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一旦休憩

「兄様、いらっしゃい!」


「ああ、待たせたな、ルミア。こちらは肌寒いな。風邪は引いていないか?」


「大丈夫、元気だよ!」


 ディゾルマジーア滞在二日目の夜、聞いていた通り兄様とエドモンドさんが到着した。イリスさんと一緒にお出迎えをして、二人の部屋に行き、荷物を置いてもらった後、フェルツィウムさんの部屋まで連れていく。


「何故殿下の部屋に? 俺が聞いていた予定では、到着後はすぐルドヴィンの部屋に向かい、殿下に謁見するはずだったが」


 殿下、という聞き馴染みのない言葉に一瞬たじろいだが、フェルツィウムさんのことだと理解する。兄様の予定ではそう伝えられていたのか。どうりであの状況になったとき、ルドヴィンの表情が引きつっていたわけだ。


「ちょっと色々あって、フェルツィウムさんの部屋に皆集まってるんだ」


「何か緊急事態か?」


「あー……き、緊急事態のような、緊急事態じゃないような……ま、まあ行ってみればわかるよ!」


 兄様は何が起こっているのか、真剣に考えているようだった。そんなに深刻な事が起こっているわけじゃないんだけど、とりあえず部屋の中を見てもらってから説明しよう。話はそれからだ。


 フェルツィウムさんの部屋の扉を、イリスさんがコンコンとノックするが、中からの返事はない。と言っても、声が聞こえないわけではなく、むしろうるさいくらいに複数の声が聞こえてくる。これだけ騒いでいるなら、中の状況は、ボクたちが部屋を出たときと全く変わりないだろう。イリスさんが、失礼致します、と一言声をかけてから、扉を開けると、兄様とエドモンドさんにとっては目を疑うような光景と声が飛び込んできた。


「ラフィー! 出来たっすよ! これがおれの最高傑作っす!」


「は? これが僕だって言いたいの? 雪の中に美的感覚落としてきたの? どう見ても上半身だけ服着たコンドルだからね、これ」


「ヒトが絶望的デゴザイマスノニ、花ダケはウマイデアリマスナー。アッ、ちょ、フランソワーズ・レヴィア!」


「わあっ、うまく描けてますよ、ティチアーノさん! 見てください、王子様!」


「カエセ!」


「きゃあ! ルドヴィン様、パスです!」


「ほい。おっ、確かにうまいな。ほら、フェルツィウム」


「てぃ、ティノ、これって」


「フェル! 見ルナ! カエセ!」


「……これは一体どういうことでしょうか」


 エドモンドさんが絞り出すようにそう言った。兄様も声は出さないが、きょとんした顔で中を見ていた。

 二人は予想だにしなかったであろう。この部屋は今、床を埋め尽くさんばかりの紙と、ここがアパートならば間違いなく、隣室の人から苦情がくるであろう騒ぎ声で構成されている。さっきまでボクとイリスさんもここにいたのだけれど、こうして客観的に見ていると、中々の荒れ具合だな。フェルツィウムさんの部屋、最初入ったときは塵一つないくらい綺麗だったのに。どうしてこうなった。


 ……いや、どうしてかはわかってるんだけども。


「……すまない。俺の理解力ではこれだけを見て把握しきれないようだ。説明をしてはくれないだろうか」


「はい、兄様」


 遡ること今日の朝……もうお昼近かっただろうか。まあそれはさておき。ボクはあの後、ティチアーノさんと一緒に、氷の城まで戻ってきた。けれどティチアーノさんは玄関の前まで来たものの、フェルツィウムさんに会う決心がまだついていなかったのか、立ち止まってしまったのだ。


 本当はティチアーノさんの心の準備が出来るまで、待っていてあげた方がよかったのだろう。けれど、こっそりイリスさんとセザールさんからの報告を聞いていたボクは、一刻も早くフェルツィウムさんと会わせなければ、という思いが勝ってしまった。ティチアーノさんにバレないように連絡を取ると、すぐさまフェルツィウムさん、そして少し遅れて皆が外に出てきた。

 フェルツィウムさんは、ボクには目もくれず、顔を青くしてティチアーノさんの方へと駆け寄っていった。


『ティチアーノ! 無事かい? 何もされなかった?』


『なっ、どうして、って近づくな! バカ!』


 後でルドヴィンとラフィネに、寸劇っぽく教えてもらうまで何を言っているかはわからなかったが、とりあえずあんまりよくないこと言ってるな、と察したボクは、ティチアーノさんに目で訴えた。そうじゃないでしょ、という念を込めて。

 すると、ティチアーノさんはボクの視線を感じ取ってくれたのか、渋い顔でこちらをちら、と見た後、フェルツィウムさんの方に向き直る。そして、あーとかうーとか、呻くと、観念したように顔をあげて、フェルツィウムさんを見据えた。


『ふぇ、フェル!』


『ティノ? その呼び方で呼んでくれるの、久しぶりだね』


『ちょっと黙れ』


 嬉しそうに顔をほころばせるフェルツィウムさんの口を押さえながら、ティチアーノさんは口を開いた。


『あの、……い、今まで、その、あ、あんな態度とって、悪かった。ほんとは、フェルのこと……き、嫌いじゃないというか、何と言うか……』


『ティノ……?』


『……~~っ、ほんとはっ、すきだからっ!』


 そう叫んで俯いてしまったティチアーノさんを、フェルツィウムさんはしばらくの間、呆然と眺めていた。

 おそらくそれから数分は経ったであろう。ボクが他の皆と合流して、二人の様子を見守っていると、痺れを切らしたのか、ティチアーノさんがおそるおそる顔をあげた。すると、ティチアーノさんは何とも言えない顔をした後、思いっきりフェルツィウムさんの頬に平手打ちした。


『何たるんだ顔して固まってんだお前!』


『た、たるんだ顔してた!? ごめんね、もしかしたら僕の都合がいい夢かと思って……』


『ハー!? 夢なわけあるかバーカ!』


『こういう夢何度か見たから……』


『夢の中の私に何言わせてんだお前はーっ!』


 この辺りでティチアーノさんが顔を真っ赤にしながらフェルツィウムさんに、何らかの液体が入ったフラスコを持ちながら殴りかかろうとしたので、全力で止めた。フェルツィウムさんはすごく嬉しそうにしてたけど、さすがに止めた。フェルツィウムさん相手とはいえティチアーノさんの作った薬だ。多分、ただ事では済まない。


 そして、ティチアーノさんが悶え苦しむ中、ボクがフェルツィウムさんにかいつまんで事情を説明したところ、フェルツィウムさんはにこやかにこう言った。


「それなら喜んで協力しよう。すぐに紙とかくものを用意させるから」


 そして全員、ほぼ強制的に、フェルツィウムさんの部屋に連れてこられ、中にはおそろしいほど大量の紙と、太さがそれぞれ違ったペンやら鉛筆、さらには色塗り用に様々な絵の具やクレヨンなどが揃えられていた。絵の具とかでフェルツィウムさんの部屋が汚れてしまうんじゃないかと危惧したのだが、フェルツィウムさんにとっては何の問題でもないらしい。その場にいた人は残らず、絵を描かされることになった。

 ちなみにボクは皆と描き方が違うため、まだ一枚しか描けていない。少し前に一枚描きあげて、集中力が底を尽きたため、お出迎えがてら休憩していたのだ。


 一切捏造を入れることなく、兄様とエドモンドさんにそう伝えると、二人ともぽかんとした顔をしていた。うん、その反応だと思った。エドガーさんみたいな人だったら、わー楽しそうっすね、で済まされるだろうけど、二人とも真面目だから、すぐには理解しきれないんだろうなあ。


「おっ、アンドレ様、執事長~。もう来てたんですか。こんばんはー」


「あ、ああ、セザールか。こんばんは」


「わー、アンドレ様良い子! はい、お茶どうぞ!」


 お茶を運んできたのであろうセザールさんは、まるでちっちゃい子に風船をあげるかのように、兄様にお茶を手渡した。ありがとう、と戸惑いつつも、兄様はそれを受け取り、一口飲んでから、小さく呟いた。


「……平和そうで、何よりだな」


 この後、多分潜入のことについての打ち合わせとか、そういうのがある予定だったんだろうな、と思う。その証拠にそう言った兄様の表情は、紛う方なく苦笑いだった。

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