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疑心

 エドガーさんと特に今の状況とは関係のない話をしながら、行かなければならない場所に足を運ぶ。人通りは少ないが、遠くから人々の声が絶え間なく聞こえてくるので、静かすぎる訳でもない。ボクとエドガーさんの声しか聞こえなかったら、気づかれにくいとはいえ誰かに聞かれる危険性も高いので、向こうから聞こえてくる声に少しほっとする。

 そうして一部屋一部屋確認していき、それらしいものがあったら取って、来たときと全く同じに見えるように痕跡を消して、出ていくのを繰り返す。たまに部屋の中や廊下に人がいたときはひやりとしたが、今のところなんとかバレていない。本当にエドガーさんの体質はこの潜入に向いているな、と感心した。エドガーさんがいなかったら、ボクはもうとっくに、人に見つかって乱闘状態になっていたかもしれない。


 そして、それと同時にボクは、馬車の中で感じたことを思い出した。


「エドガーさんの体質って、なんか魔法に似てるよね」


 さっきまで話していたのとは、全く別の話を口に出したからか、エドガーさんは不思議そうに首を傾げた。その様子を見ながら、ボクは話を続ける。


「魔法って、他の人とは違う体質のことなんだよね? ただ単に人に気づかれにくいって人なら他にもいるかもしれないけど、エドガーさんに触れてる限りその人も気づかれにくくなるって言う体質の人は、他にあんまりいるとは思えなくて。だから、魔法みたいだなって」


 ティチアーノさんは自分自身にしか影響のない魔法だったが、ロタさんは自分じゃなくて人に対する魔法だったし、直接人に影響を与える魔法もあるんじゃないだろうか。エドガーさんの体質は自分自身に影響があるものでもあるけれど。

 うーん、でもエドガーさんはディゾルマジーアの人じゃないよね。それにエドガーさんが魔法使いだなんて、誰にも言われたことなかったし……、けれど親族にディゾルマジーアの人がいるならあるいは……?


「ありえないっす」


 聞いたことがないくらいの暗く低い声でそう言われて、思わずエドガーさんの方に目を向けた。エドガーさんの表情に感情はなく、真っ暗な瞳をしていて、ボクの背筋に冷たいものが走った。

 けれど、その光景は、瞬きをすると跡形もなく消えていた。エドガーさんはいつもの彼らしく明るい表情で口を開いていた。


「もう、ルミちゃんったら。冗談がお上手っすねぇ。おれはエルメステラの出身なんすから、そんなのありえないっすよ。はー、びっくりしたっすわ」


 まるで、さっきの声と表情は全部、ボクが見た悪い夢のように思えるくらい、エドガーさんはいつも通りだ。何もかもが普段と同じになっている。


 いや、ボクは確かにこの目で見たはずだ。一瞬だけ見せたエドガーさんの別の顔を。こんなにはっきりと目と耳に焼きつけられたものが、現実でないはずがない。エドガーさんは確実に、あの瞬間だけはいつも通りではなかった。

 ……もしかして、以前に見たエドガーさんのおかしな挙動はこのことが関係していたりするのか? ううん、それだったらフランには関係ないはずだ。つまりあくまで別々のことなのだろうか。どちらにせよ、エドガーさんが何か、彼にとって深刻な悩みのようなものを抱えているのは確かだと、思う。


 そんなことを考えていると知ってか知らずか、エドガーさんは言い聞かせるように言った。


「そ、れ、に、おれには刻印がないんすから。魔法使いのわけがないっす」


「刻印?」


 刻印……ってなんだろう。それがないと魔法使いじゃないってどういうことだ?


「知らないんすか? 魔法使いは先天的でも後天的でも、身体のどっかに魔法使いでーすっていう印が浮き出てくるんすよ。だからその人が魔法使いってわかるんす」


 ああ、なるほど。魔法使いも端から見たら他の人と変わらないもんね。産まれたときは皆赤ちゃんなのに、他の人と違う体質なのかどうかなんてわからないし、ちゃんと見分けれるところがあるのか。


「あれ? ティチアーノさんやベルの身体で印見たことないな」


「それはそうっす。浮き出るところは人それぞれっすから、服で隠れたりとかはよくあるっすよ。自分でも見えないところにある人だっているらしいっすからねぇ。ちなみに、おれはちゃーんと、ルドヴィン様に確認してもらったっすから、魔法使いじゃないっすよ」


 ふむ、それもそうだ。よくよく考えると、ティチアーノさんが白衣を脱いだ姿を今までに見たことがない。それに、ベルはあの短い期間話したっきり会うこともなかったのだから、二人の刻印が隠れて見えないところならボクが見たことなくても当たり前だ。皆が皆、手とか首とか、他人から見えやすいところに浮き出るわけないしね。


「……って、エドガーさん、確認したんだね。というか、ルドヴィンに確認してもらったんだ?」


 そう聞いてみると、エドガーさんは頬を膨らませ、不満そうな様子で言った。


「ルドヴィン様がどうしてもって言うからっすよ。おれはエルメステラの人間っすから、魔法使いなわけないって言ったんすけど、ルドヴィン様に頼まれたらそう何度も断れないっすからね。ま、そのおかげで、おれが魔法使いじゃないって証明されて、おれの体質はただちょっと他の人より影が薄いだけってわかったんで、結果オーライっす」


 ただちょっと、では言い表せないと思うくらいにはすごい体質だと思うんだけどなあ。少なくともボクは、初対面の頃気づけなかったわけだし。ボクが鈍いだけだろうか。

 しかし、エドガーさんが魔法使いかも、ってルドヴィンも思ったのか。まあボクが考えるくらいだから、ルドヴィンなら確認していても不思議じゃない。エドガーさん本人には見えないところもルドヴィンがきちんと調べたのだから、エドガーさんが魔法使いだと言うのはもうありえないのだろう。


 ……それはそれとして、ほんの少し、引っかかったことがある。

 エドガーさんの口振り、魔法使いみたい、って言われるのを嫌がってるように聞こえる。そりゃあ何度も何度もそう言われたら嫌がるだろうけれど、エドガーさんの嫌がり方はそうじゃなくて、そもそもそれを想像されるのも嫌みたいっていうか……。どう表現すればいいんだろう。

 エドガーさんは、エルメステラの人間なんだから、魔法使いなわけがないって、言っているのだ。少しでも血が混じっていれば、どこの国の人でも魔法使いになる可能性があるってことを、エドガーさんが知らないはずないのに。エルメステラの人でも、魔法使いになることはあるだろう。ベルもそうだったんだから。それなのにエドガーさんは、まるで魔法使いだったらエルメステラの人間じゃないって言っているように聞こえる。


 ……いや、考えすぎだろう。こんなことを思ってしまうのは、きっと潜入していて余裕がないからだ。この計画を何事もなく終わらせられれば、こんなことを思うことはないはずだ。


「よし。ちゃっちゃと終わらそう、エドガーさん」


「わっ、急にやる気出したっすね? その意気っす。後はもう二部屋くらいしか回るところないですから、それくらいパッパと終わらせて、ルーちゃんに吠え面かかせてやるっす」


 セザールさんはこんなことで吠え面かかない。セザールさんは見た目通り図太いからなあ。

 あ、そうだ。


「そういえば、保留にしてた答え。やっと出したよ」


「えっ……?」


 エドガーさんは、目を見開いてこちらを見た。ボクが言ったのは、修学旅行最終日の夜に、エドガーさんから出された心理テストのことだ。あれ以来、ボクらの話題にあの話が出ることはなかったけれど、ボクはずっと考えていた。そして、やっとのことでどれにするかを決めたのだ。

 なんとなくエドガーさんと二人の時に話した方がいいかな、と思って、今まで話すことはなかったけれど、ちょうどいい機会だし、この場で言ってしまおう。なかなかエドガーさんと二人の時間ってないしね。


「忘れちゃってた?」


「……忘れてないっす。ずっと覚えてました。それじゃあ、ルミちゃん。ルミちゃんは、どのケーキを選びますか」


 エドガーさんは真剣な目でボクを見ていた。それが何だか照れ臭かったが、言うのを止めることなく、ボクは答えを口に出した。


「ボクが選んだケーキは、――」

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