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交流会と言う名の質問タイム

「さて、最初はお互いのことを知ることからだよなぁ」


 想定していなかった状態から始まった交流会と言う名のお茶会。なぜか主導権を握っているのは相変わらずルドヴィンである。あまりにも想定していなかった状況すぎて、もはやどうにでもなれと言う気分だ。うまくいったら万々歳である。

 全員席についたとは言え、各々様子は様々だ。兄様は何か考えながらルドヴィンを見ているし、フランはルドヴィンに注意を向けつつもボクの手を掴んで離さない。そんな様子を見て困惑したままのラフィネに、表情は見えないがおそらく心の中は混乱しているであろうエドガーさん、そして彼らの様子とは裏腹に愉しげな笑みを浮かべるルドヴィン、と言う端から見れば異質な光景である。こんな状況を作り上げてルドヴィンは一体何をしようと言うのだろうか。


「そうだな、まずはフランソワーズ嬢」


 そう呼びかけられたフランはあからさまに身体を震わせ、警戒体制をとった。


「ひゃい!? な、何ですか!? 煮られるんですか? 焼かれるんですか?」


「残念だが、どちらも不正解だな。一つ聞かせてもらおう。お前の好きなものはなんだ」


「ルミアちゃんです」


 そこは即答なんだ。まあそう答えるかなとは思っていたけれども。これでもフランのことはわかってきたつもりだからね。間違ってたら完全に自意識過剰なのが悲しいところだ。


「私にルミアちゃんへの愛を語らせると長いですよ。聞きます? 聞きますか!?」


「いや、好む理由を簡潔に答えろ」


 きっぱり断られて、少々むっとしたようだったが、それほも気に止めずに、フランは顎に手を当てて考え始めた。


「簡潔ですか……かわいい、明るい、愛くるしい……うーん、そうですね。たくさんありますが、間違いなくこれと言ったものはないんですよね」


「ほう?」


「ルミアちゃんだから好きだと言いますか。きっかけはルミアちゃんの容貌に惹かれてでしたが、今はそこにあるのが当たり前だからこそ寄り添いたい、と言いましょうか。無理に表現するのならもはや生きるための酸素ですね。ルミアちゃん自体が私の生きる活力なんです。奪われたら死にます」


 なんとなく後半がおかしいような気がしなくもないが、ともかくボクという存在そのままを好きでいてくれているということなのだろうか。なかなか難しい。でも確かにボクもフランのことを好きな理由を聞かれたら、あやふやな感じになってしまうだろう。フランはフランだからこそ好きになれたとしか言いようがない。

 しかしこの質問に何の意図があるんだ? こんなことを聞いたところで、ルドヴィンには何の意味もないと思うのだけど。


「なるほどな。じゃあ次は、ラフィネ」


「あっ、うん。なに?」


 まだ戸惑っていたのか、ラフィネは少し驚いたような反応をした。この状況なんなの、と視線でボクに訴えてきていたが、ボクもわからない。とりあえずルドヴィンの思惑のままに進行させていった方が今はいいような気がするだけだ。


「お前の夢はなんだ」


「夢? さっきと同じ質問じゃないんだね」


「ああ、お前らへの質問は全て違うのを用意している」


 質問って、全員にするのか? ボクやフラン、ラフィネにはともかく、兄様にルドヴィンが質問をする必要はあるのだろうか。そもそもお互いのことを知っているわけだし、それなら兄様は免除なのだろうか。

 ラフィネは訝しげな顔をしたが、特に追及はせずに、質問に答え始めた。


「ふうん……。僕の夢ね。僕の夢はもちろん家を継ぐことだけど、それに加えて平民をこけにしてくる貴族たちを見返してやることだね。そこら辺の金に物を言わせてふんぞり返ってる貴族様方よりも、僕の方が優秀なんだってね!」


 やけに流暢なその言葉はルドヴィンにも向けられているように聞こえた。さっきの王になる発言を差し引いたとしても、ルドヴィンの態度はまさしく偉そうな王様とも取れるし、そんな態度がラフィネの気に障ったのかもしれない。言葉の端から嫌悪感が滲み出ていた。

 だがそんなラフィネの言葉を意に介さず、ルドヴィンはどこか嬉しそうに笑った。


「ははっ、いいな、その目。お前は少し、オレに似ている」


「は? どこが?」


「夢を見るところだ」


「……よくわかんないけど、一緒にしないでくれる」


 ボクにもルドヴィンの言葉はよくわからなかったが、それよりも気になったのがエドガーさんの反応だった。エドガーさんはルドヴィンの言葉を聞いて、ほんの僅かだったが確実に目を見開いた。肝心の目は見にくいのだけれど、そう見えたのだ。この発言がこの前感じたエドガーさんの言葉の違和感と何か関係あるのだろうか。……今はそれを考えている場合じゃないか。

 ラフィネにそっけない態度を取られていたが、ルドヴィンはそれにも微かに笑ってから、兄様の方を見た。


「次はお前だ、アンドレ」


「はぁ、お前なら俺のことくらい多少は理解しているだろう」


「フェアじゃないだろう?」


「……それもそうだな。言ってみろ」


 兄様にも質問するんだ。うーん、確かに公平じゃないと言われればそうだけども。何か裏があるような気がするな。とは言ってもルドヴィンのことはそれほどよく知らないから、本当にそうかはわからないが。ただの勘だ。


「お前が目指す理想は?」


「理想、か。難しいことを聞くんだな」


 そう言って兄様は少し考えた素振りをしてから、そうだな、と口に出した。


「完璧だ」


「おや? お前はもう完璧すぎるくらいに完璧だと思うが」


 ルドヴィンの言葉に心の中でひそかに賛同していると、兄様はそんなことはない、と首を振った。


「まだまだだ。俺はいずれカルティエ侯爵への恩を返すべく、この家を継ぎ、より繁栄させなければならない。そのためにはこのような未熟な心持ちでは、繁栄させることはおろか、家督を継ぐ資格すらもない。ルドヴィン、お前は少々俺を買い被りすぎているな。だがお前が下したその評価、しかと心に留めておくとしよう」


 兄様……。兄様がこの家のことを真剣に考えてくれているのは知っていたが、外から見ればもう完璧に見えるのに、より高みを目指しているなんて。さすが兄様、と言いたいところだが、人は重すぎる期待には潰されることも多い。ボクもできるだけ負担を軽減できるようにサポートをしなければ。仕事面では役に立たないけれど。

 兄様の真摯な言葉に、ルドヴィンはほくそ笑んだ。


「それでこそアンドレだ。その洗練された志に敵う奴なんて一人としていないな」


「そうか、感謝する」


「生真面目なところもいいところだな。さて、それで最後に、お姫様」


「えっ、ちょっと待って。お互いのことを知るんでしょ? 君とエドガーさんの話はいいの?」


 最後に、ということは質問する相手が最後だということだ。だがルドヴィンもエドガーさんも自分のことを何一つ語ってはいない。それこそフェアじゃないだろう。まさかここで前言撤回するなんてないよな。

 ボクの言葉にルドヴィンは、ああ、と今気づいたかのように声をあげた。


「エドガーはする必要がないな。いずれその日が来るだろう。オレは……全てがうまくいったら話そう。それまで待て」


 全てがうまくいったらって、何が? いや、それよりエドガーさんの話だ。いずれその日が来るって、もしかして作戦のことを知っているのか!? ボクの予想ではルドヴィンがエドガーさんのあの状態を見たことがあるとは思っていたが、ボクたちが考えていた打ち明け話の段取りまで知っている? 中から聞き耳を立てていたなら可能かもしれないが、兄様と一緒にいたはずだから、兄様も作戦について知っていなければおかしい。だが兄様はそんな素振りを見せない。ならば、なぜ?

 ちら、とエドガーさんを覗き見るが、全くピンときていないようだった。何とかして伝えようと思ったが、よくよく考えたらあの作戦は、エドガーさんは事実を知らない方がやりやすいと思うので、やめておいた。ルドヴィンに知られていたと知ったら、エドガーさんはもはやあんな作戦をやる余裕がなくなってしまうだろう。ずっと知られていたことの恥ずかしさで。


 ラフィネもフランも納得いっていないような顔をしていたが、ひとまずここは流しておかなければ。ここからエドガーさんの作戦が露呈したら、練った計画が水の泡だ。そこまで練ってもいないんだけど。そうとなれば早く質問に答えて終わりにしなければ。


「そっか。じゃあボクへの質問は?」


「ああ、お前への質問はだな」


 一体何を答えればいいんだろうか。好きなもの、夢、理想、ときたら、次は……現実? 自分の自己分析か? いや、それはないだろうな。うーん、生まれ変わったらなりたいものとか? それはもう思いつかないからカバと言うしかないが。

 我ながらバカなことばかり考えていると、ルドヴィンは今までと全く違う方向性の質問をした。


「この六人で今から運動するなら何がしたい」


 予想外すぎて、ボクは反射的に口から言葉を出していた。


「リレーがしたい」


 ラフィネが心底嫌そうな顔でボクを見たのがわかった。

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