本日のまとめ
「おっかえりなさーい。思ってたより遅かったですね。もう、セザール寂しかった~! みたいな」
兄様と家に帰ると、セザールさんが両手を振りながら出迎えてくれた。この人いつの間に兄様に対しても軽い口調になっていたのだろうか。ある意味肝が据わっていて尊敬する。ボクが使用人だったら絶対できない。
「おっ、その袋……ちゃーんとルミア様ファッションショーやってきたんですね。どうです? かわいかったですか?」
「ああ、後でちゃんとお前たちにも写真を見せよう」
「いや見せないで」
せめてボクの前でその約束するな。カメラ壊したくなるほど恥ずかしいから。冷静になって考えてみると、今すぐにでも兄様がその手に持っている袋の中の服たちを焼却したくなってるんだ。追い討ちはやめてほしい。
思い出したらだんだんカメラも服も闇に葬りたくなってきたので、兄様と服をめぐる攻防戦をしていると、爆笑しているセザールさんの後ろから、イリスさんがとことこ歩いてきた。
「お帰りなさいませ」
「イリスさん、ただいま」
「ええと、何をなさっているのでしょうか」
「……負けられない戦い」
きょとんとした顔のイリスさんには悪いが、ルミアはかわいいな、とか言いながら余裕でボクをあしらう兄様に、何としてでも一泡ふかせてやりたい。もう最悪服はいいから、カメラを寄越せ。
そんなことを続けていると、イリスさんが少し驚いたようにボクを見た。
「ルミア様、お見送りした際に拝見したお召し物とは別のものお召しになっているように見えますが」
「あー、やっぱり? 俺もそんな気がしてたんですよね。なんかめっちゃ似合ってるけど、その服どうも男っぽいし」
うっ、気づかれたか。いや、服が変わってたらそりゃあ気づくよね。行く前に二人と会ったし。セザールさんの思った通り、本当に男物なのだ。男の子だと間違えられてコーディネートされたと言ったら、笑い者になるのは確定である。なんとか誤魔化そう。
「えーと、じ、自分で選んでみて一番気に入った服を着てみた……」
ボクがそう言うと兄様が、おや、と声をあげた。
「俺はてっきりラフィネに男だと間違えられていたようだったから、その服も彼に選んでもらったものだと思っていたが」
あ、兄様! なんで正解を導き出せちゃうんだ! これだから察しがいい人は! そういうところはダメだと思うよボクは。兄様の長所であり短所だと思う。
兄様の発言にセザールさんもイリスさんもそれぞれ別の反応をした。
「あっはっはっはっは! やっぱり間違えられてるんですか! あはっ、どう見ても男ですもんねぇ! 俺でもそう思うもん! あっはは!」
「ラフィネ……様? アンドレ様のご友人ですか?」
「いや、今日できたルミアの友人だ。悪くなさそうな少年だった」
「まあ、ルミア様にご友人が! それはそれは大変喜ばしいことですね!」
一見してみれば混沌とした状態である。冷静に話す兄様に、我が子のことのように喜ぶイリスさん、そしてその横で今なお爆笑していやがるセザールさん。イリスさんが喜んでくれるのはいいんだけど、そこまで喜ばれるのは少し恥ずかしいし、セザールさんに至っては気がすむまで蹴りたいけれど、奇襲同然で仕掛けても絶対に避けられるのでやめておこう。これ以上無様な姿を晒すのはさけたい。
「一体どのような方なのでしょうか。一度お目にかかりたいです」
「それについては、近いうちに家に来るように仕向けた。勝手に決めて悪いがそのときはもてなすのに協力してくれ」
「あー、俺も見たいです! 絶対予定空けよ」
「記念写真も撮らなくては」
「あああああ、もう! いつ来るかもわかんないのにそんなに騒がないでよ!」
子供の授業参観ではしゃぐ親か。こんなテンションで迎えられたらさすがのラフィネも困惑する。絶対ひきつった顔でうわっ……、て言う。その自信がある。ボクのそんな思いを知らず、セザールさんはラフィネが来ることを他の使用人さんたちに触れ回っていた。
でも次々に使用人たちに伝染していくこの盛り上がりを止めるには、あまりにもボクは今疲れすぎている。今日はもう休もう。一日経ったらみんなも落ち着いてるかもしれないし。うん、それを願おう。
「あら、ルミア様。お部屋にお戻りになるのですか?」
ボクが部屋で休もうとすると、イリスさんがそう声をかけてきた。
「うん、今日は疲れちゃったからね」
「そうですか。お疲れ様です、ルミア様。どうぞごゆっくりなさってください」
そう言ってイリスさんはきれいにお辞儀をした。気分が舞い上がっているであろうときでも、こうしてイリスさんはきちんと人を気遣ってくれる。イリスさんがいなかったら兄様とセザールさんに振り回されて、ボクの胃が痛くなっていただろう。ありがとう、イリスさん。できれば写真はやめてください。
ルミア様、祝初友達!と、騒ぐ声を背後に聞きながら、ボクはなんとか部屋まで戻ってきた。部屋に入るとそのままベッドにダイブする。なんだか部屋に戻ってきたら、どっ、と疲れが出てきた。よく考えたら片道二十分かけて広い城下町を歩き、ラフィネを追うために全力疾走して、さらにはまた片道二十分の道を歩いてきたのだから、疲れるのは当たり前である。今なお余裕な表情の兄様とは訳が違う。本当に体力人外だな、あの人。
歯磨いてないな、とか、お風呂にも入らないとな、とか思いながら、ベッドの上でごろごろしていると、ふと枕元にあった紙が目についた。言わずもがな、乙女ゲームのパッケージの絵である。
そう言えば兄様が攻略対象だと知ってから、せめて死なないようにしなくては、と対策を練ろうとしていたのだけど、全く思いつかなかったんだった。主人公さんが兄様を選ばなければそれが一番いいんだけど、兄様って家族の贔屓目なしにかっこいいからなぁ。好きになっちゃう可能性が高い。だけど確か他の二人もかっこよかったはずだよね。
そう思いながら紙を見ると、なんとなく既視感があった。前に見たときは思わなかったのに。不思議に思って描かれている人物を一人ずつよく見てみると、男の子の中の一番左の人物に目が止まった。中性的な顔立ちで、表情は兄様ともう一人の人のように笑っておらず、無表情だが、かっこよくもあるけれど、他の二人よりもかわいい感じがする。
「うっわ……」
お察しの通り、ラフィネだ。今のかわいさはそのままに、成長したかっこよさが合わさっている。まさか攻略対象だったとは。うん、でもそうだよね。兄様と争えるくらいの顔してたらそれはもう攻略対象しかいないよね。気づきたくなかったけど。
でもどうしてラフィネが攻略対象なのだろうか。ボクはここが乙女ゲームの世界だと知ってから、このゲームの舞台である学園について調べたのだ。名前……はちょっと前のことだから思い出せなくなっているけども、確かこの学園の制度は貴族は全員入ることになるが、平民は大金を払うか、超難問の試験に合格するかしか入学条件がなかったはず。言っては悪いがラフィネの家は平民の中でもとりわけお金持ちの部類には入らなさそうである。だからゲームのラフィネは試験に合格して入ったということになる。
『貴族なんかと一緒にいて、楽しいはずがない』
今日、ラフィネは確かにそう言った。そんなラフィネが自分から、貴族の巣窟のような場所に入るために、試験を合格できるくらいまで勉強するだろうか。それとも学園に入るまでに転機があった?
……ダメだ。ゲームをやっていないから、彼が学園に入った理由なんて考えてもわからない。友人が言っていたことを思い出そうにも、今の疲れた頭では集中ができなかった。
ただわかることは貴族嫌いなラフィネが何らかの理由で学園に試験を通過して合格し、主人公さんの恋の対象になってしまう、ということである。そしてその場合もおそらくボクは死ぬ。これはまずい。死ぬ確率が増えた。
でも初めての友達をやっぱり自分に不都合だから関わらないでおこうなんてことはできない。そもそもあと一人いるのだ。その人にさえ関わらず、かつ主人公さんがその人を選んでくれたら、おそらくボクは死を免れるだろう。そううまいこといくかはわからないけど。
……ああ、ダメだな。今日はこれ以上考えられない。明日に回してしまおう。
そう思いながらボクはシャワーを浴びるために気合いで起き上がった。




