友好の輪を広げましょう
「へい、ルミちゃん。ちょっと頼みたいことがあるんすけど」
「奇遇ですね、エドガーさん。ボクも今エドガーさんに提案したいことがあるんですよ」
「おお~? 一緒のことかもしれないっすね~」
「じゃあせーので言ってみましょう、せーの」
「「他の人とも話せるようにしたい」」
あれから数ヶ月、度々兄様とここに訪れては、エドガーさんと花壇の前で話をしている。エドガーさんはボクをメランポジウムだと思って接しているため、めちゃくちゃ話す。初対面時と比べると別人すぎて、見た目が同じじゃなかったら正直疑っていた。まあ元気で何よりである。
とは言ってもそれはボクと二人の時だけの話。兄様やルドヴィンと一緒にいても、元の暗い雰囲気のままである。つまり二人はまだ人間のままなのだ。エドガーさんは悪い人じゃないから、できるだけありのままの姿でいてほしいと常々思っていたが、本人も現状を変えようと思っていてくれたようだ。
ちなみに仲良くなった後から今まで、ルドヴィンは怖いくらい何も言ってこない。ただまた来いと帰り際に言われるだけである。兄様の追及してこないし、二人の間ではどのように話が纏まっているのだろうか。考えても無駄なので、あまり気にしないようにはしているけれども。
「そうなんすよぉ。やっぱりほとんど初対面みたいなもんだったルミちゃんとこんなに話ができてるのに、ルドヴィン様とできないわけないと思うんすよね。アンドレ様はまだ無理でも! ルドヴィン様とはこれでも二年半くらいは一緒にいる仲なんで!」
そういえばルドヴィンとはそんなにも一緒にいるのにあんな感じなのか。エドガーさんが、相手を人としていくら接してもどうしようもないという良い例になってしまっている。それは何とかしてあげたいところだ。
「それもそうですね。でも仲良くなるためにはボクと同様、何かの花に例えるしかないんですよね?」
「あー、ルミちゃんが急に言い出したんすよね、あれ。正直言われたとき一瞬この子バカなのかもしれないって思っちゃいました」
「……バカは否定しないけども」
ボクがバカなら、そのバカの提案で本当にこうやって話ができているエドガーさんもバカということになると思うんだが。いやエドガーさんはバカと言うよりも単純と言うべきか。どちらにせよ、これを言ったらもう気軽に話してくれなくなるような気がするのでやめておこう。
「でもあれから、ルドヴィン様に似ている花を見つけちゃったんすよね」
「えっ、見つけたんですか!? じゃあ何で今話せてないんですか?」
そんなことは初耳だ。それならルドヴィンとも気軽に話せるようになるはずである。だが今まで見てきてもそんな様子は見られなかった。一体どういうことだ。
エドガーさんは決まりが悪そうに後頭部を掻いた。
「いやぁ、おれもあれならいけると思ってるんすけど、ルドヴィン様に言い出すタイミングが計れなくて……」
何の理由もなく急にルドヴィンにそう言い出すのが難しい、ということだろうか。特に何もないのに、突然ルドヴィンに馴れ馴れしい口を利いてもいいだろうか、と言うのはさすがに勇気がいることだろう。ルドヴィンもどういう反応をするかわからないし。
「うーん、じゃあいっそのこと複数人に一気にそれを宣言してみるとか?」
一人に、ではなく、少人数でもいいから何人かに一気に言うことで、特別なことはなくとも、勇気を持って心を開いた感じにならないだろうか。でもそれをエドガーさんにさせるのは酷だろうか。ただでさえ人前で話すのは苦手な人だ。それを複数人となると、緊張感は尋常ではないだろう。
「ごめんなさい、これは一度忘れて」
「いいっすね、それでいきましょう」
「えっ」
「えっ」
そんな、エドガーさんが前向きにやろうとしてくれるなんて。予想外だ。現状を何とかしたいという気持ちを疑ってはいなかったが、まさか苦手なこともやってしまおうというくらいに本気とは。
「エドガーさん、まさかそう言ってくれるなんて」
「はい、まあ、一人ならまだいいとしても複数人一気にって言うのは、かーなーり嫌なんすけど、一人ずつ仲良くなりたいと思う度に伝えるのも、それはそれで緊張が断続して嫌なんで、纏めてしまった方が結果的に恥は一瞬なのではと思うんすよね」
「なるほど」
緊張を後に持ち越したくないという考えを持っていたのか。例えば一人ずつ発表しなければいけない授業で、緊張しながら待っていたのに、自分まで順番が回ってこず、発表は次回になってしまったというやるせなさと同じようなものだろうか。……いや、なんか違うような……まあそれはさておき。
「と言っても、あんまり多くはダメっすよ。せめて五人までじゃないと……あっ、ルミちゃんのお友達に確か、ラフィネくんとフランちゃんがいるんすよね」
「そうですよ」
エドガーさんと話をするとき、よく二人の名前も出した。やっぱり無断で他人に話すのはよくないだろうかとも思ったが、ばれてもフランは絶対許してくれるだろうし、ラフィネにも平謝りすればいけるだろうという算段である。……甘い考えだろうか。
何はともあれ、エドガーさんは話に聞く限りは二人のことを知っているのである。ここで名前が出てくるのもおかしくはないことだ。
「その二人とも話せるようになっておきたいっすね。学園で会うことも結構あるでしょうし、仲良くなかったら、暇を潰すためにルミちゃんの学年に突撃!ってこともできないっすからね」
もしかしなくともこの人、自分の学年で友達できないのを前提に話している。諦めが早すぎないか、エドガーさん。ボクもあなたと同い年の知り合いいないけども、行ってみたら案外うまくいったりとか……しないような気がするなぁ。一人くらいできればいいんだけど。
「理由はさておき、それなら大歓迎ですよ」
そう返すと、エドガーさんはまるで子供のように大きく万歳をした。
「いえーい! あ、でも一回は会っておきたいっす。それにアンドレ様のこともよく知らないし……一度纏まった時間を取りたいっすね。イメージが掴めませんから」
「うーん、でもここじゃルドヴィンと基本一緒にいるし、話の邪魔をするのもなぁ。あっ、じゃあ一回うちに来ますか?」
うちならラフィネもフランも不定期で遊びに来るし、最近の兄様は仕事に追われていないので、時間を取ることは容易だろう。ラフィネとフランが来る日にエドガーさんもこれたらの話だが。しかしルドヴィンの目もあるから、単身で来るというのは無理だろうか。ボクも結構イリスさんやセザールさんと一緒にいたりするし、エドガーさんもそうかもしれない。
そう思っていたが、エドガーさんは思いの外あっさりとボクの言葉に頷いた。
「そうっすね、行ってもいいならお言葉に甘えさせてもらうっす」
「いいんですか? ボクから言い出したことですけど、エドガーさんも仕事があるんじゃ?」
そう聞くとエドガーさんは困ったような表情で答えた。
「あー……正直おれはあんまり仕事を任せてもらえてないって言うか、基本的にはルドヴィン様が一人で行動しちゃうんすよね。大事なことは全部自分でやっちゃって、おれは護られてるだけというか……」
あれ? 従者としての仕事をあまりさせてもらえてないってことだよな。何か引っかかるような……。エドガーさんの表情にも陰りが見えるし。いやいつも陰ってるんだけど、そう言うことではなく。
「ま、まあとにかく、おれは自由にやらせてもらってるんで。都合なら容易につくっすよ。大体いつでも大丈夫っす」
エドガーさんはさっきの様子をかき消すように、明るくそう言った。話を掘り下げてほしくなさそうだ。それならボクは何も言わないでおこう。人の嫌がることは極力したくはない。
「そうなんですか。それじゃあ具体的な作戦会議といきましょうか」
「はーい!」
こうしてエドガーさんとボクの『エドガーさんのお友達を増やそう大作戦』はこうして幕を開けた。




