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一進一退の作戦会議

 よし、まずは作戦実行日の段取りを決めよう。その前にあるボクの家での交流会みたいなものも、何かしら決めておいた方がいいんだろうが、先に本番の進行が決まっていた方が安心感があると思う。


「最初にボクが皆を集めますね。エドガーさんはおそらく誘うことすらできないと思うので」


「う~、確かにその通りっすけどね。あ、でも会場はここにしてほしいっす」


 ここって、この屋敷のことか? 皆に心を開きたい旨を伝えたいだけなら、どこでもいいような気はするが。ここの方が落ち着くとかかな?


「ふっふっふ、疑問に思ってるっすね、ルミちゃん。まあおれにも一応考えがありましてね」


「えっ、なんですか?」


「それは当日のお楽しみっすよ!」


 そう言ってエドガーさんはウインクをしたようだ。だから見えないんだ、髪で。見えないのにやたらウインクしてるっぽいし、せめてウインクするなら髪あげてくれないだろうか。


「当日のお楽しみか……。それでしくじらないでくださいよ?」


「当たり前じゃないっすか! おれを甘く見すぎっすよ」


 ここでしかできないお楽しみということは、おそらく何かを用意しなければならないことだろう。手に持てないくらいの大きなもの、もしくは数の多いものだ。それが何かはまだわからないけれど、エドガーさんは自信たっぷりのようだし、期待していよう。


「あ、ルミちゃん、お願いがあるんですけど」


「はーい、なんでしょう?」


「おれ多分みんなに向けて話しているときに、絶対緊張と恐怖で震えると思うんですよね」


 そう言われるとすぐに、全員に目を向けられぷるぷるしているエドガーさんの姿を想像できた。もはやカミングアウトどころの話ではないだろう。きっとこの後、遅くないうちにどこかに逃げ去ってしまうような気がする。


「そうですね、そんな感じがします」


「でっしょー? だから、そこでルミちゃんの出番っす」


 ……え? もしかして代弁しろって言ってるのか? それだったらお断りである。そういうことは自分で伝えなければ意味がない。ボクはあくまでお膳立てを手伝うだけだ。エドガーさん自身の気持ちを伝えることに一切の関与はしないぞ。

 そう思っていたが、エドガーさんは露骨にそんな気持ちが出てしまっていたボクの表情を見て、むっとした。


「なんすか、そのじと目。もしかして失礼なこと考えてるんすね! 失礼しちゃうっす。違うっすよ、ただこれ持っておれの目線の先に立っててほしいだけっす」


 そう言ってエドガーさんは花壇にさしてあるプレートを指さした。そこにはこの状態のエドガーさんを初めて見た日にも聞いた花たちの名前が、一枚一枚に書いてあった。


「……つまり?」


「ルミちゃんって書かれたネームプレートを持って、おれの目線の先、つまりみんなの背後に立っててほしいんす。あ、ルミちゃんちっちゃいから台乗ってくださいね! 見えないんで!」


 ほほう、確かにそれくらいならしてあげるべきかもしれない。ボクにとってはそこまで難しいことではなくとも、エドガーさんにとっては大きな一歩なのだ。そのために必要なことなのだからそのくらいは協力しよう。だがちっちゃいって言うのやめろ。これから伸びるんだよ、多分。そういえばルドヴィンもボクのこと初対面でちんちくりんとか言ってたな。似た者同士なのか。


「まあそのくらいならいいですよ。あとちっちゃいって言うのやめてください」


「さっすがルミちゃん、話がわかるっすねー」


「おい聞け」


 今に見てろ、エドガーさんの身長なんてすぐ抜かしてやるからな。きっとボクの成長期はこれからなんだ。吠え面かかせてやる。


「よし、それなら多分大丈夫っすわ。あ、そうそう、ルミちゃん。ラフィネくんとフランちゃんの写真とかってないですか?」


「写真?」


「はい。この見た目なんで人をじろじろ見てても基本的にバレないんすけど、やっぱり人が多いと一人ずつ観察ってのが困難になってくるので。……あ、なんすか。変態だと思ってるんすか!? 違うっすよ。花と関連付けるためには見た目も大事なんで! けっして楽しんで見てるわけじゃないっすから! 断じて!」


 別にそんなこと一言も言ってないんだが。一瞬思ったが。まあメランポジウムも見た目込みでイメージしていたみたいだし、納得してあげよう。いっそ図星かと思うくらいに必死で否定しているけど。逆に疑ってしまう。


「うーん、写真か。写真ねぇ……」


 今は当然持っていないが、家に帰れば簡単に手に入るというわけではない。ボクは一時期、命に変えても抹消したい写真がたくさんあった。それを燃やすためにアルバムのあるイリスさんの部屋に何度か忍び込んだが、ことごとく失敗に終わり、もう今では無断でアルバムに触れてはならないという掟までできてしまっている。素直に言えば見せてはくれるだろうが、おそらく持ち出すことはタブーである。絶対疑われる。外に持っていくなんてもってのほかだ。つまり写真は確実に無理である。


 でもできるだけ力にはなってあげたいからなぁ。それにラフィネとかじろじろ見られてることに気づきそうだし。エドガーさんに不信感を抱かれたら、そもそも友達になることを真っ向から拒否されそうである。最初の顔合わせは穏便に済ませたい。


「難しそうっすか? それなら絵とかでもいいんすけど……周りに絵が得意な人っています?」


 絵? 絵か……皆で絵を描いたりなんて普段しないから、誰が上手いかなんてわからない。ボクもあんまり上手くないし……、うん? 本当にそうか? 今はイメージ図がほしいんじゃなくて、写真みたいなものがほしいんだよな。それならボク、描けるじゃないか。


「エドガーさん!」


「うぉっ! 何でございましょう!」


「今すぐ紙とペン持ってきてください」


「……はい? つまりはルミちゃんが描くってことっすか? 失礼っすけどあんまり得意そうにはみえな」


「早く!」


「はーい!」


 エドガーさんは元気に飛び出していった。そういえばそもそも運動は苦手だが、逃げ足だけは速い方だと言っていたことを思い出した。鬼ごっこでボクにすぐ追いつけたのも、ただ単にここでの生活経験の差らしい。自分で逃げ足が速いと言うのもどうなんだろう。ちなみにそんなに追われることあるのか、と疑問をぶつけてみたところ、ルドヴィンの暇つぶしに付き合わされることもあるらしい。さらに罰ゲームあり。普通に納得してしまった。

 そんなことを考えていると、エドガーさんが帰って来た。思ってたよりも早い。やっぱり足自体速くなってるんじゃないだろうか。


「ルミちゃんおまた~。ご要望のものっすよ~」


 エドガーさんは手にペンとスケッチブックを持ってやってきた。それをボクに手渡すと、どっこいしょー、と言いながらさっきまでのように、ボクの隣に座った。


「で、本当にルミちゃんが描くんすか? 勝手にこういうの苦手だと思ってたんすけど」


「はい、苦手ですよ」


「ええ~、じゃあ何で描こうと思っちゃったんすか。大惨事になるっすよー」


 ごもっともである。だがこれはボクの唯一の特技なのだ。使えるときに使っておかないと使えなくなるかもしれないし、有効利用をしなくては。

 そういえばこの特技を人に見せるのは地味に初めてだ。あんまり使うところもないし、その間の記憶がないくらい集中してしまうから、人前では使わないようにしていたのだ。おそらく数分のことだから、エドガーさんを待たせるくらい大丈夫だろう。


「まあ見ててくださいよ、ボクの本気ってやつ。あ、描いてる間は返事してあげられないんで、できるだけ黙っててください」


「そんなこと言われて黙ってると思うっすか?」


「邪魔しないでください」


「はーい」


 エドガーさんが口をつぐんだのを横目で見てから、ボクは紙だけに目線を集中させて、ラフィネとフランの全体像を記憶から引き出した。


「……おお~! すごいっすね!」


 エドガーさんのその声でふと我に返った。目の前を見ると、そこにはラフィネとフラン、本物と瓜二つの絵が描かれていた。よかった。ちゃんと成功しているようだ。数年使ってないとはいえ、感覚は鈍っていないらしい。


「ルミちゃんがまさかこんなに絵が上手だったなんて! 新発見っす!」


「いや、絵が上手いわけじゃなくて、こう引き出すのが上手いというか……」


 ボクが説明しようと言葉を発すると、エドガーさんがよくわからなさそうな顔で聞いていた。うん、よくわからないよね。ボクもなんでこんな特技があるのかわからないもん。普通に描いた絵は幼稚園児が描く絵だとか言われたことあるのに。


「んんーと、絵が上手いんじゃなくて、記憶力がいいってことっすか?」


「んん? そうなのか? うーん、まあそういう風に思ってもらってもいいですかね」


 その割には成績はよくなかったんだけども。解せない。


「それはさておき。これで大丈夫ですか?」


「はい、それはもうバッチリ!」


 そう言ってエドガーさんはにっこり笑った、多分。もう髪切らなくてもいいから前髪だけあげてくれないだろうか。結構表情豊かなのに全く見えないのはなんとなく寂しい。これが気に入っているのなら無理にとは言わないが。


「ははっ、なんかルミちゃんの意外な一面見て、やる気出てきたっすよー」


「それはなにより。さて、他に決めておきたいことはありますか?」


「あー、何かあるっすかねえ」


 しばらくの間、この調子で話していたら、いつの間にか日が暮れかけていて、急いで二人で館の中へと戻った。作戦はおそらくバッチリだ。さて、まずはラフィネやフランとの顔合わせ。よっぽどのことなんてないとは思うけれど、気を引きしめていかなければ。

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