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予想外は起こりうる

 今日は待ちに待った交流会だ。あれからそれほど時間が経っているわけではないけれど、ボクたちはこの日を心待にしていた。ここを潜り抜けないとそもそも本番すらないのだ。その間に兄様の仕事が忙しくなったり、ラフィネが試験勉強でこうして集まる時間がなくなったり、もしかするとエドガーさんのやる気がなくなったりと、色々な不安の種があったので、できるだけ早く来てほしかった。そして今、幸いにもそのようなことは起こっていないので、ひとまず安心した。


 もうすでにラフィネとフランが来ているので、あとはエドガーさんが来るだけだ、と思いながら、話をして待っていると、イリスさんが困ったような顔をしてボクを呼びに来た。どうしたのだろうか。不思議に思いながらイリスさんの隣に並んで玄関まで行くと、あと少しのところでイリスさんはボクに尋ねてきた。


「お客様は三人のご予定でしたよね……?」


 その言葉を聞きながら玄関を見ると、そこには二人いた。一人はもちろんエドガーさんだが、深刻な顔をしているように見える。そしてもう一人、嫌みたらしい笑顔でこちらに手を振っていた。


「よお、久しいな。アンドレのお姫様」


 やけに上機嫌そうに見えるルドヴィンの姿に、思わず絶句してしまった。それから数秒遅れて、どういうことだ、とエドガーさんの方を見た。エドガーさんはそれと同時に思いっきり目をそらした。ルドヴィンは基本一人で行動するんじゃなかったのか。どうしてここにいるんだ。

 そんな様子を見て、ルドヴィンはけらけらと声を出して笑った。


「そうエドガーを責めるな。オレが面白そうだと思ったからついてきただけだぜ。オレも仲間に入れてもらえるとありがたいんだが」


 う、うーん。確かにエドガーさんの立場では行き先を聞かれたら答えなければならないし、ついていきたいと言われれば断りきれないだろう。後半はエドガーさんの性格面もあるだろうが。だが想定外だ。ルドヴィンがいるパターンを全く練習していない。あの日、エドガーさんに三人の人柄を深く知ってもらおうということで、質問やら受け答えやらの練習を複数パターン行っていたのだけれど、ルドヴィンが介入することで全て水の泡となってしまうような気がする。どんな行動をするのかが全く読めないからだ。


「なあ、女中さん。客が一人増えてしまったが、構わないか?」


「はい。おもてなしの準備は万全でございます。……いかがなさいますか、ルミア様」


 イリスさんは状況から、ルドヴィンが招かれざる客であることを悟ったのだろう、ルドヴィンにそう受け答えしながらも、ボクに耳打ちしてきた。

 どうするのが最善だろうか。ここでルドヴィンを通したら、まず予定通りにとはいかない。今回の交流会が円滑に進むかはわからないし、エドガーさんにとって人柄の特定ができないことは本番にも響く。百聞は一見にしかずとも言うし、どういう人なのか言葉で伝えるだけでは、その人を真に花と重ねて見ることはできないだろう。

 だからといってルドヴィンをここで追い返すことは……ボクにはできない。彼のことは嫌いじゃないし、何より、どんな相手でも一人にはしておけない。


「うん、いいよ。でも、あんまり勝手な真似はしないでね」


 ボクがそう言うと、ルドヴィンはさも当然だと言うように口角をあげた。


「ああ、協力ぐらいはしてやるさ」


 ……協力? どういうことだろうか。ルドヴィンの発言が少々気になりはしたけれど、今は他の三人を待たせているので、気にせず家に上げてしまうことにした。エドガーさんは未だに申し訳なさそうにしていたが、今回のことはもう仕方がない。気にするな、というジェスチャーをした。ジェスチャーなんてわからないから伝わったかどうかはわからないが。とりあえず大丈夫だという意思は伝わっただろう。


 いつものお茶会の場所へとたどり着くと、兄様とフランは驚いた顔をしていた。兄様は当然だが、おそらくフランもルドヴィンのことを知っているのだろう。ラフィネだけが現れた見知らぬ人物と二人の反応を見比べて、首をかしげていた。


「そいつら誰? 皆知り合いなの? ていうか一人って言ってなかったっけ?」


 怒濤のごとく質問をぶつけてくるラフィネに答えたのは唯一、一切顔色を変えていないルドヴィンだった。


「ああ、お前とは初めましてだな。オレの名前はルドヴィン・アランヴェール。未来の王の名だ。よく覚えておけ」


「……へー、僕はラフィネ・ユベールね。よろしく、ルドヴィン」


 あ、これは未来の王の件を本気にしてないな。一応本当に王族の血統なんだが。家名を聞けばわかるかもとは思っていたが、ラフィネはそういうことに人一倍興味ないからなぁ。確実にただの貴族だと思ってる。うん、まあいずれわかることだし訂正しなくていいだろう。それに軽く接された方がルドヴィンは好きそうだ。

 そのボクの予想は間違っていないと裏付けるように、ルドヴィンは愉快そうに笑った。


「クク、肝が据わっていて面白い奴だな。ラフィネ」


「そりゃどーも。で、そっちは?」


 そう言ってラフィネはエドガーさんの方に目を向けた。エドガーさんは一瞬、おそらく本来の彼を知らないとわからないであろうが、微かに怯んだ。やはり人と話すのは苦手なのだ。きっとボクと初めて会ったときもこんな感じだったのだろう、なんとかこういう風に反応してしまう相手を減らしたいところだが。


「エドガー・スーブニールです。ルドヴィン様の従者をしております」


「んんっと、エドガー、で合ってる? うん、よろしく」


「……はい」


 ああ~、上手く受け答えできなくて悔しそうだな~。エドガーさん、気にすることはないよ。今日は仕方ないからね。ラフィネの人となりを熟知して、次に打ち明ければいい話だから。と、心の中で言っておこう。さすがにここでエドガーさんに言いにいったら不審すぎる。

 一方ラフィネは全く気にしていなかった。そんなことよりも兄様やフランの反応の方が気になるらしく、エドガーさんの受け答えを気にしている場合じゃないらしい。


 そんなラフィネに助け船を出すべく、一番近くにいたフランに声をかけようとすると、フランはそれよりもボクを見てから、悲鳴のように甲高い叫び声をあげた。


「ひやああああああああああ! どうしてここにルドヴィン様が!? 近づいちゃだめですよ、ルミアちゃん! 危ない人です! 取って食われます!」


「ずいぶんな言い種だな、フランソワーズ嬢。 まさかお前がこうも大きな声を発せれるとは思ってもいなかったが、元気そうで何よりだ」


「ひ、ひいいいい、目が笑ってない、絶対何よりだと思ってませんよ。私知ってますから! ルミアちゃあん!」


「うわっ、だ、大丈夫? フラン」


 フランは勢いよくボクに抱きついてきた。……初対面の時何があったんだと聞きたくなるくらいの怯えっぷりだな。というか何されたんだ、取って食うって。ボクと同じように、おもちゃのナイフを突きつけられたんだろうか。出会ったのはおそらく社交界の場だっただろうし、そんなことはないと思うのだが。

 それはともかく、そのフランの大声で、兄様も離れていっていた意識をハッと、取り戻したようで、改めてルドヴィンに向き直った。


「どうしたんだ、ルドヴィン。話があるなら向こうで聞くが」


「いいや、アンドレ。オレはこの場に用があって来たのさ」


 そう言いながら、ルドヴィンはラフィネや兄様の対面に位置する席に優雅に腰かけた。そこはボクの席の予定だったんだが、まあそれはいいとして。そして彼は全員に向かって、これ以上ないほど厭らしくも美しい笑顔で言った。


「さて、楽しい楽しい交流会をしようじゃあないか」


 ……おかしいな、どうしてこうなったんだろうか。そう思いながらボクはまだ困惑しているエドガーさんと顔を見合わせた。

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