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お城へご招待

 兄様の仕事が片付いた日の翌日、予定通りボクたちはルドヴィンの待つ城までやってきていた。ここが城……わかってはいたけどやっぱり比べ物にならないくらい広そうだ。そもそも門から玄関までが遠く見える。何でこんなに広くしたんだろう。帰ってくる度に歩くの大変じゃないだろうか。

 兄様と二人で門の前に立っていると、何かが落ちてきたかと思うやいなや、ルドヴィンが目の前に仁王立ちで立っていた。落ちるにしてもどこから落ちてきたんだろうか。着いた時点ではどこにもいなかったと思うのだけど。


「よく来たな。待っていたぞ」


 偉そうにそう言うルドヴィンに兄様は淡々と返した。


「そうか、待たせてすまないな。それはそうと用件とは何だ?」


「せっかちだな、アンドレ。それは中でゆっくり話そうじゃないか」


 そう言ってルドヴィンはボクらの前方にある門を横切り、左に進んでいく。少し進むと小さな門があり、ルドヴィンはそこを開いた。なぜだろう。こちらの大きな門が入口ではないのだろうか。ルドヴィンに問いかけようとすると、兄様がボクの肩に手を置き、人差し指に口を当てる仕草をした。そして囁くような声でボクに話し始めた。


「見ろ。こちらの門とあちらの門、繋がっている建物が違うだろう?」


 そう言われてみると、大きな門はそのまま立派な城に繋がっているが、小さな門との間には高い塀があり、繋がっていないようだ。その代わりに城よりもずっと小さい、もしかしたらボクらの家よりも小さいかもしれない建物に小さな門は繋がっていた。ルドヴィンがこちらを開いたということはこれからこちらの建物に入るわけだ。


「これは俺の推測だが、おそらくルドヴィンはこの本館となる城に入ることを禁じられている」


「どうして?」


「それは……」


「おっと、楽しそうな話をしているな」


 兄様の言葉をかき消すかのようにルドヴィンが割り込んできた。いつの間にかすぐ傍にいる。小さな声で話していたつもりだったが聞こえていたのだろうか。神出鬼没な上に耳までいいとは、羨ましい。


「ルドヴィン、聞いていたか」


「ああ。そんな話、こそこそしてないで堂々と話したらいい。ちなみにお前の推理は当たらずとも遠からず。今でこそ禁じられてはいるが、これはオレが望んだ結果だ。本館の方が何かと面倒だしな」


 そう言いながらルドヴィンが小さな門の中へと歩いていくので、それについていく。入った瞬間現れた庭はジャングルのように草木が鬱蒼と茂っているが、一角だけ小さくさっぱりとした花壇があるのが見えた。あの花々だけ誰かが手入れしているようだ。この庭すべてに手が加えられていないということはここに住む誰かの趣味なのだろうか。まさかルドヴィンではないと思うが。

 建物の前まで来ると、ルドヴィンは玄関の扉を開き、入るように促した。そして嫌な笑顔とともに仰々しくお辞儀をした。


「ようこそいらっしゃいませ、お二方。オレの城でどうぞお楽しみください」


「ルドヴィンが急にそう言うことをするのは思っていたよりもずっと気持ち悪いな」


「そう言うなよ、アンドレ。傷つくなぁ、これでも練習したんだぜ。ま、三十秒くらいだが」


「そうか、傷つけ」


 兄様は平然とそう言い放ちながら、ボクの手を引いて中へと歩いていく。ルドヴィンはなぜか高らかに笑っていたが、見ない振りをしておいた。何で笑っているのか全然わからない。


 中に入るとまず思ったのは、ルドヴィンのように怪しげな雰囲気だな、と思った。明かりは灯っているのにどこか暗い。初めて来るからだろうか、安心感は微塵も感じられなかった。どことなく居心地が悪い。今頼れるのは右手にあるぬくもりだけだと瞬時に感じとった。

 そんなボクの不安を全く意に介さず、ルドヴィンは愉快そうな笑みを張り付けたまま、ボクらに語りかけた。


「さて、アンドレ。ここで一度お姫様とはお別れだ」


「お姫様って、ボクのことだよね」


「当たり前だ、お前以外にいるのか?」


 さもそれが当然のように話すルドヴィンに、兄様は強い眼差しを向けた。


「どういうつもりだ」


「なに、取って食おうって訳じゃあないさ。お前との話には、ちと邪魔なんでね。おい、エドガー」


 それじゃあ何でボクを呼んだんだよ、と言おうと口を開こうとしたが、それ以上に突然ルドヴィンの背後に姿を現した人物に驚いてしまった。無造作に伸ばされて表情をも隠している髪と、この中では圧倒的に高い身長が異彩を放っている。

 突然現れるという点ではルドヴィンと似ているが、実際には違う。ルドヴィンは別のところから急にそこに現れるという登場の仕方をしているが、この人は、言うなればさっきからそこにいたかのように、存在がぬっと主張してきた。いや、そもそも本当にそこにいたのかもしれない。けれど全く気配がしなかった。


「誰だ、そいつは。お前に従者なんてものはいなかったはずだが」


「あは、二年前くらいに拾ったんだが、お前には見せてなかったか。エドガー、オレの友人とその姫君だ。挨拶しろ」


 エドガー、と呼ばれたその人は、ボクたちの方を見て、目は見にくいが確かにこちらに目を向けて、小さくお辞儀をしながら、思っていたよりも随分高い声をぼそぼそと発した。


「お初にお目にかかります、エドガー・スーブニールです」


「ちなみにエドガーはこの図体のくせしてオレの一つ下だ。多少の無礼は多めに見てやってくれ」


 ルドヴィンの一つ下ってことは……ボクの一つ上!? もっと年上かと思っていた。そう思うほど背が高い。だがどうりで声が高いわけだ。まだ変声期がきていないのか。顔が見にくいので判断しづらいが、どうやら本当に少年で間違いないらしい。

 兄様はそんなことを気にした様子もなく、ルドヴィンにまた問いかけた。


「……こいつが一体なんだ。まさかルミアの面倒をこいつに見させる訳じゃないよな?」


「勘がいいな、アンドレ。ご明察だ。オレたちが話をしている間、お前のお姫様のお世話はエドガーにしてもらう」


 ふむ、つまりボクはエドガーさんと遊んでいればいいんだろうか。ますますボクがここに来た理由がわからない。でもそれくらいなら別に難しいことではないな。一安心である。と、思っていたが、どうやら兄様は不満のようだ。


「お前にルミアを会わせるのさえ抵抗があるのに、初対面の男にルミアと二人で過ごさせるのを認めるわけにはいかない」


「二人って訳じゃないぜ。現にこの建物にはオレたち二人以外にも住んでいる人間はいる。まあごくわずかな人数だから会う機会もほとんどないが」


「ほとんど二人のようなものだろう。ルミアに何かあったらどう落とし前つけてくれるんだ」


 ちょっと怒っているのであろう兄様の手を引き、こちらを向かせてからボクは兄様に言った。


「いいよ。待っている間エドガーさんと一緒にいるくらいならお安いご用だよ」


 ルドヴィンといるよりも気が楽だし、と喉まででかかったが言わないでおいた。これからルドヴィンと話がある兄様に言うべきことではない。


「お、お前よりお姫様の方が聞き分けがいいじゃないか。じゃあ早速オレたちは話し合いといこうか、アンドレ」


 そう言ってルドヴィンは兄様を無理やり引っ張り、足早にその場から離れていこうとした。兄様は抵抗するが、ボクが了承したこともあってか、本気ではせず、不安そうな目でボクを見ていた。大丈夫だよ、兄様。例えエドガーさんが暗殺者だったとしても、ボクにはイリスさんとセザールさんに教わった技があるからね!

 二人が完全に見えなくなってから、エドガーさんの方に振り向いて、ボクはできるだけ目を見ようとしながら話しかけた。


「じゃあまずはここの案内してもらえますか?」


 ボクのその問いかけに返ってきたのは、エドガーさんの小さな頷きだけだった。

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