興味の方向は一直線
何を隠そう、恥ずかしがる女の子が好きです。
ボクとフランはそれからしばらくの間、手を繋いだまま見つめあっていた。なんでもフランの要望で、しばらくボクを目で堪能したいと言っていたが、なにが面白いのかボクには全くわからなかった。というかさすがにずっとこうしていると、恥ずかしくなってくる。ボクの顔が赤くなっていくにつれて、黙ったままそうしていたフランも口から悲鳴が漏れ出すようになっていた。今さらだがちょっと悲鳴あげすぎじゃないだろうか。……そもそもこれは悲鳴なのだろうか。奇声と言うべきだろうか。
そして長い間、おそらく数分程度なんだけれど、そのままの状態でいると、一つの影がボクらに近づいてきた。言わずもがな全ての元凶である。
「ルミア、それにフランソワーズ、待たせたな」
「アンドレ様、お久しぶりです」
兄様は悠然とこちらに歩いてきて、フランに会釈をした。フランも顔を兄様に向けて会釈を返し、またボクの方を見た。自然にやっているがボクにとってはめちゃくちゃ不自然である。どうしてこっち向いたんだ。
「ずいぶん仲が良さそうにしているが、下婢は諦めたのか?」
「はい、ルミア……ちゃんが友達にしてくださって。ああああ! 言葉にしてみるとなんて恐れ多いことなんでしょうか! 明日この身が消えてなくなっていようと受け入れます!」
「いや消えないから。または消えてなくなってても受け入れないで、抗って。そしてその件に関して兄様にお話がある」
やっぱりボクと出会う前からそんなこと言ってたんじゃないか。諦めたのか、じゃなくて止めてくれ、兄様。こんなかわいいお嬢様が突拍子もないことを言っているのを、普通に受け入れないでほしい。
「どういう話し方をしたらフランがそんなこと言い出すの? ボクの話をするなとは言わないけど、脚色はしないでほしい」
ボクの言葉を聞いて、兄様は首をかしげた。きょとんとした顔がまるで何のことかわからないというように表現されている。もしかして自覚ないのか、この人。
「俺は見たまま伝えているだけだが。例えばどういうことだ?」
「例えばって……ボクのことか、かわいらしいとか、愛らしいとか……うう……」
自分で言ってて恥ずかしくなってきた。何を言わされているんだボクは。もはや羞恥心で死ねる。フランがシャッターチャンスだと騒いでいるのも、今のボクにとっては全く問題にならなかった。実際に撮られるとなると嫌なんだけども。というかなんでこの世界って日焼け止めはないのにカメラはあるんだ。詳しくは知らないが、設定にムラがあるんじゃないだろうか。まあそれはさておき。
睨み付けるつもりで兄様を見ても、やけにいい笑顔で、度肝を抜かれてしまった。今すぐにでもこの場から立ち去りたい。仮病でなんとかならないか。あ、でもボクの嘘は一発でわかるってイリスさんが言っていた。……やめておこう。
「ここにカメラがあれば……はっ、だ、大丈夫ですよ! 確かにアンドレ様は何度も何度もそうおっしゃられていましたが、全くもって嘘ではありませんでした! 実際ルミアちゃんはとってもかわいくて愛らしくて可憐で魅力的で」
「もうやめてくれ!」
何度も言うがそれは以前のルミアであって、今のボクには全く当てはまらないんだ! 完全に身内の贔屓目である。少なくともボクはそう思っている、さっき会った女の子たちもそう言ってたし。とにかくかわいい要素はこの服くらいしかない!
そんなボクの心の叫びも知らず、兄様は、そうだな、とフランに同調した。
「ルミアはそういう強情なところも魅力だな。心からの笑顔もかわいいが、そうやって照れている姿も最高にかわ」
「やめろって言ってるだろ!」
兄様がこれ以上余計なことを言い出す前に、ボクは兄様の口を塞いだ。フランが名残惜しそうにしていたが、今はそれどころじゃない。周りがさっきから聞き耳たててるのわかってるんだぞ! もう全員の記憶消しに回りたい。大丈夫、死なない程度に殴るから。
とにかく話を変えよう。そうしないと暴れて何をしでかすかわからないぞ、ボクが。
「もうこの話はやめよう。えーっと、どうしてフランは兄様と仲良くなったの?」
「それだとさっきの話に戻りますよ?」
「戻るの!?」
「は、はい。きっかけはアンドレ様のお話に私が興味を抱いたからなので」
兄様の話ってボクについてのことしかないの!? 他のこと話してよ。兄様は素晴らしい方なのに、ただのシスコンだと思われるぞ。……もう手遅れかもしれないけど。
「どうして興味持っちゃったの……」
「それはですね! 私、かわいいものに目がなくて! アンドレ様が無理やり他の方に見せていた写真を遠目から見て、この子かわいい!となってしまったからというか」
なんで兄様は勝手に写真を見せてるんだ。嫌がってるなら見せないでくれ。というか話を聞いてボクをかわいいと思い込んでしまったとかではなく、写真見てかわいいと思ったの!? うぐ、ボクの身内以外にもこの姿をかわいいと言ってしまう人が出てくるなんて。何かもうちょっと変化をつけた方がいいだろうか。
「それでアンドレ様の話をたくさん聞いて、あっ、私一生この方を崇拝したい!と思って、やっと今日会うことを許されたんです。そうですよね、アンドレ様」
話をふられたので、兄様が口をもごもごと動かし始めたが、ボクの手を取ろうとはしなかった。別に兄様なら無理やり引き剥がせるだろうに、本当にボクには甘い人だ。ボクが手を離すと、何事もなかったかのように、話し始めた。
「そうだ。最初はルミアの友人となる見込みがある少女を重点的に探していたが、俺目当ての女性が多くてだな、諦めかけていたところにフランソワーズが寄ってきた。話しているうちに段々思ってたのと違う感じになってしまっていたが、まあ好都合だなと」
なんで兄様がボクの友人探しをしているんだろうか、とか、諦めかけていたならそのまま諦めててほしかった、とか言いたいことは色々あるが、それは置いておいて。
「全然好都合じゃないからね! 友達と使用人さんじゃ全く違うからね!」
「そう言えば俺が没落して虐げられた話が大声で聞こえてきて、話し相手にすごく気まずそうな顔をされたぞ」
「ごめんなさい! ルミアちゃんにあの人たちを近づけさせないためには、それ相応の犠牲が必要だったんです!」
「そうか、ならあのかわいそうなものを見る目も許せる」
「それについては、ボクからもごめんなさい! でも話を逸らさないで!」
あんなに大きかったから兄様にも聞こえてるだろうとは思っていた。ボクの勝手な行動も要因の一つではある。
だけど、今はその話してるんじゃないんだ! 兄様はちょっと身内以外に冷たすぎなんじゃないか。ルドヴィンに対しては多少仕方ないとはいえ、友人枠が使用人志望になっているのを止めないのは、いくらなんでもおかしい。家では優しい兄様のはずなんだが、それだけ家族を思ってくれているということだろうか。うん、そう考えると確かに優しい兄様である。やっぱり兄様は兄様と言うことか。……ちょっと頭が混乱してきた。考えるのはやめよう。
「まあルミアちゃんのご慈悲で友達にしてもらえたので結果オーライと言いますか、私もアンドレ様に失礼なことをしたのでおあいこと言いますか」
「そうだな、だがお前のそういうところが気に入ってるぞ。フランソワーズ」
「うーん、仲がいいならそれでいいんだけど。……あれ、そういえば今さらだけど、兄様はフランのことフランって呼ばないんだね」
勝手に家族しか呼んでいないものだと思っていたが、仲良しの印なら兄様も呼んでないとおかしいんじゃないか? そんな疑問はあまりにもさらりと答えられた。
「当たり前ですよ。話が合うのはルミアちゃんの話だけですし、アンドレ様自体には全くもって興味がないので、呼んでもらう必要がないんです。それに呼ばれても嬉しくないです」
本人の前でそんなに堂々と言うか。ちらっと兄様を見ると、怒りの欠片もなく、ボクに向かって穏やかに微笑んだ。
「こういうところが異常なまでに失礼だが、その心意気は嫌いではないし、俺としても余計な感情を持たれた方が迷惑だからな。こういう奴でよかったと思っている」
……両者がそれでいいならいいんだけど。もしかして人と話すのが苦手って、こういうことなんだろうか、とぼんやり思ってしまった。




