと思ってたけど、杞憂だったっすね。自分で頼んどいてなんですけど、すっげー疑ってたっす。すみませんっす。
「悪いけど僕は花の名前なんてわからないからね」
「だいじょーぶっすよ! ラフィー! 元々説明するつもりだったっすからね!」
「あ、うん、ありが……え? 今なんて呼んだ?」
考えていた名前をさりげなく呼んだはずなのに気づかれているっす。まあとりあえずスルーっすね。フランさんに嬉しい言葉をかけてもらえた今のおれには、怖いものなしっすから。ラフィーにも友達になってもらえるよう、全力で花の説明するっすよ。フランさんのときも名前からいこうと思ってたらもう知ってたみたいでしたけど、そっちはそっちで結果オーライだったっすからね。
「この花はペンタスっす。全部ペンタスっすよ! おれの超大作っす」
「ペンタスね。聞いたことはないけど、何だか花弁一枚一枚が星みたいな形してるんだね」
「そうなんすよ! そこがポイントなんす!」
急にずいっと近づいたせいか、ラフィーはひきつった表情をしたっす。もー、すぐそういう顔する子っすね、ラフィーは。でもこれを人間だと思ったら負けっす。小さい星の集合体のようなペンタスだと思って接すれば、何の躊躇いもないっすね。
「この花、たくさんの星が集まったみたいに咲いてるんすよ。ラフィーは叶えたい夢があるんすよね。だから人柄で選ぶよりも夢の応援という形で選ばせてもらったっす」
「夢の応援?」
「星と言ったら流れ星っすよ。流れ星にお願い事をしたら叶うっていうっすよね」
「僕はそんなのに頼る気ないよ。所詮は自分の実力で何とかするものでしょ」
まあそういうタイプだとは思ってたっす。わかってるっすよ。ですが、おれもそれを考慮した上であえてこの花を選んでるんす。おれのチョイスに抜かりはありませんからね!
「ちゃーんとわかってるっすよ! だから、これは応援っす。お守りみたいなもんです」
「お守りって……ただの花じゃん」
「そんなことないっす! 花を侮ってはいけないっすよ! 花は心に安らぎをもたらして、不安や負担を軽くしてくれるっす。さらにそれを裏付けする花言葉があるんすから。ペンタスの場合は希望がかなう。その見た目と同様に、その人の願いの後押しをしてくれるっす。さらにこの花はおれが一輪ずつ、ラフィーへの気持ちを込めて作ったんすからね。思いの強さだけは負けないっすよ! 確かにラフィーの言うとおり、夢っていうのは自分で叶えるものだとは思うっす。だけどね、人に応援されない夢って、寂しいと思うんす。だからこれはおれのエゴみたいなものっすよ。おれが勝手に応援して、勝手にお守り押し付けてるだけっすよ。でもラフィーの夢が叶う度に、おれに思いの分だけめいっぱい喜ばせてほしいっす!」
はっ、おれってやつは、また長々と語ってしまったっす。でもおれの本当の気持ちを言葉にできたはずっす。おれ自身には夢なんて大層なものはないけれど、大切な人が本気でそれを叶えたいと思っているなら、その支えにはなってあげたいんすよ。周りからいくら反感を買っていたとしても。……あんたにも届いてるといいんすけどね。
おっと、意識と視線が別の方向に行ってしまうところだったっす。危ない、危ない。今はラフィーのターンなんすからね。ラフィーはおれの言葉に心を動かしてくれたのか、おずおずと手を出してきたっす。おっ、花束を受け取ってくれる気になったんすね。感激っす!
「大切にしてあげてくださいっす!」
よかったっすね、ペンタス! ラフィーと共に幸せになるんすよ!
「うん。ありがと、エドガー」
「あはは、素直なラフィーはかわいいっすね!」
「うるっさい、僕が試験落ちたらエドガーのせいにするからね」
「ひどっ」
うおお、がんばれおれの気持ち~! ここでラフィーの希望を叶えられなかったら一生恨まれるっすよ~! まあ受かったらそれはラフィーの実力なので、おれの気持ちは一割未満くらいしか役に足ってないと思うんすけどね。でも落ちたらおれのせい、受かったらラフィーの努力の成果とすると……うん、そうしておいた方がラフィーの気は楽っすよね! 役に立ててる気がするっす!
「さて! あ、ん、ど、れ、さ、ま~」
「ああ、来ると良い。エドガー」
うぐっ、無表情で言われると逆に軽く行きにくいっすね。色んな人が近寄りがたいっていう気持ちを今痛感してるっす。顔がきれいなのも相まって、より高潔な雰囲気が漂っている。色んな意味で怖い。
「僭越ながらアンくんと呼ばせてもらってもいいでしょうか」
「アンくん……そう呼ばれたのは初めてで新鮮だな。いいぞ。だが、さっきまでのように軽く話してくれていいんだが」
おおう、そうっすよね。思わず敬語になってたっす。目の前に立つと迫力がやばくて無意識の内にこうなってたっす。
ルミちゃんから渡された花束はきちんとアンくん用のものだったっす。他の人の花束は一種類ですけど、アンくんの花束だけは一種類の花だけで構成された花束ではない。
「随分と多いな? サルビアやガーベラ、ハナミズキに……」
「アンスリウム、イキシア、そしてオキナグサっす!」
やっぱりアンくんはこういうのも知ってるんすね。知らないことなんてないように思えるっす。おそらく生まれもった才能に本人の並々ならぬ努力が合わさった結果っすね。花に重ねるまでもなく人外のような気がするっす。
「そうだな。だがどうしてこんなにもあるんだ?」
「それはですね……実はアンくんに関しては最初、パイナップルで済ませようと思ってたんす」
「パイナップル、花言葉は完全無欠だったか」
「はい。正直アンくんの話を人伝に聞いただけでそれだと決めつけてたんですわ」
ルミちゃんに聞いても、アンくんの噂を聞いても、アンくんの話に必ずついてくる言葉は『完璧』の二文字だったっす。何度か顔を合わせてもその一つ一つの所作はまさに完璧で、おれもそう思い込んでいたっす。だけどそうじゃないすよね。
「アンくんは他人から完璧と思われるほどの立ち振舞いっすけど、先日の話を聞いてアンくんでも最初から完璧じゃないんだって理解したっす。アンくんは大切な者のためにそれ相応の、いや、それ以上の努力をしてるんでしょう。それからは完璧という言葉以外にアンくんを表せる花を、花言葉重視で探したんす。知恵、前進、返礼、熱心、誇り高い、そして、何も求めない。思いついたらたくさんの花で溢れかえってました。その全てをアンくんに贈りたくて、こんな花束になっちゃったんすよね」
アンくんの素晴らしさを完璧という一言だけで表すのはもったいないっす。アンくんは完璧を目指していると言っていたっすけど、一概に完璧というのではなく、色々な良さを持っていてこそ個というものが完成すると思ったっす。うーん、伝わったっすかね。
「……そうか。お前は意外と人をよく見ているんだな」
「へへっ、そうっすかねぇ。その自信はあるっすけど、実際こういうのって距離が近すぎない方が気づきやすいと思うんすよね。まあ遠すぎてその人の本質を見ようとしない場合も気づかないと思うっすけど」
「そういうものか?」
「そういうものっすよ」
アンくんは心なしか安心したような表情で花束をを受け取ってくれたっす。……何でっすかね。
まあそれはさておき。ここまで無事に来れたと思うっすけど、とうとう最後っすか。その人の方を向くと、いつもの作ったのか自然なのかわからないような笑みをしていて、やっぱり一筋縄ではいかなさそうな気がするっす。
「じゃあ始めてもらおうか? エドガー」
「……はい、了解っすよ。ルドヴィン様」
ルミちゃんから受け取ったひまわりの花束が、ルドヴィン様の笑顔のように揺れた気がしたのは、気のせいっすよね……。




