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かわいいお嬢様

 ルドヴィンの件を経て、ボクは無事に会場の中にいた。緊張なんてもうとっくにどこかに消しとんでしまっていて、心配事なんてまるでなかった。何かあるとすれば、兄様が会わせたい人がいると言っていたくらいだ。一体誰かは後のお楽しみらしい。

 ちなみに少し暴れてしまったせいでドレスが汚れてしまっていたが、イリスさんが予備のドレスをどこからともなく出してきてくれた。どうせ汚すと想定して、ラフィネが用意していてくれたらしい。汚す前提で用意されていたのは心外だが、実際汚してしまったのでぐうの音も出ない。一応お礼は言おう。


 いつも使われていない大広間は大勢の人々で賑わっていた。なんだか老若男女問わずきらきらしてるなぁ。ボク場違いじゃないだろうか。髪とかおかしいところないかな、とか思ったが、よく考えたら一番短い時期よりもちょっと長いくらいの長さしかないから、おかしいもなにもない。元々髪質がふわふわだから、多少変でもおかしくは見えないし。


「あ、あのっ……」


 ふいにそう声をかけられた気がした。すぐにでも消え入りそうな少女の声で、辺りを見回してもそれらしき姿はない。気のせいだろうか。確かに聞こえたような気がしたんだが。


 気を取り直して食事でも取りに行こうかと思い、好きなものを皿に盛り付けていくが……何だか視線が痛い。ちら、と様子を伺うと、同年代くらいの少女たちがこちらを見て、何やらひそひそと話しているようだった。

 やっぱりボクだけ肌色が違うし浮いてるんだろうか。わかるよ、子供というものは自分と違うものを排除するものだからね。以前からの経験で知っている。大人もそうだけど。そして肌が焼けているのは完全に自業自得なので反論の余地もない。


 まあそれはさておき、おいしそうな料理が多過ぎて一回じゃ取りきれないな。それに皿いっぱいに盛り付けるのは見た目的にもよくない、とセザールさんが言っていた。色んなものを少量ずつ取って、ひとまず食べよう。座る場所もないし、できるだけ隅で食べたいな。どこかにいい場所空いてないだろうか。

 いい場所を探し求めてきょろきょろしていると、さっき見かけた女の子たちがぞろぞろとこちらに近づいてきていることに気づいた。驚いて思わず足を止めてしまう。


「そこのあなた」


 その中でも一番前にいる女の子がボクをそう呼んだ。会ったこともないはずだけど何か用だろうか。もしかして一緒に食べたいのかと思ったが、彼女たちは手ぶらである。まさかボクの皿を強奪に!? それは勘弁願いたいなぁ。同じものをもう一回取りに行くのはさすがに勇気がいる。あとできれば皿の枚数をあまり増やしたくない。


「はい、何かご用でしょうか」


「あなた、アンドレ様の義妹ですって?」

 

「ええ、そうですよ」


 そう返すと女の子たちは一同にくすくすと笑いだした。笑い声の中には、こんな子が?、と嘲るような声も聞こえる。なるほど、ボクみたいなのが兄様の妹なのがおかしくて仕方がないと言うことか。まあ気持ちはわからなくもない。

 ひとしきり笑い終えると、先頭の女の子が顔をあげてバカにするような笑みを向けた。


「全然似ていないのねぇ、品格も容姿も。そんなのでよくアンドレ様の隣に立てるわね。わたしだったら無理ですわぁ、ほほほ」


「はあ、血は繋がっていないので、似てはいないと思いますが」


「そんなこと知ってるわよ!」


 なんで今怒られたんだ? 似ている似ていないで言ったら似ていないのは当然だろうに。それに確かにボクと兄様は他人だったとすると関わることはないだろうが、兄妹だし仲はかなりいいと思うので、話をすることも普通じゃないだろうか。一般的な貴族の家庭だと違うのか?


「ま、まああなたごときわたしの足下ににも及ばないということですわ。アンドレ様にちょっと可愛がられてるとは言えいい気にならないでくださいませ」


「そうですわ、アンドレ様と一緒にいるべきなのはカトリーヌ様ですの」


 なんだか兄様のことをやたら会話に挟んでくるな。……もしかしてこの子、兄様が好きなのか!?

 ふむ。ルミアは元がいいし、成長後の絵だけを見ると美しく、気品のある美少女なのだが、ボクが完全に見た目を変えてしまっているせいで、顔は同じでもぱっと見では同一人物とは思えないほどである。つまり元のかわいさを削いでしまっている。さらにドレスとの不釣り合い感も含めると、完全に目の前のこの子の方がかわいらしい。左右高めの位置で結った髪も、ふわふわとした甘いピンク色のドレスも、もちろんこの子自身の顔も、すべてが釣り合っている。総合的にはこの子が優勝だ。よし、そうと決まれば!


「はい、では協力させていただきます」


「はい?」


「あなたは私の兄をお慕い申し上げてくださっているのですよね?」


「きゅ、急に何をおっしゃっていますの!?」


 ボクの質問に対して彼女は顔を真っ赤に染め上げた。ははーん、図星だな。これで兄様の美的センスの修復ができるかもしれない。この子を全面に押し出せば兄様ももはやボクが一番かわいいとは言えなくなる。うん、兄様の将来にとっても重要なことだ。


「心配なさらないでください。あなたは私なんぞよりずっと、おかわいらしく、愛らしいのですぐに兄もあなたに好意を抱いてくださるでしょう」


「……そ、そうですわ! あなたよりもわたしのほうが容姿も品格も優れておりますの! アンドレ様にふさわしいのはわたしですわ!」


 よし、機嫌をよくしてくれたみたいだ。このまま兄様のところまでつれていければなんとかなるかもしれない!

 そう思って兄様を探そうとすると、急にボクの懐に何かがぽすん、と飛び込んできた。


「そんなことはありません!」


 突然ボクに飛び付いてきた、見覚えのない女の子。その子が高く大きな声でそう言った。周りの関係ない人も一様に振り向く。

 ……知り合いじゃないよな? もしかしてどこかで会ったこと、いや、ないな。そもそも同年代の女の子に会ったのが今日初めてだ。ならこの子は一体……?


 目の前の女の子も驚いた顔をしていたが、ボクに抱きついているこの子を認識したのか、その子を見て、ふんと鼻で笑った。


「誰かと思えば、男爵家のレヴィア様じゃありませんこと? その中でも落ちこぼれのあなたがわたしたちの会話に何のようかしら?」


 さすがのボクでもわかる。暗に会話に入ってくるなという言い方をしているようだ。圧が強い。

 そんな言い方をされて、ボクのレヴィアと呼ばれた少女もぷるぷると震えている。さっき叫んだ声も震えていたし、おそらくそこまで気の強い子ではないだろう。しかし、少女は彼女から目を逸らさず、ボクをぎゅっと抱き締めながら、また口を開いた。


「わ、私、知ってます、知ってるんです」


「あら、あなたみたいな人が何を知っているとおっしゃるのかしら」


「その、…………のことを」


「声が小さくてよく聞こえませんわぁ」


「本当、レヴィア様はお声が小さいのねぇ」


 そう言うと女の子たちは皆、ボクを笑ったときと同じように、面白がるように笑った。さらにぷるぷると震え出してしまったこの子を見ていられなくて、とにかく落ち着かせるために、そっと背中を撫でると、次第に震えが収まっていった。そしてそれと同時に何やら悲鳴のようなものが小さく聞こえた。なんと言っているかはわからないが、とりあえず嫌なわけではなさそうだな。よかった。

 震えが止まると、また少女はさっきとは違う、少し強気な目で女の子たちの方を向いた。


「アンドレ様が没落したとき、あなたたちが急に態度を変えて悪く言っていたこと、知ってます!」


「な」


 ……少女の声は大広間全体に響き渡った。まさかこんなに大きな声でそんなことを言うとは思わなかった。少女の発言に女の子たちは皆焦ったような顔をしていて、周りからの視線も突き刺さっていたのもあり、居心地が悪そうにそわそわとし始めた。


「そ、そんなことありませんわ。何を言っていらっしゃるの?」


「そうですわ。わたしたち、そんなこと、ねえ?」


「あ、しょ、食事を持ってこなければ、折角のお食事が冷めてしまいますわ」


「それではわたしたちは失礼しますわね。ごきげんよう、おほほほ……」


 女の子たちは早口でそう話して、そそくさと離れていった。周りの人々もぎくしゃくはしているが、なんとか元の雰囲気に戻そうと話し始めている。……うん、無理もないね。兄様の誕生日パーティーで兄様が没落した話出ちゃったわけだし、そりゃあぎくしゃくもする。兄様のお気持ち的には大丈夫だろうか。

 いや、今はそれよりこの子のことだ。一体何者なんだろうか。とんとん、と肩を叩くと、ひゃあっ、と悲鳴をあげてボクから離れた。


「ひゃ、ひゃわわわわわわ、ご、ごめんなさい、出過ぎた真似を。あっ、それにどさくさに紛れて抱きついてしまって! お許しくださぁい!」


 謝りながら少女は土下座し始めたので、慌てて止めにはいる。お願いだから顔をあげてくれ。また注目の的になってしまう。というかもうなってる。顔をあげさせようとボクもしゃがむと、それに気づいた少女は、ばっ、と顔をあげてすぐにまた下げた。


「ひええ、ルミア様が近い! これはもしかして夢では!?」


「いや、夢じゃないよ。とりあえず顔をあげ」


「ぴゃあああああ! ルミア様の生声! 生きててよかった! 神様、ありがとうございます!」


 ……なんかすごい子だな。というか普通にボクの名前を呼んでいるけれど、知っているのか? いや、さっきの子たちも知ってたし、兄様から話を聞いてしまったんだろうか。特徴言えば一発でわかる見た目してるしな、ボク。


「ええーっと、立てる?」


「る、ルミア様のお手々!? 触るなんて滅相もありません! 立ちます、立ちますぅ!」


 そう言って少女は勢いよく立ち上がったので、行き場のない手を引っ込めてボクも立った。少女はボクよりも小さくて、まるで雰囲気も見た目も小動物のように見える。贔屓目なしにとんでもなくかわいい。

 ボクが見ていると、少女は顔を真っ赤にしてあわあわとしながらも、またごめんなさい、と口に出した。


「わた、私、聞いていられなくて」


「ボクと彼女たちの会話のこと?」


 何かおかしな点があっただろうか。記憶を巡らせても何も思い付かない。


「は、はい。平気でアンドレ様やルミア様を悪く言うような人達がアンドレ様に近づこうとしているのを止めたくって」


 なるほど、ボクは悪く言われた覚えがないが、さっき叫んだことと女の子たちの反応で、兄様が悪く言われたことは確かだと思われる。そんな相手に会っても兄様は気分を害するだけだろう。そうなる前にボクの間違った行いを止めてくれた訳だ。


「そうなんだね。勇気を出して止めてくれてありがとう」


「て、天使のような笑み……。もうこれだけで生きていけます……。はわああ、神様仏様ルミア様ぁ」


 ちょっと言っていることがよくわからないが、悪い子ではなさそうだ。何か喜んでくれてるみたいだし。できれば友達になりたいなぁ。

 そう思っていると、それに、と高い声で話し出した。


「ルミア様の方が絶対かわいくて愛らしいのに、あんなこと言われるのが嫌で」


 おおっと、雲行きが怪しくなってきた。何だかボクの身近な人と同じようなこと言ってるぞ。もしかすると悪い予感が当たるのでは? あの人の毒牙にかかっているのでは?

 そんなボクの気持ちをよそに、少女はとってもかわいい笑顔でとんでもない事を口に出した。


「申し遅れました。私はフランソワーズ・レヴィアと申します。アンドレ様からお話はかねがね伺っており、本日、ルミア様の下婢になりたいと思い、参りました!」


 兄様の馬鹿野郎、とこの人生で初めて思った。

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