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本番前の段取り

 あの日から約一週間後にエドガーさんから連絡があり、ボクはラフィネやフランにあやふやな説明をして、半ば強引にルドヴィンの館にまでつれてきていた。一方兄様はすんなりついてきてくれた。兄様に関してはいっそ、うまくいきすぎていて怖い。いつもはもうちょっと疑い深いと思うんだが。ルドヴィンとの間でどういう話があったんだ。

 そういえば正直何の意味があったのかよくわからなかった手書きの招待状が、やっと役に立つ瞬間がきた。いつもルドヴィンにつれられて入っていたから確認されなかっただけで、普通はされるもののようだ。初めてエドガーさん以外の使用人さんをここで見た。一枚の招待状につき、名前が書かれている本人と、もう一人同行者に入場券が与えられるらしいので、難なく突破できた。便利だな、招待状。めんどくさいからって置いてこなくてよかった。


 慣れない道にふらつくフランを支えながら玄関まで行くと、エドガーさんが出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいませ。……お部屋にご案内します」


 今から何をするのかわかっていないラフィネとフランは、首をかしげながらも言われるがままにエドガーさんについていく。兄様もそれに従っているが、ちょっとだけ不思議そうな顔をしていた。


「どうしたの? 兄様」


「……いや、俺は勘違いをしていたのかもしれないと思ってな」


 勘違い? どういうことだろうか。エドガーさんが出迎えてくれていることが、兄様の想定していたことと違ったのか? 確かにエドガーさんが自主的に出てくることはなく、いつもルドヴィンに呼ばれてから存在をあらわにしていたから、違和感を持つのも不思議ではないのだけれど。

 いや、今はそれよりこの作戦を成功させることに重きをおかなくては。少し歩くと、辿り着いた先には大きな扉があった。ここは確か、体育館みたいなところだったはずだ。広々としていて、セザールさんが見たら喜んでマット運動の練習しそうだなと思ったが覚えがある。そしてエドガーさんが開いた扉の向こうにはすでにルドヴィンが床に座ってくつろいでいた。


「おお、来たのか」


「……はい。皆様、こちらで少々お待ち下さい」


 皆を部屋に入れると、エドガーさんは部屋から出て、廊下を歩きだそうとする。さて、ボクも行かないと。そう思いながら外に出ようとすると、手をぎゅっと掴まれた。


「どこに行くんですか、ルミアちゃん」


 ……ああ、そうか。ここでボクがエドガーさんについていくのは明らかに不自然だ。握力異常に強いし。うーん、どうしよう。


「えーっと、ちょっとお手洗いに……?」


「ルミアちゃんが行くなら私も行きます!」


「いや、大丈夫だよ? 場所ならわかるし……」


「私が大丈夫じゃないです。私といてください」


 そう言えば多少ボクが席を外すことはあったとはいえ、基本的にフランはボクと一緒にいるような気がする。お手洗いで少しの間離れることくらいはよくあるのだけれど、ここが初めて来る場所だからか、それともルドヴィンがいるからかはわからないが、フランはきっと不安なのだろう。兄様やラフィネもいるけど、やっぱりフランの一番はボクだしな! これは断言できるぞ!だからボクがいないと落ち着かないのかもしれない。素直に嬉しい。

 だが今は喜んでいる場合じゃない。廊下を歩いていっているエドガーさんは冷静そうに見えて、内心は生まれたての小鹿のように震えているはずである。せめて緊張を少しくらいは軽減してあげなくては。

 どうしようかと悩んでいると、いつのまにかフランの後ろにいたルドヴィンがフランの肩をとん、と叩いた。


「えっ……ひっ、ひやあああああああああああ!」


 後ろを振り向いたフランは、叩いてきたのがルドヴィンだと知ってさらに驚いていた。絶叫と言ってもいいほどの声を出したのと同時に、驚きのせいか手が離れた。まさかルドヴィン、手助けか!? やっぱり今から何するかとかわかってるのか!? バッとルドヴィンの方を見ると、あごでエドガーさんが向かった方向を指し示した。


「ほら、早く行け」


「あ、ご、ごめんね、フラン! すぐ戻るからね!」


 ボクはすぐに部屋を出てエドガーさんを追いかける。部屋からボクを呼ぶ声がしたが、申し訳ないと思いつつも戻ることはしなかった。本当にごめんね、フラン。お詫びに今度、フランのしてほしいこと何でもするから。

 長い廊下を歩いていくと、とある部屋の扉の前にエドガーさんが立っていた。


「あ、ルミちゃん。はー、来てくれないかと思ったっす……」


「ちょっとピンチでしたけどね」


「でもルミちゃんなら来てくれると思ってたっすよ! でも大丈夫っすかね、フランさん……。悲鳴がここまで聞こえたんすけど、何があったんすか?」


「あはは……」


 あなたの主人がフランを驚かせてましたとは言わないでおこう。まあ驚かせたと言うよりも、フランがいつもオーバーリアクションなだけでもあるんだが。それは今関係のない話だ。


「まあ色々あったんですよ……。それより、どうして部屋に来たんですか? ここってエドガーさんの部屋ですよね?」


 以前に各部屋の案内をしてもらったときに、この部屋はエドガーさんの部屋だと教えてもらった。他の部屋とは扉の色が違うので、中は見せてもらっていないけれど一目でわかる。だがなぜここに来たんだろうか。本番前に気持ちを整えたいからか?

 そう思っていたが、ボクの疑問を聞いて得意そうな顔をしたエドガーさんを見る限り、そうではなさそうだ。


「ふっふっふ、見せてあげるっすよ。おれの真骨頂!」


 そう言ってエドガーさんは扉を開いた。一見は普通の部屋に見えたが、すぐにそうではないことに気づいた。部屋一面に花、花、花。床だけでなく、机の上もベッドの上も花でいっぱいになっていた。


「エドガーさん、こんなに花育ててたんですか?」


「ふっふふ、これ触ってみてください」


 名前はわからないが、小さくて黄色い花々を渡された。言われた通りにその花弁に触れてみると、手触りですぐに気づいた。これは造花だ。


「驚いたっすか!? おれ、こういうの作るの得意なんですよ」


「へー、すごいですね。もしかしてこれが当日のお楽しみ?」


「そうっすよ! 一人ずつに見立てた花を渡すのがおれの秘策っす。ちなみにルミちゃんに渡した花はメランポジウムっすから、ルミちゃんにあげるっすね」


 なるほど、確かにこれはよくできている。造花なら花の季節を揃える必要もないし、枯れないから、いつでも渡せるし、ずっと持っていられる。これはなかなか考えられたプレゼントだな。

 しかしメランポジウムってかわいい花なんだなぁ。何だかボクなんかと重ねられて申し訳ないような気がする。せめて大切に部屋に飾っておこう。


「まあルミちゃんのはそのまま渡しちゃったっすけど、みんなの分はちゃんと花束にしたんでぱっちりっす!」


 じゃあ入り口近くの棚に並んでいる四つの花束がそれか。色々な種類の花が入っているものも一種類だけのものもある。その中で一際目を引いて、ボクでも知っている花の花束があった。


「これはひまわり? でも随分小さいね」


 ひまわりと言えば一輪が大きなイメージだったが、造花で作られたこのひまわりはイメージよりもずっと小さかった。どうしてこの大きさにしたんだろうか。

 不思議に思って言うと、エドガーさんはさも当然かのように言った。


「そりゃそうっすよ。小さくなきゃダメなんですから」


「どうして?」


「それは……あとでわかるっすよ」


 誰かに渡すときに教えてくれるんだろうか。うーん、何でだろう。やはり花言葉とやらが関係してくるんだろうか。花言葉は全く知らないのでわかるはずもないが。


「じゃあルミちゃんはその花束を持ってきてほしいっす。できるだけその人に渡す直前まで見られたくないんで、隠しながらっすよ」


「わかった。じゃあ渡すときにどのタイミングで渡せばいいの?」


「そうっすね……。その花束、左から順番に渡す予定なんで、おれが誰かの前に立ったら、順番通りに渡してほしいっす」


 左から、と言うことはこのピンク色のかわいい花からか。次に色んな色が混じっている花束、次がいろんな種類の花が入っている花束、最後がひまわりか。


「このピンク色の花束からでいいんだよね」


「はい。よろしく頼むっすよ」


 慎重に花束を持ってボクらは部屋を出た。いよいよ作戦本番か。エドガーさんの有志、しかと見届けなければ。一体この花々が誰のもとに行くのかを楽しみにしながら、緊張した顔のエドガーさんと廊下を歩いていった。

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