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無口な人

 兄様やルドヴィンと別れて、エドガーさんとこの館の探検をしている。それ自体に問題はないのだが、一つだけ困ったことがあった。それは……。


「エドガーさん、ここは?」


「応接室です」


「……」


 会話が続かないことである。ボクから話をすれば答えてはくれるが、本当に最低限のことしか言ってくれない。どうしよう、ルドヴィンとは別の意味で気まずい雰囲気だ。表情が見えないから余計に話しかけていいか悩む。果たしてボクと鬼ごっことかしてくれるだろうか。折角だし一緒に遊びたいんだけども。

 でもこの人が無邪気にはしゃいでいる様子は全く思いつかない。というか、走り回っている姿すら想像がつかない。どちらかと言うと嫌いそうだ。そろそろ一通り見終わるだろうけど、気軽に誘ってはいけないだろうか。


 ……うん、でも言ってみなきゃわからないよな。こんな調子で一応すべての部屋を見終わったところで、ボクは案内を終えて所在なさげに佇んでいるエドガーさんに、勢いよく聞いてみることにした。


「エドガーさん! ボクと一緒に外で遊んでくれませんか?」


「……畏まりました」


 エドガーさんは驚いているような雰囲気だったが、ぼそぼそとした声でそう言ったように聞こえた。よし、そうとなれば早速外に出よう。ボクが玄関に近づいていくと、エドガーさんもさっきまでのようにボクの後ろを、二、三歩下がってついてきていた。隣を歩いてくれてもいいんだけどなぁ。


 外に出るとやっぱりそこはジャングル地帯だった。まあこれでも走ることはできるだろうか。多少足下に気を付けなければならないが、何とかなるだろう。

 エドガーさんとじゃんけんをして、ボクは逃げる側になった。いつぞやに鬼になった方が喜んでいると暴露されたが、逃げるのも大好きである。エドガーさんがどれだけの身体能力かわからないが、ボクだって負ける気は全くないので手加減はしない。


「じゃあエドガーさん、十数えてくださいねー」


「はい。……いち、に、さん」


 小さな声だけれど数え始めたことがわかった。さて、できるだけ離れたところに行かないと。すぐに捕まっちゃうわけにはいかないからね。ボクはいつだって遊びには本気なんだから!

 と言ってもやっぱり足場は悪いな。整えられていないせいで、木の根っこや植物の蔓に引っかかりそうになる。だが走れないこともない。きちんと意識しながら走れば、それなりの速度は保てそうだ。


 ある程度まで進んで、ちら、と振り返ると、ちょうどエドガーさんが十まで数え終えたのか、こちらに振り返ったところだった。そして、一直線にボクの走っている方へと走ってきた。

 ……速い。兄様のように驚くほどの速さ、というわけではないが、この足場が悪い状態であの速さで走れるのは並大抵のことではない。やはり普段からここで過ごしているから、相手に分があるとは思うのだけれど、まさかボクより速く走れるとは。


 感心している場合じゃない。徐々にではあるが相手との距離が狭まってきている。もうそこまで迫ってきているこのままでは完璧にボクの負けだ。何とか逃げ切らないと。そう思った瞬間、


「うわっ!」


 蔓に引っかかって足がもつれてしまった。地面には石が無数に転がっていて痛そうだな、と思ったが、それ以上にここから巻き返せるだろうか、という気持ちが強かった。痛くても鬼は待ってくれないのが鬼ごっこだ。何とか転んだ後に挽回しないと。とりあえずは痛みを受けて……。


「大丈夫っすか!?」


 慌てたような大きな声ではっきりとその声を聞いた。それと同時に後ろから、ふわりと腕に支えられていた。どうやらボクはこの腕のおかげで転倒を避けられたらしい。後ろを見ると、エドガーさんが焦った様子でボクの背後にいた。


「エドガーさん」


「……あ。……申し訳ありません、出過ぎた真似を」


 その声はぼそぼそとしたものに戻っていた。だけれど確かにボクは砕けた調子の大きな声を聞いたはずだ。こんな雰囲気だけど、この人は優しい人なんだ。足の速さといい、見かけによらないことが多いな。やっぱり関わってみないとどういう人かなんてわからないものだ。


「ありがとうございます、エドガーさん」


「……いえ」


 エドガーさんはきまりが悪そうにそっぽを向いた。もしかしたら照れ屋さんなのかもしれない。だとしたら会話が続かないこともあるだろう。あまり気にしないようにしておこうか。


「さて、続きを……あ、ボクもう捕まっちゃってますね」


「いえ、仕切り直しにしてくだされば」


「ううん、大丈夫ですよ。じゃあ次はボクが鬼やりますね!」


「……はい」


 その後は兄様とルドヴィンが呼びに来るまでエドガーさんと鬼ごっこをしていた。ボクが鬼のときは明らかにエドガーさんは手加減していたので、次の機会があったら絶対にそんな余裕がないようにしなくては。精進しよう。

 だがエドガーさんとはあまり親しくなれたような気はしない。何だか一線引かれているような感じだ。それ自体はルドヴィンにも感じているんだけれど、理由が違う気がする。ルドヴィンは人を値踏みして客観視しているような感じだが、エドガーさんはただ単に人を拒絶しているような感じと言うのだろうか、とにかくまだまだ仲良くなれた感触はない。


「ルミア、そろそろ帰ろうか」


「うん、兄様」


 そうしてボクと兄様が共に出ていこうとすると、ルドヴィンがそれを制止してきた。


「お姫様、ちょっと耳を貸せ」


 命令形なのが非常に腹立たしいが、ここで対抗したら、面倒なことになるかもしれない。怪訝そうな顔をする兄様に少し待っててもらって、ルドヴィンの下に駆け寄った。


「なにかな? 手短に言ってほしい」


 ルドヴィンはボクに口元に人差し指を当て、自分の口にも同じように逆の手の人差し指を当てた。小さな声でひそひそと話せと言うことだろうか。だがそれは兄様か、ルドヴィンの後ろにいるエドガーさんか、どちらに聞かれないようにするためなのだろうか。そのボクの疑問は、ルドヴィンが囁くように発した声ですぐに解けた。


「エドガーについて、お前はどう思う」


「エドガーさん?」


 そんなことを聞いてどうするのだろうか。きっと興味本位でこんなことを聞くわけではないのだろう。何かしらの意図があるはず。でも一体、どういう理由で聞いてるんだ?


「どうって……、優しい人だと思う。でもどこか一線引かれているような感じがするから、もっと仲良くなりたいかな」


 とりあえずボクが思っていたことをそのまま言うと、ルドヴィンは目を細めてなるほどな、と呟いた。その表情からは何も読めない。返答に感心しているのか落胆しているのかもわからない。

 ボクが内心警戒していると、またボクに質問を投げかけた。


「ならあいつはお前の人生の一部に加えるに値する人間か?」


 ……どういう質問なんだ? 要するにエドガーさんと仲良くなりたいかってことではないのだろうか。さっき言ったじゃないか。……これからも関わっていきたいかってこと? それなら答えはこれしかない。


「そうだね、できることなら彼と友達になりたいよ」


 ボクがそう答えるとルドヴィンはくくっ、と笑った。


「そうかそうか、よくわかった。おい、アンドレ」


「何だ」


「また一ヶ月以内にこいつをつれてここに来い」


 突然何を言い出すんだ。今日で兄様とルドヴィンの話し合いと言うものは終わったんじゃないのか。そう思って兄様を見ると兄様も少し驚いたような表情でルドヴィンを見ていたが、諦めたようにため息をついた後、改めてルドヴィンを見た。


「どうしてもか?」


「どうしてもだ」


「……わかった。ルミア、悪いがまた一緒にここに来てくれるか?」


 思っていたよりもずいぶんすんなりと兄様が頷くので驚いたが、兄様がいいなら、とすぐに了承した。やはり付き合いが長いと何らかの意図が読めたりするんだろうか。それとも単にここでルドヴィンに何を言っても聞かないから受け入れただけだろうか。


「お前たちの次回の来訪を心から待っている」


 そう言ってルドヴィンが楽しみが増えた子供のように笑うのを最後に見て、ボクは兄様と帰路についた。

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