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四人になりました

「フランソワーズ・レヴィアと申します。ルミアちゃんの友人として今後とも仲良くさせていただけると幸いです」


「……ラフィネ・ユベール。こちらこそよろしく」


「はい。気軽にフランソワーズとお呼びください」


「うん。僕もラフィネでいいよ」


 なんでだろう、自己紹介してるだけなのに謎の違和感を感じるのは。主に呼び方のところで。いや、ボクの友人としてと言うところもおかしいんだが。友人の友人という位置づけなんだろうか、それともただ言い間違えているだけか。おそらく前者である。


 フランは家が遠いので頻繁には無理だが、ちょくちょく会いに来てくれるようになった。落ちこぼれだとか女の子たちに言われていたが、家族や使用人さんたちとは仲がいいらしい。最近はボクの話で持ちきりだとか……、できればやめてほしい。まだ見ぬフランの家族と顔を合わせづらくなってしまう。

 そういうわけで度々家には来ていたのだけれど、訪問日がラフィネと重なったのは初めてだった。ラフィネは貴族の女の子と聞いて嫌そうだったが、ボクと兄様でとにかく普通じゃないと言うことを伝えると、会ってみる気にはなってくれた。ちなみにフランの方は会っても会わなくてもいい、というどっちでもよさげな雰囲気だった。男の子には興味がない子なんだろうか。


 というわけで本日のお茶会は四人で行うことになったのだった。


「ひええぇ……。ルミアちゃんがお茶を飲む姿、いつ見ても麗しいです。眼福です。今日はいい夢見れます。ありがとうございます、ありがとうございます」


「……話に聞いてた通りのヤバイ人だね」


 ヤバイ人とまでは言ってないんだが。いや、人が紅茶飲んでる姿に感謝しながら手を合わせるところ見たら、ボクでもヤバイ人だとは思うけど。いつもこんな感じだから慣れてしまっているな。ダメだ、ちゃんと正常な感覚を取り戻さないと。

 そんなことを思っているボクとは違い、兄様はラフィネの言葉に首をかしげていた。


「? ルミアの姿はいつも目の保養になっているだろう? どの辺りが変なんだ?」


 ラフィネとボクは顔を見合わせてしまった。ラフィネは何とも言いがたい顔をしている。うん、言いたいことはわかる。そしてそんな顔されても今さら修正不可能である。だからそんな何とかしろみたいな目で見ないでくれ。絶対無理だ。できるものならとっくにしてるし。


「……うん、本人が疑問に思わないならそれでいいよ。僕にはルミアをそこまでかわいいかわいいって愛でる行為が理解できないけど。そんなに言うほどでもないし」


 ラフィネが理解できてなくてよかった。ラフィネまでこんな感じだったら、ボクは今頃自分がおかしいのかもしれないと思い込んでいただろう。やはり外からの意見は大事だ。フランは例外とする。

 そう思っていながら、ふとフランの方を見ると恐ろしく鋭い目でラフィネを見ていた。思わず小さく悲鳴をあげてしまった。ラフィネもボクの悲鳴でそれに気づき、悲鳴こそあげないものの驚いた表情をしていたが、兄様は一切顔色を変えなかった。いつも思うが、兄様って何なら怖がるんだろう。まあそれはさておき。


「どうしたの、フラン? そんな顔して」


「えっ? あっ、ごめんなさい! 私、好きなものを否定されるとつい顔に出てしまって」


「……否定まではしてないんだけど」


 う、うーん、仲良くなってくれるだろうか。今はどちらも不機嫌そうに見える。どっちも思ったことをばっさり言ってしまうタイプみたいだし、相性は悪くないと思うんだけど、問題はおそらく共通の話題がないこと。ラフィネは基本どんな話でも乗ってくれるけど、積極的に話題を作ることはないし、フランは興味のあることの話しかできない。厳密にはできるんだけど、それに対しての考えがないから話が続かないと言っていた。何とかして捻り出せないだろうか。

 そう思っていると、兄様がボクににこっ、と笑いかけてきた。ボクも笑い返すが、兄様が何を伝えたいかがわからない。何だろう、……安心させようとしてくれてる?


 兄様の笑顔の意味について考えていると、兄様はフランに何かを耳打ちしていた。フランはそれを真剣そうに頷きながら聞いて、いい考えですね!と声をあげた。そしてラフィネに向き直り、さっきとはうってかわって楽しそうな顔をした。


「ラフィネさん!」


「な、何?」


「ルミアちゃんの好きなところを言い合いましょう!」


「……はあ?」


 突然何を言い出しているんだろうかこの子は、と思いながら兄様を見ると、さっきと同じように微笑んでいた。まさか兄様の差し金か。絶対そうだ。そうでなかったら基本的に仏頂面の兄様がこんなに長い間微笑んでいるわけがない。……いや、結構な頻度で笑ってるけども、そういうことではなく。

 それよりも今はこっちの問題である。非常にまずい。このままでは前と同じように辱しめを受けることになる。どうしよう、どうしよう。


「まずは私から、鬼ごっこで逃げる側よりも鬼になったときの方が喜ぶところです!」


 思ってたよりも変なところ言うな。そこが好きなの!? いくらなんでもピンポイントすぎないかな!?


「……じゃあ、無理にボクとの勉強に付き合って、寝かかってるのに眠くないって意地張るところ」


 ラフィネもピンポイントな好きなところあったの!? もうちょっと、こう、ふわっとしたのを想像してた。ていうか本当にそこ好きか!? ダメだ、ピンポイントで言われる方がよっぽど恥ずかしい。これは止めさせないと、そう思ってボクが立ち上がったのと同時に、兄様が口を開いた。


「俺はルミアが料理を」


「あんたもかい!」


 うわー! とうとう兄様のことをあんたとか呼んでしまった! ってそこじゃない。何参戦しようとしてるんだこの人は! 本当は自分が話したかっただけか!もう! さすがのボク相手でもやっていいことと悪いことがあるんだからな!


「ちょっと席外すね! 落ち着いてくる」


 まだいくつか話しそうな勢いの三人を置いて、ボクはとある部屋に走った。本人の部屋を訪ねるよりよっぽどあの人がいる可能性がある。今までの経験がそう物語っている。とにかく会って冷静にならねば。

 そう考えながらドアをノックすると、どうぞ、と清らかな女性の声がした。できるだけ荒くしないよう、丁寧に開けると、想像通りそこには二人の人物がいた。


「失礼します、イリスさん」


「ルミア様、何かございましたか?」


「おや、お茶会中じゃないんですか~?」


 イリスさんとセザールさんが向かい合ってなにやら話していたようだ。このようにセザールさんは暇なときイリスさんの部屋に入り浸っている。こいつ、女性の部屋に長時間居座るなんて、とは何度か思ったことがあるが、イリスさんが気にしていないならボクには何も言えまい。そして、今回ボクが会いに来たのはセザールさんだ。


「ごめんなさい、イリスさん。セザールさんを少しの間貸してほしいんだ」


「いやいや、それイリスに聞きますか?」


「はい、セザールでよろしければいくらでもお持ちください」


「お前も許可するのかよ。しかも俺は一人しかいねーよ。複数いたら普通に怖い」


 何だろう、この実家に帰ってきたような安心感。ものすごく落ち着く。だがこれだけではあの羞恥地獄には耐えられない。なんとか耐えきるためにも、セザールさんにあれを頼まねば。


「セザールさん、早速だけど何か気を紛らせるような一芸をしてほしい」


「えっ、もしかしてその為だけに来たんですか?」


「うん、この為だけに来たよ」


「ええー、というか俺相手じゃなかったらそれ無茶振りですからね」


 ぶーぶーと文句を言っていたが、うーん、と悩んでから、あっじゃああれにしましょう!と元気よくセザールさんは言った。なんだかんだ言ってやってくれるところがこの人の美点だ。


「あれ最近極めたんですよ」


「ああ、もしかしてあれのこと?」


「そうそう、この前やってみせたやつ」


「あれってなんのこと?」


 少なくともボクは見せてもらっていないはずだ。というのもセザールさんは芸を練習して、完璧になったらイリスさんに確認してもらう。そしてボクの不意をつき見せる機会を窺っているらしい。なんて用意周到なんだ、セザールさん。その活力をもうちょっと仕事にも回してほしいと、イリスさんが言っていたことはボクの内に秘めておこう。

 ボクの疑問に対して、セザールさんは得意気な顔で答えた。


「それはですね……、なんと、前方ローリングです!」


「ほ、ほう。そうなんだ」


 セザールさんがやることはマット運動が主である。正直そんなに詳しくないので、授業で習うこと以外は技を言われてもわからない。今回はその類である。ごめんなさい、見てみるまではなんとも言えなくて。


「わかってなさそうですねー。よし、じゃあいっちょやっちゃいましょう!」


 そう言ってセザールさんはしゃがみこんで、床にお腹をつけて綺麗に回転し始めた。なるほど、回ると言っても前転とは床と接する面が逆みたいなものだろうか。なんにせよこんなに綺麗に回ることはおそらく難しいのだろう。今のボクには無理かもしれない。いつか挑戦するために覚えておこう。

 セザールさんはある程度回ると、ブリッジの状態から綺麗に起き上がった。ボクとイリスさんが拍手をすると、誇らしげに笑った。


「ふっふっふ、もっと褒め称えてもいいんですよ?」


「うん、ありがとう、セザールさん」


「どういたしましてー」


 よし、完全に頭が切り替わった。ボク、今なら勝てるぞ。驚異の好き好き地獄に対抗しようじゃないか! 具体的な計画は全くないが、行ける気がする。

 本当にありがとう、と二人に向かって叫びながら、皆のところに戻ると、席を外す前とは違い、何やらラフィネとフランが真剣に話し合っているようだった。

 手持ちぶさただった兄様がボクに気づくと、席を立ってボクに近づいてきて、大成功だ、と笑った。


「大成功?」


「ああ、二人に共通の話題ができた」


「えっ! できたの?」


 確かに二人の話は盛り上がっているみたいだ。二人の話を聞きに行くために近づいてみると、テーブルの上に何かが書かれている紙が何枚もある。話しながら書いているのだろうかと思って一枚取って見ると、それにはワンピースのデザインが描かれていた。そこではっきりと二人の声が聞こえてきた。


「……そうだね、やっぱり緑と白を取り合わせた方がいいかも」


「はい! 緑は濃いめでもいいと思いますが、明るめの黄色がかったものもいいと思うのです」


「確かに、二つ考えようか」


 服の話、でいいのか? それにしては女の子用ばかりのような……。


「うん? もしかしてこれって」


「ああ、ルミアにどういう服が似合うかという話だ。思った通り、この話なら嬉々としてするだろうと思ってた」


「……なるほどね」


 想像上だけならまだいいんだが、きっとそれだけじゃ収まらなくなるのだろう。その時は二人の関係を壊さないためにも、ボクは着てあげねばならない。こんなに楽しそうなのに拒否することはできないし。


 ……まあ仲良くなってくれたならいいだろうか。仲がいいか悪いかだったらやっぱり仲良しの方がいいに決まっている。ボクが犠牲になるだけでそれが保たれるなら安いものだ、とは言っても……、うん、できるだけすぐに作る段階へ発展しないよう、今はただ祈るばかりである。

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