友達として手を取って
「……うん、もう一回言ってくれる?」
もしかしたら聞き間違いかもしれないと淡い期待を抱いてそう頼んでみたが、返ってきたのは一語一句違わない、さっきの自己紹介の言葉だった。兄様、まずこっちに来たら、パーティーを楽しむんじゃなく話し合いをしようか。主にどういう話をしやがったのかについて詳しく。
こんなこと本気で言わないだろうとも思ったが、彼女の一切の穢れのない瞳が本気だと物語っていた。この子、正気か。よくある魔術的なもので操られてるとかないか。いや、この世界に魔術なんてそもそもないんだけど、それでも疑ってしまうくらいの衝撃発言だ。
「とりあえず料理でも食べようか」
そう言ってボクは、今までずっと左手に料理が載っている皿を持っていることを思い出した。……よく抱きつかれたりしながらも落とさなかったな。無意識にも関わらず。ナイスだ、ボク。
手近な料理を一つ取って、ボクはフランソワーズの口元に運んだ。彼女はじっとその動作を見た後、赤かった顔をさらに耳まで赤くして、小さく悲鳴をあげた。
「そ、そんな、ルミア様の手ずから……? 対応が神の領域……」
「うん? 神ではないかな」
顔が赤いから恥ずかしがっているのかと思ったが、どうやら反応が違うようだ。どういう気持ちなのか理解はできないけれど、恥ずかしがっているわけではないと言うことはボクでもわかる。喜んでる……ということでいいんだろうか。
「ひいぃ、よく考えたら私なんかに返事をしてくれている時点で神では? え、私どれだけ前世で徳を積んだらこんな幸せになれるの? ああ……もう死んでもいい……」
いや死んではよくないよね!?と思わず言いそうになったが、止めた。よくわからないが、それだけなぜか幸せを感じてくれているということなんだろう。リアクションが大きすぎると思うのはボクだけだろうか。いやはや、人は見かけによらないものだ。
そう思っていると、フランソワーズは急に青ざめた顔をした。
「あ、あああああ、ごめんなさい!」
「えっ、どうして急に謝ったの!?」
「ず、ずっと、ルミア様の腕をあげさせてしまって、ひええ、実刑判決ですぅ! この罪深き下婢に罰を!」
ボクのフォークを持った右手のことか。確かに早く食べてほしいとは思っていたが、謝られるほどのことでもない。そして君はボクの使用人さんではない。
「いや、大丈夫だから。罰なんて与えないよ」
ボクはそう言ったが、フランソワーズはぶんぶんと首を横に振った。どうやら与えられなければ気が済まないらしい。そもそも与える権利なんてないのだけれども。うーん、と言っても別に苦しめたい訳ではないし……、あ、そうだ。
「じゃあ、ボクと一緒にこの皿の食事をなくす、って言うのが罰ってことで、いいかな」
やっぱりこんなんじゃ罰にはならないだろうか。回し食いが嫌なら大した罰になりそうだが、その場合はさすがに他の罰を考えよう。あまり嫌な目には合わせたくない。
フランソワーズは唖然とした顔をしていたが、次第にその頬を紅潮させていった。
「そ、そんなの、罰じゃないです!」
「あー、やっぱり」
「ご褒美です!」
ボクの声に被せて、大きな声でそう言った。ご褒美、え、ご褒美? 罰ではないかもしれないが、ご褒美でもないんじゃないか。一般的に考えて。あ、料理を持ってくる必要なく食べれるというところがご褒美なのか? 持ってくるのが億劫なタイプなんだろうか。……いや、何か違う気がする。まあ深く考えないでおこう。
「はっ、罪とご褒美は紙一重と言いますもんね! それですか?」
「聞いたことはないけど、うん、そういうことにしておこう。はい、あーん」
「ひょええ、ルミア様のあーんが聞けるなんて……、一生分の運使い果たした。あわっ、よ、よろしくお願いします!」
お願いされるというよりも、こっちがお願いしたんだけどな……。大きく開かれた口に、フォークを入れると、ゆっくりゆっくり口が閉じていく。ボクがフォークを引き抜くと、しばらく硬直した後、これまたゆっくりと咀嚼し始めた。……なんかそうも噛み締めるように味わわれると、こっちが気恥ずかしくなる。
いや、あんまり観察していないでボクも食べよう。同じのを取って食べてみる。うん、おいしい。取って正解だった。フランソワーズはどうだっただろうか。
「どうかな、おいしい?」
そう言いながら振り向くと、なぜかフランソワーズは口を押さえて、涙が目から溢れ落ちそうになっていた。
「ええっ!? ごめんね、そんなにおいしくなかった?」
嫌いなものだったのだろうか。そう反省していると、フランソワーズはふるふると首を振った。
「ちが、違うんです、ただ」
「ただ?」
「ルミア様に食べさせてもらえたことが幸福すぎて……本来の味の何千倍もおいしく感じるんです……」
……そんなことあるのか。すごいな、ボクから何か放出されているのだろうか。ってそんなことあるわけないな! 褒め言葉にせよ過剰すぎるし、食べさせただけで料理の味は普通変わらない。
でもおいしく食べてもらうのは何よりだ。そのまま交互に食べ進めていって、すっかり皿の上は空になっていた。途中途中でフランソワーズが、これにはルミア様の唾液が、とか色々言っていたが、とりあえず聞いてない振りをした。なんとなく触れてはいけないような気がしたのだ。
料理を食べ終わって皿を置くと、ボクはふと思ったことを口に出そうと思いたった。
「フランソワーズ」
「ひゃい! る、ルミア様が私の名前を……ははあ」
名前を呼んだだけで、顔を赤らめて、合掌しだしてしまったが、気にしないでおこう。突っ込みどころが多すぎて、全てに突っ込んでいたら話が進まない。
「ボクのことを様付けするのはやめてほしいんだ」
「……? えっ、えええっ!」
兄様がどういう風にボクのことを伝えたのかはわからないが、できればフランソワーズとは友達になりたい。決して主従関係ではなく。折角ボクみたいなのに好意的に接してくれているのに、上下関係があるというのはどうにも気に入らないというか、対等な立場でありたい。
「貴族の友達も、女の子の友達もいないんだ。君さえよければ友達になってくれないかな」
フランソワーズは一瞬、嬉しそうに目を輝かせたが、次の瞬間にはすぐに曇った表情をしていた。なにやら言いにくそうにしていながらも、おずおずと口を開いた。
「わ、私、貴族ではあるんですけど、階級も違いますし、それに、それに、落ちこぼれ、なんです」
「落ちこぼれ?」
そう言えばさっきの女の子たちもそんなようなことを言っていたな。勝手にきつい言い方をしているだけだと思っていたが、フランソワーズ自身もそう思っていたのか。
「はい。私、長子なのに、勉強も運動も苦手で、ちょっとうまくできることと言えば楽器、ピアノくらいで、人とお話しするのも苦手で、本当にもうだめだめなんです。もっとしっかりしなきゃいけないのに……」
つまり他の人よりできることが少ないと言うことを、負い目に感じているのか。さらに長子だと言うことがさらに重圧をかけている。自分に自身が持てない子なんだ。なるほど、なるほどね。
「だ、だから、私なんて」
「そんなことない!」
「ひゃわっ!?」
ボクは強引にフランソワーズの手を取った。ものすごく動揺しているが、そんなのお構いなしだ。自分の思ったことを伝えなければ。
「それを言うならボクだってだめだめだ。勉強もからっきしだし、そもそも音楽なんて全くやってないし、運動は多少自信あるけど、それでも周りの人たちに敵わない」
「そ、そんな」
「だけどね」
何かを言おうとしたフランソワーズの言葉を遮って、ボクは続けた。
「仲良くするのに優秀かどうかなんて関係ないと思う。それだったら本当にボクは兄様の隣に並ぶ資格なんてないし、ラフィネ……今のところたった一人の友達なんだけど、彼とも仲良くすることなんてできない。それでも一緒にいるのはそんなこと関係なく、一緒にいたいかどうかだよ。だからさ、フランソワーズ」
フランソワーズは黙ってボクの言葉を待っていた。今から少し照れるような言葉を言うというのに、ボクは不思議と緊張しせず、ゆったりとその言葉を発した。
「ボクは他でもない君と友達になりたいんだ。苦手なことは苦手なままで構わないし、一緒に克服していけたら最高だ。例え何回やってできなくても、それで君のことを見限ることはないよ」
そう言ってボクは彼女に手を差し出した。フランソワーズは少し困ったように、手を出したり引っ込めたりしていたが、やがておそるおそる、と言ったようにボクの手を取った。そして、はにかみながら微笑んだ。
「私で良ければ、ぜひお願いします。ルミア……ちゃん」
「こちらこそよろしく、フランソワーズ」
「あっ、えっと、そのぉ」
突然フランソワーズはもじもじと何かを言いたそうに視線をさまよわせていた。
「どうしたの?」
「あ、あの、おこがましいお願いだと思うのですけど……」
恥ずかしそうに、でもかすかに期待のこもった目でボクに目を向けていた。友達からの初めてのお願いだ。折角だから何だったとしても応えてあげたい。
「ふ、フランって呼んでくれませんか? 私、家族からはそう呼ばれてて、ルミアさ、ちゃんにも呼んでほしいと思って、ぴいいいい! ごめんなさい、やっぱりだめですよね!」
何かと思えば愛称で呼んでほしいなんて、かわいいお願いだ。もちろん、答えは決まっている。
「ダメなんかじゃないよ。むしろ家族しか呼んでない愛称で呼ばせてもらえて嬉しい。ありがとう、フラン」
「ひぎゃああああああああああああ! ファンサービスの嵐なんて、尊い! 今なら尊死できますぅ!」
……うん、おそらく喜んでいるんだろう。言っていることはよくわからないが、何だか幸せそうな表情だし、喜んでもらえてよかった。でもこれからはもうちょっと、声を抑えて喜んでもらいたいなぁ、と周りの視線を感じながら思った。




