潜入開始!
ディゾルマジーアで過ごして早四日目、ついにパーティーの日が訪れた。打ち合わせをした翌日からはもう慌ただしかったので、あっという間にこの日になってしまった気がする。
特に慌ただしかったのは服装選びだった。撹乱班には、出席班や潜入班よりも用意するものがたくさんあったらしく、何やら色々準備していた。しかし、それにもかかわらず、ラフィネは全員の服装を、かなり時間をかけて選んでいたのだ。潜入班が着るパーティー用の服だけでなく、潜入班や撹乱班の分までこだわりを持って選んでいたので、許可を出したルドヴィンも止めようとするくらいの時間を要した。
これまでの経験から、ラフィネが誰よりも服に妥協しない人であることはわかっていたためルドヴィンも許可したようだけど、後半は完全にラフィネを服から引き剥がそうとしていた。ルドヴィン、それにティチアーノさんからも妨害を受けていたのに、全員の服を選びきったラフィネの姿は、さすがとしか言いようがなかった。その時のラフィネは数年に一度するかしないかくらいの良い笑顔をしていた。
重大な計画ということもあって、ラフィネも気合いが入っていたのだろう。ボクも含めた全員が何度も何度も着替えさせられた。今回は誰であろうとお構い無しだった。あそこまで生き生きしてるラフィネを見るのも久しぶりだったなあ。まさか半日以上かかるとは思いもしなかったけど、ラフィネの笑顔でプラマイゼロ、ということにしておこう。
そんな風に、昨日まで慌ただしくしていることが多かったのだけれど、今日は昨日までが嘘のように静かだった。きっと皆緊張しているからだろう。会話はあるけれど、何かを言い合ったり騒ぎあったりはしていない。かくいうボクもそうだ。うまく潜入できるか、きちんと役目を果たせるか、と今朝からずっと不安に思ってしまっている。一人で行動するわけじゃない、というのがせめてもの救いだ。
そう思いながら半日を過ごし、いよいよ出発時間が間近に迫ってきていた。玄関に近くに皆が集まってくると、皆の方を向いて、ルドヴィンが口を開いた。
「さて、お前たち。ついにこの時が訪れた」
さすがのルドヴィンも、いつものようなさも愉快そうな笑顔はしていないが、特に緊張しているようにも見えなかった。そういえば、入学式とかでも大勢の前で話してたけど、全く緊張してなかったな。本番に強いタイプなんだろうか。ルドヴィンが緊張して震えてる姿なんて想像できないし、正直あんまり見たくもない光景だけども。
「今回の計画は失敗が許されない。そう思ってこの場にいる奴も多いだろう。緊張感を持つのは慎重になり、しくじることも少なくなる。いついかなる時も気を張って行動しろ。決して気を抜くことがないようにな」
ルドヴィンの言葉を真剣に聞く。そうだ、どんな時も責任感を持って行動しないと。出席班と撹乱班が何事もなく終えられても、潜入班がちゃんと役目を果たせなかったら水の泡なわけだしね。しっかりしないと。
そう思って気を引き締め直していたのだが、その直後、突然ルドヴィンの様子が変わった。口角はあがり、くくくっ、と笑い声を漏らしている。それに気づいた頃にはもう、先ほどまでのルドヴィンはおらず、いつも通りの余裕そうな笑みをしたルドヴィンが愉しそうに声をあげていた。
「あーはっはっはっは! このオレが、そんなこと言うわけねえだろ。緊張なんか丸めてゴミ箱に捨てちまえ」
思ってもみない状況に、何も言葉が出てこなかった。さっきまでのまさにリーダーの演説っぽいものはどこに行ってしまったのか。少なくともつい数十秒前までこの場を形作っていた空気は完全に破壊されてしまった。
兄様はルドヴィンの方を見て、きつく睨んだ。
「ルドヴィン、お前」
「バカだなアンドレ! オレに話させて良い話だなー、で終わったことが何回あった! オレに全てを一任した時点でお前の負けだ、バーカ! 全部お前の想定内に収めんのはつまらねえだろうが!」
何の勝負してるんだ。兄様の想定の内じゃつまらないとかそういうのじゃなくて、つまらなくていいから普通に話してくれないだろうか。というかこれで兄様に勝って何か嬉しいのか?
あ、でも昔、ルドヴィンは変人だって兄様が言ってたっけ。それなら普通じゃなくてもおかしくないね! うん、そういうことにしておこう。普段のルドヴィンは意外と常識的のような気がしなくもないんだけどなあ。
「お前ら! 確かに失敗したらヤバい計画ではあるが、そんなことで緊張してちゃあてっぺんは取れねえ! つか、緊張してたら想定外のことが起こったときに、咄嗟に対処できないだろ? 最善を尽くした上で失敗したんなら、オレは責めない。この計画を実行に移したオレに、責任がある。全ての責任はオレが背負おう。
だがな! 緊張して本来の実力が発揮しきれずに失敗したら、お前らが死んでもオレは責めるからな! オレの一生をかけて恨み続けるぞ! 生きてても死んでも苦しみ続けろ! 生まれ変わっても緊張しかできない生活を送らせてやろう!」
仲間に言う台詞じゃない気がするのはボクだけなのだろうか。いや、この場にいる、少なくとも半分はそう思ってることだろう。そんなことされると考えただけでゾッとする。根拠はないけど、何となく、ルドヴィンならできそうだし。
けれど、言っていることは大体わかった。言葉だけ聞くと酷いが、これはルドヴィンなりの激励だろう。自分が全部背負うから、ボクたちは何も臆することなく、全力でこの計画に挑んでほしいということを言いたいんだと、思う。勝手な自己解釈だけど、きっとそういうことだ。
しかし、ルドヴィンは全ての責任を背負うほどの覚悟でこの作戦を決行するのだ。ルドヴィンを王様にするためにも、この計画、絶対に失敗できない。
「出席班! 最後の最後までその場にいる全員を騙し通せ! 潜入班! 奴らの目を掻い潜り全ての証拠を奪い尽くせ! そして撹乱班! かき回してかき乱して他に目をやる隙を与えるな! 以上! 行くぞ撹乱班! なめ腐った性根の吹き溜まりどもに、混乱と混沌を味わわせてやろうか!」
「モチロンデアリマース!」
「はー……了解」
愉しそうなルドヴィンと、同じく楽しそうなティチアーノさん、そして最後に、表情に笑顔のえの字もないラフィネが続いていって、撹乱班は出発していってしまった。三人の姿を見届けながら、兄様は苦々しい表情で溜め息をつく。
「まったく、ルドヴィンは……。まあ、いいだろう。あいつの意にそぐわないようなことにならないためにも、俺達も行動しよう。イリス、セザール、お前たちは別で向かってもらうことになるが、準備は良いか」
「はい。問題ございません」
「もちろん、カルティエ家の名に泥を塗らない働きをお約束しますよっ」
そう二人は兄様に返事をしてから、ボクの方を向いた。
「ルミア様! 俺達がんばってくるんで、ルミア様もがんばってくださいねー」
「ルミア様がご無事でありますよう、ご武運をお祈りいたします」
不安も何も、おくびにも出さす、ただ笑ってそういう二人につられて、自然とボクも笑顔になってしまう。これでやっとボクの緊張が完全にほぐれてしまったように思えた。
「……うん。二人もちゃんと、ボクのところに帰って来てね!」
「かしこまりました」
「当たり前ですよ! それじゃあ、いってきまーす!」
離れて小さくなっていく二人を見送ったら、今度はボクらの番だ。まずボクは、出席班が乗っていく馬車に、エドガーさんと一緒に乗らなければならない。緊張なんて吹き飛んでしまったのだから、後はルドヴィンが言う最善が尽くすだけだね!
「よし、行こう!」
潜入開始だ!




