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変えるならまずは見た目から

 転がりながら打開策を考え続けていたらいつの間にか外から光が差し込んできていた。嘘だろ、もうそんなに時間が経ってたのか。倒れたときにしばらく寝ていたようだからそこまで眠くなかったというのもあるかもしれないけど、まさか朝まで眠れないとは。それに結局どうあがいても死ぬ運命から逃れる方法は思い付かなかったし。ボクそもそも頭いい方じゃないからな。


 …………あー!だめだ!こういうときはもうどれだけ考えたって切りがない。そうだ、とりあえず気分転換でもしよう。そうと決まれば!

 ボクはすぐさまベッドから出て、前世を知っている身からしてみると異常にでかくて派手なクローゼットを開くと、ふわふわひらひらしたかわいらしい服達の中から以前のルミアでは絶対に着ないような実用性重視のTシャツとハーフパンツを取り出した。なぜこんな服がクローゼットに入っているかと言うと、それには一応事情がある。

 ルミアには母さんがいない。離婚ではなくルミアがまだ赤ちゃんのときに病気で亡くなってしまった。それゆえに娘に何をしてあげればいいのかわからなかった父さんはありとあらゆるものをルミアに買い与え、喜んでくれたものをたくさん買うようになったのだ。

 だから今クローゼットにはルミアの大好きなかわいい女の子らしい服と、彼女の趣味にそぐわない服が混在しているのである。それが今回は吉と出た。


 すぐに服を着替えると長い髪を結んで外に出た。以前はしてなかった格好で以前だったらありえない廊下を走るという行為をしたので、すれ違う使用人さんは皆奇異の目で見ていたがそれは見なかった振りをしよう。今のボクは誰にも止められない。


 広い庭に出るとボクはとりあえず庭の端から端まで軽く、でも決して遅くないスピードで走った。端までいけばまた折り返して端まで走ってを繰り返す、いわゆる20mシャトルランである。20mかはわからないが。

 なぜこんなことをしているのかと言うとボクにとって気分転換の方法は運動しかないからだ。読書をしたり歌ったりすることも運動に引けをとらないくらい好きなのだけど、どうしてもなにも考えられなくするためには身体を酷使するしかない。疲れ果てるまで身体を動かし続けるのだ。絶対無理はしない程度に。


「はぁっ、はっ…………げほっ」


 盲点だったことはいくら子供とはいえ昨日まで優雅に部屋でお茶を飲んでいただけで全く身体を動かさない子供だったということだ。そんな身体では少し走っただけでバテてしまうのも当たり前だし、そもそも一晩寝ていないのだ、体力なんて残っているはずもない。へたりと芝生に座り込んでしまった。まずは体力作りからだ。明日から走り込みを日課にしよう。毎日ちょっとずつ距離を長くしていこうと心に誓った。


「お嬢様!」


 急にかけられた声に振り向くとそこには血相を変えたイリスさんと数人の使用人さんたちがいた。やっぱり急にこんなことをしだしたから驚いているのだろう。イリスさんはボクの下に駆け寄ってきて、目線を合わせた。


「一体どうなさったのですか? 昨夜からまるで別人のようになってしまって……」


「あはは……、少し気分が優れなかったので気分転換をと思いまして」


 そう答えたにも拘わらず、イリスさんはいまだに怪訝そうな顔をしていた。まあそうだよな。解答は間違ってはいないけどイリスさんが聞きたいことはこんなことではない。そもそもルミアの気分転換はお茶会だったのだから、急に気分転換に走り出したという発言にイリスさんもますます混乱してきてしまっているだろう。

 と言っても昨日までのルミアとは外見以外本当に別人になってるなんてこと信じてもらえるはずが……別人?


「イリスさん!」


「は、はいっ?!」


 急に大声をあげたボクにイリスさんは心の底から驚いたようだった。だけど今のボクにはあることしか頭になかった。まるで真っ暗闇に一筋の光が差し込んできたかのような気持ちである。


「ボクの髪を切ってくれますか?」


「へ?」


 そうだ!それだよ!別人になればいいんじゃないか!

 名前も家も一緒だから完全に違う人物とまではいかないにしても、あのパッケージの美しく気高そうなご令嬢からボクとしてのルミアに変身してしまえば完璧……とまでは言えないかもしれないけど、少なくともゲームのルミアとは全く違う存在になれるはずだ。まあ彼女と同じ過ちをしでかしてしまったら制裁を食らうのは確実だけど、ボクは男の子達に興味ないし、主人公の女の子も虐めるつもりは微塵もないから問題なし。そしてもしかしたらボクは生きて学校を卒業できるかもしれない!

 やっと希望が見えてきた。走りにきてよかった。運動はいつもボクを裏切らない。そしてイリスさん、あなたには感謝してもしきれない。本当にありがとうございます。


 そんな感じのことをボクが思っているとは露知らず、イリスさんはボクの発言に衝撃を受けて固まったままだった。わかってるよ、イリスさんはこれまでずっとこの髪を大切に手入れしてきてくれてたもんね。でもごめんなさい。ボクが人生を歩んでいくためにもまずは形から入らなければ。そのための第一歩なんだ、イリスさん!


「お願いします、この髪を短くバッサリ切っちゃってください!」


 イリスさんの目を見てそう懇願すると、イリスさんは困ったように視線をさ迷わせたあと、観念したかのようにはあ、とため息をついてからまっすぐボクの目を見た。


「本当によろしいのですか?」


「はい!」


「……承知いたしました。お嬢様の御髪、わたくしが責任をもって切らせていただきます」


「ありがとうございます!」


 やった!これでボクの人生、いいスタートを切れるぞ。前世でも髪は肩くらいまでの長さだったから、長い髪ってちょっと違和感があったんだよね。運命を変えられるかもしれないし、自分としてもしっくりくるし一石二鳥だ。ルミアには悪いが今ボクはめちゃくちゃ嬉しい。

 ……それにしてもイリスさん、それに他の使用人さんたちも、なぜか深刻そうな顔をしているけれど、そんなにボクの長い髪を切ってしまうのが嫌なのだろうか。うう、罪悪感が……。でもこれに関して譲る気はさらさらない。少しでも可能性があることをやっていかないと先に待ってるのはバッドエンドなのだから。ボクはボクが平和に生きるために全力を尽くすぞ。

 ボクはイリスさんに連れられてお風呂に入って汗を流してから髪を切ることになった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「んん……あれ?」


 目を覚ますと頭が軽くなっていた。どうやら切ってもらっている間に眠ってしまっていたようだ。申し訳ないと思いながらイリスさんに謝罪と感謝を伝えようと振り向くと、青い顔をしたイリスさんがいた。イリスさんはボクがこっちを見るとすぐに頭を下げて、手鏡をこちらに差し出した。


「申し訳ありません……お嬢様」


 そう言われて手渡された鏡を見てみると、なるほど謝られた理由がわかった。おそらくあの時使用人さんたちもイリスさん本人も深刻そうな顔をしていたのはこういうことなのだろう。だけどボクには深刻どころか嬉しく感じられた。


「すごくいいじゃないですか!ボク、この髪型気に入りました!」


 髪は短くなっていた……男の子に見えるくらいに。今のボクの姿はどこからどう見ても少年だった。初対面の人には必ず男の子だと思われるこの髪型は、ボクにとって元の悪役令嬢という立ち位置から限りなく遠退いたようで素直に嬉しい。流石に学生になってもこの髪型とまではいかないだろうけど、しばらくはこれでいこう。

 一方イリスさんはボクの反応を見てぽかんと口を開けていた。きっと文句を言われるものだと思っていたのだろう。残念ながらボクには今感謝と喜びしか心にないのだ。


「で、ですがお嬢様……」


「切ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます、イリスさん!」


 何かを言われる前に笑顔でボクがそう言うとイリスさんは困ったように、でも顔を赤らめてはにかんだ。


「お褒めにあずかり光栄です、ルミアお嬢様」

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