只今作戦停滞中
あれからは平穏な日々が続いた。毎朝起きてから15分走るというのも日課になった。(髪を切った次の日に一時間近く全力で走って、一歩も歩けないくらい疲れたからイリスさんに制限時間を決められてしまった。反省はしてるが後悔はしてない)それからボクに付いていてくれるイリスさん、それに執事のセザールさんと一緒に、前はお茶会に回していた時間を外で遊ぶ時間にしてもらった。忙しいのに快く了承してくれた二人はボクの使用人にはもったいないくらいなのだけれど、行為に素直に甘えさせてもらおう。やっぱり一人だとできることも限られてくるし。
「ルミア様、いきますよー」
「はーい」
今は三人でキャッチボールをしている。ボクは子供だから二人とも取りやすい球を投げてくれるが、二人が投げ合うときはどちらも全力投球である。
「イリスさん、はいっ」
「ありがとうございます、ルミア様。……行くわよ、セザール」
「よし、こい」
イリスさんもセザールもすごくいい球投げるなぁ。もう少し大きくなったら教えを請おうかな。折角だからかっこよく投げたいよね。
そういえば前はボクのことを皆お嬢様と呼んでいたが、親しみを込めて……というのはボクの願望だが、何らかの理由で名前に様付けの呼び方になったようだ。ボクとしてはお嬢様だったときより距離が近づいた感じがしてとても嬉しいことである。それに前はただそこにいてルミアの話に相槌をうつだけだったのに、今では色々と話してくれるようになった。本の話とか噂話とか恋愛話とか、むしろボクの方が聞く側に回っている。前世もいつもそうだったし、皆の話を聞くのは嫌いじゃないので、こうやって打ち解けてくれるのは嬉しいなぁ。
……ボク嬉しいとしか思ってないじゃないか。ただでさえない頭なのにもはや溶けてるのでは?いやいや、流石にそれはないか。ともかく今、ボクは嬉しいことだらけで平穏な日々を過ごせている。
たった一つのことを除けば。
「……あの」
遠くからこちらを見ていた義理の兄に声をかけようとすると、話も聞かず顔を背けて走り去っていってしまった。実は今日だけではなくずっとこんな感じである。昼にイリスさんとセザールさんと遊んでいると知らない間に彼は黙って見に来るのだ。
ボクの兄、アンドレ・カルティエ。ボクの二歳上である。元々違う貴族の家の子供だったのだが、なぜかはわからないけど没落してしまい、母親は失踪、父親は自殺して一人になってしまったのを、ボクの父様が不憫に思い養子として迎え入れたそうだ。だけどボク、実際はボクではなかったのだけれど、彼に心ない言葉を投げ掛けてしまい、ボクとしては非常に罪悪感がある相手だ。
髪を切った日にボクは非礼を詫びにいったのだが、開口早々「俺も君のことを妹だなんて思っていないから謝る必要はない」と言われてしまった。確かにそれほどのことを言ってしまったし、以前のルミアも彼のことを兄だなんて思っていなかっただろう。だけどボクは違う。
ボクは前世では一人っ子だったので、兄弟というものに強い憧れを持っていた。それこそ飼っていた猫に『おとうと』という名前をつけるほどである。友人に引かれたし親にも引かれた。だからこそボクは兄様と良好な関係を築きたい。あわよくば毎日ここで一緒に遊ぶ仲になりたいのだ。
けれどボクの期待とは裏腹に現実はそう甘くはない。兄様に話しかけようとしても避けられ、かと思ったらボクたちが遊んでいるところは見に来る。声をかけると走り去っていき、しばらくするとまた戻ってくることもある。そんな行動をするのでどうしたらいいかわからないのだ。
「まあまあルミア様、そう気を落とさないでくださいよ」
ボクが兄様について考え込んでいると、セザールさんがそう声をかけてくれた。兄様に知らんぷりされてボクがショックを受けているのだと思ったのだろうか、イリスさんも心配そうな顔をしている。本当に優しい人たちだ。その気遣いだけでボクは幸せになれる。
でも兄様とこのままの関係でいいのかと考えると、いいはずがない。折角兄妹になれたのだ。仲良くしたいのである。兄様がそれほどまでに嫌だというのなら致し方ないが、遊んでいるところを見に来るということはボクのことをあまりにも嫌っているようには思えない。でもボクと話してくれる素振りもないし……うう、ダメだ。考えれば考えるほど同じことの繰り返しで深みにはまっていく。
うだうだと悩んでいると、急に手を引かれた。驚いて顔をあげるとにこにことおだやかな笑顔をしたセザールさんと目が合った。
「今はとりあえずパーッと遊んじゃいましょうよ!遊びの時間は待ってはくれませんよ!」
子供みたいにそういうセザールさんを呆れたような視線でイリスさんが見ていたが、こほんと咳払いをするとボクを見て柔らかく笑った。
「セザールの言うとおりです。そうやって考え込んでいる姿はルミア様には似合いませんよ」
……それもそうだ。今思い付かないことはずっと考えても思い付かないし、頭がパンクしそうだ。一度頭をすっきりさせた方がいい。
「そうですね、じゃあキャッチボールを続けましょう!今度はもっと強く投げても大丈夫ですよ!」
「そ、そんな、ルミア様に強く投げるなんて私にはできません」
「そうそう、これ以上強くはもっと大きくなってからってことで」
ちゃっかり言ってみたけどやっぱりダメか。こういうことに関して言うと成長するのが楽しみではあるが、成長するということはボクの人生終了に近づくということでもあり……複雑な気分だ。
その後いつもの時間までキャッチボールをしていたが、その間兄様はずっとボクたちが遊んでいる姿を眺めていた。